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Fate of the Knight  作者: 鏑木雅人
1/1

敗戦、たどり着く先は。

 傷だらけの体を引きずりながら、石柱の影に腰を落とす。ゴツゴツとした岩の表面に当たった、全身に纏う鎧が、がしゃりと音を立てる。体の芯から底冷えするようなこの雪山の洞窟で動きを止めることは、唐辛子湯を切らせた今の状況では、三途の川へと自ら足を踏み込むようなものである。フルフェイスタイプのヘッドギアの呼吸口から漏れる白い息が、体温を少しずつ奪っていくような感覚に襲われる。

 四肢の末端の感覚は既に無い。視界の端で拳を作ってみるが、しっかりと握り込めている自信はない。実際に、腕で抱えるように持っている大太刀の鞘の冷たさすら、感じることがない。その上、回復薬が底をついたこの状況で、死ぬのは時間の問題である。雪山に生息する小型の鳥竜種の相手すらできそうにない。発見されればそこで命はないだろう。

 討伐隊の他の者達はどうなったのだろうか。この雪山の麓の村の発注所で受けた、大型飛竜種の討伐依頼。上限の四人で挑んだはずが、気がつけば散り散りになって、互いの居場所すら把握できなくなっていた。腕に覚えのある者で挑んだはずが、このザマである。よしんば村に帰れたところで、残るのは依頼失敗の紙切れのみである。

「大きいということが、あれほど脅威とはな……」

 自身の情けない現状を見て、苦笑が漏れる。

 幾度か討伐経験のあった飛竜種故に、多少の油断があったことは否めない。しかし、通常の個体よりも二回りほど大きくなっていたあの個体は、想像を遥かに超える強さであった。

 いくら雪山といえ、多少開けた場所はある。そこに誘い込んで戦うのだが、巨大であるが故に、こちらの立ち回れるスペースが極端に狭く感じられる。正面で相対したときの圧迫感は凄まじかった。

 洞窟に侵入できる大きさを優に超えていたため、この場所に逃げ込んだのだが、この洞窟にはまた別種の敵が存在する。しかし、麓に一番近いこの場所であれば、誰かに見つけてもらえるかもしれない。そんな淡い期待を込めての行動であった。

 実際には、十日以上に及ぶ逃走劇の結果なのだが、洞窟の付近からの景色で、山麓周辺に集落のようなものが見えたため、そんな希望的観測を立てることができたのだ。

 逃走中に数多の小型の竜種と遭遇し、基本的に小型ものはその場で仕留め、その肉を携帯用の発火装置を用いて焼いて食い、残りは塩と胡椒を刷り込んで保存用の干し肉としていたが、それでも腹が満たされることは無かった。中型、大型の相手は極力避け、撤退戦を行っていたのだが、それももう無理だろう。

 体力の限界が近い。こうやって意識を繋ぎ止めておけることが奇跡のように思える。このまま死んでしまえば楽なのだろうか。そんな考えが浮かぶのは、これで何度目だろうか。もう数えることすら億劫だ。

 もう二日ほど水を口にしていない。血も流しすぎた。気配を極力消した状態で移動を続けたため、精神も限界に近い。今抱えている相棒を研ぎ直す力も、もう残っていない。肉を入れていたポーチも何処かへ落としてしまった。こんなことならば、薬草でも採取していればよかった。


 くおぉぉぉん……。


 と、洞窟内に小型の鳥竜種の声が反響する。反響の具合から、ここからはそれなりに距離があると推測できるが、悠長にしている時間はないだろう。

 再び体をゆっくりと起こし、その場から移動を開始する。刀身が自身の身長ほどもある大太刀を杖の代わりにして、足を引きずるように歩く。対抗する術は、わずかに残された閃光弾ぐらいのものだ。それも一時的な足止めにしかならない。無いよりマシ、といった程度だが、これだけでも随分と心強く感じてしまう。それほど追い詰められていた。

 洞窟内をヒカリゴケの淡い光が照らしている。それを頼りに歩を進めるが、足元がうっすらと見える程度の光では、やはり心もとない。洞窟の出口を探すため、先程入ってきた方角とは逆の方角へと歩いて行く。

 ずるずると、言うことを効かなくなってきた足に無理やり力を入れて歩く。ただ歩くというだけでこれだけ重労働に感じるとなれば、戦闘はまずできないだろう。もう、この大太刀を振るうだけの力は残っていない。

 幾重にも別れる道を、手に握る方位磁針を頼りにただひたすら出口を求めて彷徨う。あれからしばらくあるき続けているが、一向に外の明かりは見えない。無論、外が夜ならば話は別だが、体内時計が正しければ現在外は昼間のはずである。外の光が見つかれば、それを頼りに進むだけだ。


 くおぉぉぉん……。


 再び鳥竜種の鳴き声が響く。先ほどと同じような大きということは、同じようなペースで移動しているということだろう。追いつかれることはないはずだが、それでも急ぐに越したことはない。

「これは……!」

 ひたすらに体を引きずっていると、洞窟が下り坂になっていることに気がついた。おそらく、このまま方角を間違えずに進めば、この洞窟から脱出することができるはずだ。

 僅かに芽生えた希望に、自然と口元に笑みが浮かび、足取り少しだけ軽くなる。この悪夢から解放されると思うと、全身から力が湧いてくるような錯覚を覚える。もうひと踏ん張り、そんな言葉が体を動かす。

 下り続けてしばらくすると、白い光が僅かだが目に入った。それと時をほぼ同じくして、外から人の会話がかすかだが聞こえてくる。

 助かる。

 そう思うと、自然と足取りが軽くなる。彦洲っていただけの足に力を入れ、二本足でしっかりと地面を踏みしめるように体を動かす。重くて仕方がなかった防具も、その重さが気にならなくなった。アドレナリンの力はやはり素晴らしい。

 光の見える方へ、音のする方へ。足は自然と向かっていく。そして、出口を目前にたところで、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


  ♯


 目をさますと、まず目に飛び込んできたのは、石造りの見知らぬ天井だった。自分が寝ている場所も、簡素ではあるが木で作られたベッドであるということがわかる。少し視線をずらすと、部屋全体が石造りのものになっており、壁には蝋燭が掛けられてある様が見て取れる。ここが屋外でないことに、安堵のため息が漏れる。

 ゆっくりと体を起こすと、二人の兵士と思しき者達と目が合った。

 起き上がった瞬間、警戒の色を強めた兵士たちだったが、その心配はおそらく無用である。自身と兵士たちとの間には鋼鉄製の柵が有り、ろくな装備もしていない今の状態では、無理矢理にでもこの場から逃げ出そうという気は起きない。むしろ、インナー姿のまま武装した兵士に掴みかかるほど馬鹿ではない。

「おい、陛下に報告してこい」

「はっ」

 そう言って、片方の兵士が『陛下』なる人物を呼びに行ったようだ。陛下、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは王か女王である。そうなれば、この施設のある場所はどこかの王族なのだろう。勘でしかないが、依頼を受けた村が所属している王国ではないことは確かなはずだ。

 もう一度石造りの部屋の中をぐるりと見回してみる。正面の柵のある面だけが開放されており、他は全ていかにも頑丈そうな石を敷き詰めて作られている、ほぼ正方形に近い部屋だ。そして、今自身の置かれている現状と合わせて考えれば、ここが牢であることは察しがつく。

 装備していたはずの武器と防具がこの場にないということは、何処か別の場所に移してあるか、最悪の場合処分されているだろう。どれも大型の飛竜種の素材から作られた一級品だったが、囚われの身となっている現状では、それも致し方ないと割り切る他ない。手錠をかけられていないだけ、まだいいほうだろう。

 それから少し時間をおいて、いかにも貴族然な格好をした男がやってきた。歳の頃は三十代半ばから後半といったところだろうか。その男に、渋いバリトンボイスで話しかけられる。

「目が覚めたようだな。見知らぬ者であったが故、このような対応を取らせてもらった。現状貴公は身元不明の浮浪者という扱いだ。我が名はアレハンドラ・アルディア三世。このアルディア王国の国王である。今から行う尋問の後、貴殿の処遇を決める」

 尋問と言っても書面上のみの話で、軽い質疑応答のようなものであるが。

 アレハンドラと名乗る人物はそう言葉を続けると、現状の大雑把な説明を始めた。

 しかし、身元不明の浮浪者とは、随分と酷いレッテルを貼られたものである。もう少しマシなものはなかったのだろうか。そんな場違いな考えが浮かぶが、すぐさまそれを思考から押しのける。

 アレハンドラ三世の側に立つ男が、何やら筆記用具を持って準備していることから察するに、もう尋問の内容もすでに決まっているのだろう。少々うんざりするが、これも受け入れる他ないのかもしれない。

「では最初に。貴殿、名はなんという」

「……アレックス・ポールショックだ」

「そうか。ではアレックス殿。貴殿はどこの出身だ」

「……フェデレス共和国、ポルンカ村」

「ふむ……なるほど。では――」

 その後、しばらく先程のような短いやり取りが続けられた。何をしていたのか。どうしてこの国の付近の雪山の洞窟で倒れていたのか。どのようにしてこの場所にたどり着いたのか、などを訊かれた。

 そして、尋問が終わると、今度はこちらの質問の時間となった。

「アレックス殿。この現状についてはお互いにある程度理解できたはずだ。何か質問はあるか?」

「俺の武器と防具はどうなっている?」

「ふむ、アレックス殿の装備一式は別室にて厳重に保管してある。一切手はつけてない故、貴公が倒れたときのままの状態だ。他には何かあるか?」

「俺はこのあとどうなる。祖国へは帰れるのか」

 これは、目が覚めてしばらくしてから抱いていた純粋な疑問だ。アルディア王国という名前は聞いたことが無い。おそらく、狩人として生きてきたからなのだろうが、それでも狩人として一人前と自他共認めていたのだ。そのため、度々依頼の飛び込んでくる隣国の名前程度なら知っているのだが、アルディア王国という名前に覚えはない。

「それは分からぬ。フェデレス共和国という名に覚えはない。それに、大型の竜種というものも、この国にでは数年に一度しか見かけぬ。そなたは一体どこから来たのだ? あの装備も、私の国では到底再現などできぬ代物だぞ」

「何だと……?」

 完全な予想外の回答に、思考が停止しかける。雪山の反対側の集落を目指していたつもりが、実は全く知らない国だった。そして、そこは王家が統括する封建国家である。などといきなり説明を受けても、状況に思考の処理能力が追いつかない。

 行き倒れになっていた自身を介抱してくれたことには、いくら感謝をしても足りないくらいだが、それとこれとはまた話が別である。それに、最後の最後で緊張の糸が切れ、気を失ったからといえども、寝込んでいる間に自身の装備から何者であるかは、ある程度ならわかったはずである。加えて、この地下牢に放り込まれる所以はないはずだ。

 そこまで考えたところで、今まで一切気に留めていなかった事実を思い出した。

「そういえば、俺の体の傷はどうやって治したんだ? 凍傷だって浅くはなかったはずだ。それらが寝ている間に全快するのはどう考えてもおかしい」

 その質問に、答えが用意されていたかのように即座にアレハンドラは答える。

「ああ、それは治癒の魔術を使ったからだ。全身の傷が深かった故、腕の立つ術士を寄越したのだ。しかし、致命傷になりうる傷をいくつも刻んだ状態で、よく生き延びていたものだ」

「魔術……だと?」

 聞きなれない単語に、しばし考え込む。

 上回復薬や上薬草をいくつも使った、と言われればある程度納得はできるが、魔術というものに関しては見たことも無ければ、聞いたことすらないのだ。さらに言えば、『腕の立つ術士』という言葉から、この国では魔術なるものが一般的に行使されている可能性が高い。

 もし仮に、ここが自身の知らない全く未知の世界ならば、どうやって迷い込んだのかが非常に気がかりだ。唯一の可能性としては、あの洞窟内で何かしらの現象に巻き込まれたということが挙げられるが、そのことに関する信憑性は皆無と言っても過言ではないだろう。もし仮にそうだとすれば、一体どうやって……。

「アレックス殿が一体どうやってこのアルディア王国に迷い込んだのかは知らぬが、貴公はどうやら我が国のことを一切知らぬようだ。この私自ら案内しよう。とはいえ、王宮内だけであるがな。おい、アレックス殿を開放せよ」

「はっ。……しかし陛下、実情はわかっとはいえ、この者が不審な人物であることには代わりありませんが」

「開放しろと言っている。何度も言わせるな」

「……御意に」

 少々揉めたようだが、どうやらここから開放されるようだ。いつまでも蝋燭と松明だけが光源の空間にいては、視力の低下につながるおそれがある。一刻も早くこの場所から出たいというのは、予てからの細やかな希望だったのだ。

 ピッタリとしたインナー姿に素足という、お世辞にも外を歩く格好ではないが、出してくれるというのであれば上々だ。だが、やはりグリーヴだけでも装備しておきたいものだ。いくらなんでも素足で色々名所歩くような真似はしたくはない。

「悪いが、グリーヴだけでも装備させてくれないか。流石に素足で歩き回るようなはしたない真似はしたくない」

「む、それもそうか。おい、アレックス殿の脚具を持って来い」

「はっ」

 兵士の片方が、足早にこの場を去ったかと思うと、さほど時間をかけずに戻ってきた。その手には、きちんとグリーヴが握られている。白亜を基調とした、大型の飛竜種の素材から作られたものだ。

 格子の扉が重厚な音を立てて開き、中に兵士が入ってくる。グリーヴをそばに置くと、すぐさま踵を返し定位置へと戻っていった。あからさまな警戒の色を一切隠そうとしないその姿勢に、小さく苦笑を漏らす。

 グリーヴに両足を突っ込み、留め具をきっちりと留める。すっかり脚に馴染んだグリーヴを、がちゃんと鳴らして立ち上がる。それを確認したアレハンドラ三世は静かに頷くと、ついて来い、と言ってあるき出した。

 慌ててその後を追うように牢を出て、その後をついていく。その自身の背後を、兵士二人が歩調を乱さずについてくる。それぞれの手に持つ短槍の切先が、壁にかけられた松明の揺らめく明かりを反射している。鈍く光るそれが、常に背中を狙っていることは、狩人としての経験から簡単に察することができた。

「アレックス殿、貴殿にはしばらくこの王宮にて生活をしてもらうことになるが、異論はないか」

「こんな浮浪者にそのような待遇をしてくれるとは、この国の王様は随分と気前がいいな」

 感心したように言葉を漏らすと、アレハンドラ三世は、苦笑交じりに答える。

「別段そういうわけではない。貴殿を住まわせる適当な場所が、この王宮以外に無いというだけのことだ」

「それでも、貴族でもない俺を王宮に住まわせてくれるだけ、十分に太っ腹さ」

 数歩前を歩く、自信より頭ひとつ背の低い国王と気の置けないとみなされても仕方のない会話に、後ろを歩く兵士の警戒心がより一層深まったのを感じ取ったため、小さく方をすくめ、そこからはあまりしゃべらないよう心がけた。

 王宮に出る際、周囲と同じく石造りの階段を登ったことから察するに、どうやらあそこは地下牢のようだ。装備一式が収められている部屋も、おそらく地下牢の一室なのだろう。完全に装備を剥がされていることから、簡単には持ち出せないことは容易に想像できる。後ほど、許可が降りるとは限らないが、有事の際の持ち出し許可を申請しておく必要がありそうだ。

「では、ここからは私がアレックス殿を直接案内する。お前たちは自分の持ち場に戻れ。何度も言わせるなよ」

「御意に」

 側付きの初老の男と兵士二人は、納得の行かない表情をしていたが、王に反論は許さぬと言外に言われては、素直に従うしかない。こちらを人睨みしてから去っていく兵士に内心ため息をつきながら、アレハンドロ三世に声をかける。

「それじゃあ、案内よろしく頼む」

「うむ。付いて来るがいい」

初めまして。鏑木雅人です。

気まぐれで投稿を始めました。よかったらこれからも応援よろしくお願いします。

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