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多重な彼女  作者: 碧武士
1/1

せんとう

少女を誘拐した。

お隣さんの少女を誘拐して家出をした。

自転車に乗っている。

自転車に二人で乗っている。

うしろの彼女は、悲しいのか、嬉しいのか、泣きたいのか、分からない。

歌が聞こえる。

懐かしい歌が聞こえる。

なんて名前だったか、思い出せない。

「人に優しくしてもらえない」

声に出ていたのだろうか。

歌い終わった彼女がそう答えた。

「なんだろう絶対違うと思う」

「歌詞に、入ってる」

「でも語呂が悪いよ」

「ごろう?」

「語呂。言いにくいよ」

「・・・ひとに、やさしく・・・」

りんちゃんのそれは人にやさしくしてもらえないのそれだよね」

そう口にした後で、本物もそういう意味だったかもしれないとふと思った。

「名前なんてどうでもいい」

そう言ってから、彼女は流れる景色に目を向けた。

「それじゃあ、斉藤さんでもいいの?」

「それは私の名前じゃない。私の名前は燐」

私の名前じゃない―か。

りんというのは彼女の本当の名前じゃない。

彼女の本名は斉藤さいとう そらだ。

「燐ちゃんって名前気に入ったんだ」

僕は少しうれしそうに言ってみせた。

「前の名前は嫌。ただそれだけ」

恥ずかしがっている様子は全く無かった。

僕は燐ちゃんのそういった子供らしい感情を一度もみたことがない。笑わないし、恥ずかしがらないし、泣かないし、怒らない。十五歳の女の子から喜怒哀楽をそっくりそのまま引っこ抜いた感じだ。

けれどそんな彼女も初めからそれらが無かったわけではないのだ。

引っこ抜かれたんじゃない。奪われたんだ。

彼女の両親に。彼女が殺した両親に。

僕は十八歳にして少女を誘拐してしまったけれど、燐ちゃんはもっとすごいのだ。

十五歳にして両親を殺した。

中学三年生が自分のお父さんとお母さんをぶっころしたのだ。

「ロックンロール…だねぇ」

僕はいろんな意味を込めてそう言ってみた。

「どうするのこれから」

「・・・どうしようか」

僕は目的に向かって論理的に物事を進めるタイプだ。けれど、今論理的に考えてしまったら、発狂してしまうだろう。ロックンロールに行ってみよう。

「したいこと、たべたいもの、何かある?」

余計なことを考える前に口を動かす。

「自転車を降りたい。おしりがいたい」

思えばもう四時間は走り続けていた。

「ごめんごめん、それじゃあ銭湯に行こうか」

「銭湯?おふろ?」

「そうだよ、温泉じゃないけど」

「何が違う」

「お湯の種類?温泉のお湯は珍しいお湯なんだ」

「そうなんだ」

スマホでGoglemapを開き銭湯を探す。

「すぐ近くにあるよ、もう少し我慢して」


閑静な住宅街に誘導されてしばらく経つと、

突然、空に煙突が生えた。

「煙突だ」

距離が近づくほどに、煙突は空に伸びていき、

彼女の視線も高くなる。

「お湯を沸かしてるから、煙突は銭湯の目印なんだよ」

本当は現代いまの銭湯は排煙の必要があまりないから、高い煙突は必要ないんだけどね。

――なんて説明は省くことにする。

「……じゃあアソパソマソのパン工場は」

「銭湯ではない、と思うよ」

間髪入れず否定する。アソパソマソはお湯には弱いはず。確かにパン工場に隠し露天風呂があったらそれはそれで夢が膨らむけど。

それから燐ちゃんは煙突から目を離そうとせず、銭湯に到着するころには、体が荷台から落ちそうになっていた。

駐輪場はなかったので適当なスペースに自転車を停める。

自転車を降りると隠れていた疲労がどっと押し寄せた。

「生涯で一番体力つかったかも」

二人乗りで四時間ぶっ続けは初めてだ。

「しょうがいで一番おしりが痛い」

そして彼女も鉄の棒の上に四時間座ったのは初めてだった。


銭湯の名前は金盛湯。

ここは外の入り口から男湯と女湯に分かれて入るタイプだった。

「はいこれ」

僕は彼女に千円札を手渡した。

「入るときにお金払ってタオルも貸してもらうんだよ。あと好きな飲み物も買っていいよ」

「わかった」

「・・・それじゃ」

心配だけど、さすがに十五歳とは一緒に入れない。入りたくない本当の理由わけは別にあるのだけど。

靴を脱いでのれんをくぐろうとした時、うしろに気配を感じた。

「・・・燐ちゃん、女の子はあっちだよ」

分かってると思うけど、一応言ってみる。

「知ってる」

後ろを振り向くと彼女が僕にぴたりとくっついていた。

「燐ちゃんは燐くんだったのもしかして」

「どっちでもいい。でも一人はイヤ」

「・・・」

彼女の胸に視線を下ろす。

「セー・・・・ウト?」

「セウト?」

「わかったよ。それじゃあ燐ちゃんはこの銭湯では僕の妹だ、わかった?」

「わかった」

「本当に?」

「本当に、お兄ちゃん」

突然の攻撃に動揺する。

が、しかし、私はもうお兄ちゃんである。

「・・・よろしい、ではいこうわが妹」

こういうのは恥ずかしがるものだろう。

言ったこっちが恥ずかしくなってしまう。

というか恥ずかしい。

もうどうにでもなれ。

僕は彼女の手を握って男湯に突撃した。

「いらっしゃ・・・あら」

「こんにちは。あの、妹なんですけど、一緒に入ってもいいですか」

「・・・いいわよー。今だれもいないし、今日はあまり人こない日だから」

「ありがとうございます」

少し不思議な目で彼女を見ていた。

「大人一人と中学生一人。あとタオル二本貸してください」


確かに大浴場、脱衣所には誰もいなかった。

「良かったね誰もいなくて」

「別に」

「俺も極力見ないから」

「あっそう」

なんか本当の妹みたいな反応だなと思う。

僕が全くそういう目で見てないことを分かってるんだろう。

そういう感じだ。

確かに彼女の体は十五歳のそれだ。

けれど僕は彼女を女として見ることはないと思う。

そう思わせるだけの幼さが彼女の心にはある。理由はそれだけじゃないけど。

そんなことを考えながら漠然と彼女を見つめていると、

「見ないんじゃないの?」と、

彼女が僕に鋭い?目線を送った。

「わっ! ごめん! 考え事してただけ!」

「そう」

こんな反応をするお兄ちゃんは多分いない。

僕は慌てて自分のロッカーをあけた。

燐ちゃんはいつのまにか全てを済まして、浴場へ向かっていた。僕も急いで準備を済ませて彼女を追いかける。

そして、その瞬間とき初めて彼女の裸を見てしまう。背中には赤黒い血がベタリと固まっており、一見して大きなかさぶたのようだ。

他の人がいたら騒ぎになっていたかもしれない。

しかし僕は違うものを彼女の体に見ていた。

「人がいなくて良かった」

そんなことを思っていると、大浴場に入った彼女がそんな状態でお湯につかろうとした。

「すとぉおおおおっぷ!まず体を流そう!っていうか洗おう!一緒に!」

彼女は僕の大きな声に驚いてバランスを崩しそうになった。

大浴場へ入り、隅にあった桶と椅子を二つづつ鏡の前において、二人でそこに座る。

「・・・ケロリン?」

彼女は僕が置いた桶に書いてあるロゴを読んだ。

「あぁ、銭湯の桶ってなぜか全部黄色でケロリンってかいてあるんだよね、広告?かな」

「広告?」

「宣伝だよ。桶の底ってみんな見るじゃない、せっかくだから宣伝に使ってるんだよ」

「なんの宣伝?」

「だからケロリン」

「カエルでも売ってるの?」

「ケロリンだもんね」

燐ちゃんは漢字が読めない。だから本気で言ってるのだろう。まるで小学生だ。

「はいこれタオル。自分で洗える?」

彼女はおもむろにタオルを受け取って、ボディーソープを頭につけた。

おっさんかい。いや僕もたまにやるけど。

僕が洗うしかないか……

「…よし、今日は特別にお兄ちゃんが洗ってやるかぁ」

人の髪の毛を洗うのは初めてだ。

人は意外と髪の毛を触られることに抵抗がある。しかも女の子だ。僕はかなり気を使った。

触ってから初めて気づいたが、彼女の髪の毛には明らかに長さがおかしい部分がある。

切られたのか、引っ張られたのか、抜けてしまったのか。いろんな光景が頭に浮かんだ。

「目が痛い」

唐突に彼女が口を開いた。

泡が降りてきているのに目を見開いているのだから当たり前だ。

「目を閉じないから泡が入ってしみるんだよ」

「目を閉じるのは怖い」

「怖い?なにが」

「暗くて怖い」

目を閉じるのが怖いなら、眠るときはどうするのだろう。彼女の眼の下のクマを見ればその答えは容易に想像できた。

「・・・こっちに体向けて」

「僕がずっと見てるから少しだけ目をつぶっててよ。それならいいでしょ」

やっと目を閉じた。その間に手早く泡を流して、タオルにボディーソープをつけ、彼女に渡す。

「それで体をこすって、血をしっかり落として…ください」

体も洗ってあげたかった、けれど、これ以上彼女の身体からだを見ていられない。

僕がすべて洗い終わると、彼女の体は泡に包まれていた。

「立って。流すから」

シャワー全開で彼女に向けて放つ。

体についていた血が泡と共にきれいに流れ落ちていく。すべての泡と血がが落ちても僕はシャワーを放ち続けた。

「ぜんぶおちたよ」

「……落ちてないよ」

落ちてない。落ちてないんだ、どうして。

古傷から生傷、あざ、裂傷れっしょう火傷やけど斉藤空かのじょ身体からだは痛みであふれていた。彼女の身体からだにつけられたおびただしいほどの傷跡、そしてその痛みは斉藤空かのじょの生きた十五年を歴然はっきりと示す。

けれど彼女が経験した恐怖、絶望、苦悩、苦痛は誰にも想像することはできない。

親殺しは重罪だろうか?

僕は思う。

ふざけるな。

燐ちゃんにとっては親を殺してしまったこと自体が一番の傷だ。そしてその傷はこれから一生癒えることは無いし、むしろ時がたつにつれ彼女をむしばんでいくんだ。

「とめて。あつい」

僕はハッとなってシャワーを止めた。

「ごめん」

「どうしたの」

彼女が僕の目を覗き込んだ。

その瞬間僕は彼女を抱きしめたくなった。

けれどなぜかそれはいけないことだと思い、代わりに彼女を持ち上げてお姫様抱っこをした。

「うわ」

僕はそのまま彼女を運んで、一緒にお湯に入った。

「意外と熱い!大丈夫?」

「あつい。けど、気持いいよ」

初めて彼女の口からそんな言葉を聞いた気がする。それだけでもここに来た意味がある。

僕が離すと、彼女は頭の上半分以外をお湯につけて、体育座りをした。少し池のカエルに似ている。なんて思った。

しかし、本当に気持ちいい。

温泉は人類を救う最後の切り札だと信じている。割と本気で。そんなことを考えながら、考えなくちゃいけないことを考え始めた。

僕はお湯につかると考え事をする癖がある。

これからのことを考よう。そう思った。


燐ちゃんのためになにができるか。


僕の頭のなかに初めに浮かぶ大前提はこれだ。

けど、燐ちゃんは幸せになれないだろう。

いや絶対に幸せにはなれない。

そんな気がする。そういう世界だここは。

けどこれ以上不幸にはさせない。

そう、もう死んでしまいたい、それだけは思わせない。なにが起こってもどう転んでも、

それだけは僕が必ず防ぐ。命をかけてでも―、



歌が聞こえる。

懐かしい歌が聞こえる。

隣の少女から聞こえる。

いまでは思い出せるその歌。

音程がとれてるわけでもないし、

きれいな声なわけでもない。

それでも彼女の歌声には色が見える。

彼女はなぜこの歌をしっているのだろうか。

僕も大好きなこの歌を。


人にはやさしく


誰が燐ちゃんに優しくしてくれるだろうか、いやそんな人はいない。


二人が大好きな歌を二人で歌う。

二人しかいない浴場に二人の声が響く。

「がんばれ!」

「がんばれ!」

立ち上がった僕たちはそのままお湯に飛び込んだ。そして二人で泳いだ。

「あっははははっはははっはは」

「うはははははははははははは」

なぜか二人で大笑いした。

これが彼女が僕に見せた最初の笑顔だった。

「燐ちゃんには僕がいるよ。僕がいる」

彼女はなにも言わずにお湯にもぐった。

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