第七話 青春とスライム
誤字脱字ご容赦を
王都より戻ってすぐ新しい三人暮らしが始まる。昔も三人暮らしだった。ジジババ俺。今は師匠、俺、エリナ。血の繋がらない三人だけど以前と同じように居心地のいい場所に成って欲しい。前世では他人からは裏切られ騙された俺だが、今世では暖かい人たちに囲まれて過したい。
今のところ人間関係は安定している。仕事については、薬の収入が我が家の最大で中心的な収入になっている。師匠のお金は全て師匠の錬金術の研究費用の為、薬収入で全ての衣食住をまかなっている。
俺は薬作りと錬金術の勉強と師匠の手伝い以外はしないようにしている。薬の材料採取は全てロトに依頼して、薬の納入と受注はエリナに町に行ってもらっている。エリナの優しい性格は町の皆に受け入れられて、俺以上に町に馴染んでいる。
月日が流れて、俺もやっと12歳になった。そして声もだんだん太くなって来た。ついにやって来た思春期だ。最近自覚する、エリナを目で追っている。大人になって来たという喜びと、欲望にまみれてきたと言う罪悪感で複雑な気分になる。特に俺はまだ女性に対し心を完全に開くのが怖いと言う思いが強い。エリナなら大丈夫と思う気持ちと、もし裏切られたらもう生きていけないんじゃないかと思う気持ちが鬩ぎ合う。
毎日の食事は三人で家で食べるが、師匠は夜は研究室兼自宅で寝る。俺とエリナは自分の家で別の部屋で寝る。師匠は食事の時は俺の家に居て、それ以外は自宅兼研究室に居るという事だ。
朝はいつもエリナが起こしに来る。部屋のドアをノックしてから部屋に入って来るんだが、最近どうもノックしてないように思える。朝、気が付けばエリナがベッドの横に居てこっちを見ている。そして俺はあわてて起きようとするが、自分の下半身の変化に気付きすぐには起き上がれない。
そんな俺の姿を見ながら「食事の準備が出来てますから、着替えて来てください。」と微笑みながら言って部屋を出て行く。
普段も以前より体の密着の度合いが増したような気がする。師匠からエリナに俺を篭絡する指令が出ているのだろうか。それとも彼女自身の意思なのか。どっちか俺には分からない。
精神は肉体に影響されると思う。俺の魂は絶対、肉体の暴走を止められない。俺には肉の欲求に打ち勝つ自身が無い。今世の記憶だけならエリナの誘いに乗るかもしれないが、前世で女性に騙され殺された記憶が俺の心にブレーキをかける。
「あー!苦しい。」と思いながらため息をつく。
俺は師匠の思惑について再度考えた。師匠はどんな意図でエリナを買ったのか。
師匠は俺の将来の為にエリナを買ったと思われる。
奴隷商での会話を思い出す。20歳くらいの女性を希望した。男性経験のある女性を希望した。
ヤマネは田舎で恋愛対象の女性も少ない、だから俺が女性を経験する機会もないと思ったんだろう、だから女性を経験させる為の役目をエリナにさせようと思っているのだろう。エリナは恋愛対象ではなく性処理の相手と言う事になる。たぶんエリナも納得してるんだろう。
俺は今度は別の視点の問題点を発見してしまった。エリナは奴隷だがもう家族のように思っている。そんな家族のような女性を性の対象にして良いのか。考えたら考えただけ問題が出るような気がして来た。
それでもまた考える。エリナは納得している。そしてエリナは家族のような存在だが血の繋がった肉親ではない。だったら自分の肉体を差し出す愛情表現があっても良いじゃないか。そんな強引な理論武装をして自分を納得させる。
その日の夜、エリナの部屋を訪れる。コンコン、ドアをノックする。
「エリナ起きてる?」
「まだ寝てません。」
「入っていい?」
「どうぞ。」
俺はドアを開け、部屋に入る。周りの大人達の認識では俺は性の知識を何にも知らない少年と言う設定になっているらしい。中身がおじさんだって事は俺しか知らない。
エリナは枕を腰の後にやりヘッドボードにもたれて座っている。俺はベッドの端に腰を下ろし、エリナを見ながら話し始める。
「最近体の具合がおかしいんだ。」
「何が、どうおかしいんですか?」
「毎朝体がおかしいし、朝でなくてもおかしい時がある。特にエリナを見るとおかしくなる時がある。」
「ありがとうございます。」エリナは微笑みながら答える。
「治す方法ってない?」俺は知っているのに、さも知らないかのように聞く。
「私なら治して差し上げられます。」
「えっ!本当に!」と白々しく言う。
「ただ、誰にも言わないで下さいね。」
「分かった、約束する。」
「そしたらこのベッドに寝てください。」
俺はその言葉に素直に従ってベッドに寝る。
それからエリナは俺に優しく大人の夜の作法を教えてくれた。
彼女が特別な方法を教えるんじゃないかと少し心配していた懸念も取り越し苦労だった。彼女はいたって普通の夜の作法を教えてくれた。
翌朝彼女の態度は昨日までとまったく変わりは無かった。彼女はあくまで俺に大人の作法を教える先生という立場を守るつもりのようだ。彼女の体を通しての愛情表現。俺は昨夜、彼女の愛情を確かに感じた。恋愛感情ではない包み込むような優しい愛情。俺の女性恐怖症は少なくとも彼女に対してだけは無くなりつつあると感じた。
俺は久しぶりに自分一人で薬草採取に来ている。近くの森の中に少し入ったあたり、薬草がパラパラ生えている場所がある。一人なのであまり森の深くへは行かない。体は多少鍛えてはいるが、基本屋内の仕事ばかりでろくに戦闘訓練もしてないので、最弱のゴブリンと戦えるかどうか程度の戦闘力しかない。
薬草採取に夢中になり、周囲の警戒を怠った俺に忍び寄る気配があった。気付いた時には目の前3m程に近づいていた。スライムが目前にいた。スライムに目が有る訳でもないのに目が合ったような気がした。なぜか恐怖は無かった。スライムが弱いからじゃなく、まったく恐怖は感じずそれとは逆の感覚があった。あまりに異質な体験の為、俺はそっと後ずさり、スライムと距離をとって6m程離れてから後を向いてその場から逃げ出した。
家に駆け込み作業場へ荷物を置き、部屋に入ってベッドに寝転んだ。さっきの事を思い出し反芻する。俺にとって衝撃だったのは突然スライムが現れた事では無く、スライムに恐怖を感じず逆に親しみを感じた事だった。俺はどうかしたのか?他人に言えばきっと頭がおかしいと思われる。
少しベッドに横になって気持ちを落ち着かせてから、起き上がり作業場へ行った。そこでもう一度考える。感情的になるのではなく錬金術師、科学者として考える。
魔物を従わせるのを魔物の従属というがそれは力でねっじ伏せたり、魔法で押さえつけて従属させるものだ。だがさっきの体験はそれとは全く違う。ここか心通い合うような関係になりそうな感覚。
以前からスライムには時々遭遇したが、あんな感覚は無かった。さっきのスライムが特別なのか、俺がどこか変わってしまったのか。これはどうしても検証の必要があるような気がした。
今後の錬金術人生に大きな影響を与えるのではないかと漠然とした予感を感じた。
早速、俺は師匠の研究室へ向った。
俺は師匠の研究内容については何も教えてもらっていない。手伝う時も実験の趣旨を知らず、作業の手伝いのみさせられている。師匠が言いたくないのなら無理に聞く必要はないと、師匠の意思に従っている。
研究室の中に入り、背中越しに師匠に声をかける。
「師匠、今、少しよろしいですか。」
「何じゃヒロ。」
「実は、魔物について調べたい事がありまして、それについての本があれば貸して欲しいのですが。」
「魔物の本か?」
そう言って師匠は魔物関連の本を探してくれる。本はすぐに見つかった様で、三冊の本を貸してくれた。
俺はお礼を言って本を持って自分の作業場に帰っていった。とりあえずスライムとは何かを徹底的に調べる事にした。
本に載っていた内容はどれも生態や生息場所や攻撃方法や撃退方法などばかりだった。
やはりこの世界では科学的検証をするということ自体が頭に無いようだ。
これ以上は自分の力で検証するしかないと思い。師匠に本を返した後、町に行ってロトに話を聞くことにした。
ちょうどロトが自宅にいたので色々質問した。スライムを見てどのように感じるかやスライムの生態、スライムの体の構造や特徴など。でも俺の満足できる話は聞けなかった。
結局自分で確認して検証を積み重ねるしかないという結論に至った。