第六話 奴隷と帰還
誤字脱字はご容赦を
機材が届くまでの間色々街中を回った。師匠が持っている本以外で俺の勉強に役立つ本を買ってくれたり、生活に必要なもので、ヤマネの町ではなかなか手に入らないようなものなどを買い揃えていった。
そうこうして機材が届く日が近づいてきた時、「今日はちょっと行くところがある。」と師匠が言ったので付いて行った。
行き着いたのは独特の雰囲気を持った建物。店に入ると男が近づいてきた。
「本日はどんな御用でしょうか。」
「女の奴隷を買いに来た。」と師匠が言う。
俺は心で「え!」と思った。田舎育ちの所為か今まで奴隷なんか見た事は無く、人々との会話の中にも出てこなかった。
「ではこちらへどうぞ。」と店の奥に案内された。
それなりに広い部屋に案内され置いてある椅子に座る。前にはテーブルが置いてあり、従業員らしい女性がテーブルの上に師匠と俺の飲み物を置いてくれた。
奴隷商人と思しき男が「どのような奴隷をご所望でしょうか。」と聞くと。
師匠が「家事全般を任せられる事。体が丈夫な事。年齢は若すぎず二十歳くらいかもう少し上でもかまわない。それと、」
急に声を小さくして「夜も大丈夫な事。」と言った。
普通の10歳の子供なら意味が分からなかったかも知れないが俺は中身40過ぎのオヤジだから意味やよく分かった。師匠も男なんだなと思った。
「さようでございますか。」と商人が微笑んだ。
師匠があわてながら小声で「ワシではない、この子の為だ。」と言った。
「え?俺なの?師匠の照れ隠し?それとも本当に俺の為?」と思ったが、師匠の本心が何かは分からなかった。
「準備しますので少々お待ちください。」そう言って商人は退出した。
俺は出されお茶に口を付けながら師匠の顔色を伺っていた。
程なく商人が戻ってきた。「この者達の中からお選びください。」そう言うとドアから六人の奴隷達が部屋に入って来た。
全員部屋に入り終わると商人が説明を始めた「こちらの者達は全員家事の経験者か宿屋や食堂などで働いた経験のある者たちでございます。体もいたって丈夫でございます。」
俺は女性達の顔色を見る。確かに少し薄汚れた感じはあるが不健康な感じはしない。
商人が「全て人族で、年齢はあちらから18、22、19、20、18、23となります。」そしてそれぞれの売値も付け加えた。
師匠が突然質問した「初めての者はいるか?」
「いえ、残念ながら。」
「いや、それでいい。」
俺はなんと生々しい会話かと思った。大人達は俺が理解できないと思い、ワザと遠まわしな言い方をしているらしいが、俺は全ての会話を完璧に理解している。
すると師匠が突然「ヒロお前が選べ。」と俺に話を振って来た。
「え?しっ師匠、俺が選ぶんですか?」
「そうだ、お前の世話をしてもらうんだからな。」
「え?やっぱり俺の為の奴隷?」と心で叫んでいた。
俺は正面を向いていたが彼女達の顔に意識を向けず、頭の中でしきりに考えをめぐらせていた。
前世で女性に騙され命まで奪われた俺が奴隷とは言え女性とまともに接する事が出来るのだろうか。だけど奴隷だから俺を裏切ったり騙したりしないんじゃないかと色々考える。こんな事は師匠には相談できない。俺が前世の記憶があることを説明しても理解できないと思う。下手すると狂人扱いされるかも知れない。こうなったらあきらめて情況に流されるままになるほうがましかもしれない。そう思って心を決め、前の女性達をじっくり観察する。
身長は皆あまり変わらない。体格は皆痩せている。食糧事情が悪い所為だろう。太る体質かどうかまでは今の状態では判断できない。後は容姿だが皆特別美人ではないが悪い顔でもない、普通といったところ。最後に性格だが、こればっかりは外見では内面までよく分からない。俺はあまり気の強い女性が好きではないので顔のきつい奴隷は辞めておこう。それ以外の判断材料だと俺の顔の好みとなるが、その所為で俺は前世で不幸になったのだから自分の判断を信用しちゃいけない思う。それで師匠に聞いてみた。
「師匠、自分では決めかねるので師匠の意見をお聞きしてもよろしいでしょうか。一番左と右の二人の合計三人は俺の苦手そうな感じです中の三人の中ではどの方が良いと思われますか?」
「んー、その三人だと右の娘かな。」
「でしたら俺もそれでいいです。」
「よし決めたぞ。」と師匠が言う。
「こちらでよろしいですね?」
「それでいい。」と師匠が答える。
「かしこまりました。」と商人が言い他の五人を下がらせた。
師匠は持っていた皮袋から彼女の売値である金貨五枚と銀貨五十枚を出した。それから追加注文を出した。
「奴隷契約の際、ワシとこの子、二人の主人契約は出来るか?」
「可能ではございますが、隷属の首輪が特別な物となり追加料金が発生いたします。」
「それはいくらだ?」
「銀貨三十枚の追加となります。」
「それと外へ出る為の娘の服の用意をしてくれ。」
師匠は皮袋から追加で銀貨三十一枚を出した。
彼女の姿は奴隷商が用意した服なので奴隷と一目瞭然でとても外出できる姿ではなかった。
「かしこまりました。」と商人が言ってお金を受け取り、店員に銀貨一枚を渡して服を買いに行かせた。
それからお盆に乗った首輪が運ばれてきた。
「この首輪にお二人の血をたらしていただきます。」
そう言って銀のナイフを渡された。二人ともナイフで指先を傷付け首輪に血をこすり付ける。
「ありがとうございます。」と言って商人はナイフを俺らから受け取りそれを店員に渡す。
それから横で待っていた彼女に首輪を嵌め、もう一人いた店員が彼女に向って呪文を唱えると、「カチッ」と音をたててしっかり首輪が嵌る。あの横の店員はただの店員じゃなく魔法師だったようだ。
「これで完了です。」と言われ、その後商人から首輪の細かな説明も受けた。
内容は、主人を傷付けたり、殺したりしようとすると首輪が締まるし、体の自由が利かなくなる事。主人の命令に逆らった時などは主人が魔力を首輪に送ると首輪が締まり、体が麻痺する事。
ちなみに先ほどの首輪の主人の血の登録だが、人間の血液には魔力が含まれていて人それぞれ特徴がある。その為、血を登録すると主人の魔力の特徴を登録する事になるので主人の魔力にのみ首輪が反応するという仕組みになってりるらしい。補足として、首輪に他人の血が付いても血の登録の魔法を唱えない限り登録できないのと、首輪によって登録人数の制限があるので、人数を超えての登録は出来ない。今回の場合は二人登録用の首輪だった。一人登録用の首輪のみ奴隷の金額に含まれる。つまり一人用の首輪は無料で複数用の首輪は追加料金が発生するという事。
最後の手続きで奴隷売買契約書を取り交わして奴隷売買の全ての手順が完了した。
すると新しい服に着替えた彼女が部屋に入って来た。地味なベージュのワンピースに皮のサンダル姿。俺達の座っている場所のすぐ横に立った。
「お待たせいたしました。」と彼女は俺達に頭を下げた。
「いや、大丈夫ですよ。」俺は答えた。
手続きも終わっていたので、さっそく彼女を連れて店を出た。
師匠は「さて。」と少し考えてから「名前はなんていう?」と彼女に尋ねた。「エリナと言います。」
「ワシはロラン、こっちがヒロじゃ。」
「ロラン様、ヒロ様これからよろしくお願いします。」とそれぞれ自己紹介した。
それにしても名前がエリナってマリナと似ていて少し胸がチクチクする。
師匠が「昼飯を食いに行こう。」と言ったので三人で昼食にした。
食事の間に自分達の詳しい紹介をした。
エリナは結婚していたが子供は無く、旦那が賭博で借金をしてそれを返す為、奴隷に売られたそうだ。旦那にはまったく未練は無いらしい。
ヤマネと言う田舎町で暮らすと言ったが彼女も田舎町の出身らしく特に苦には思わないらしい。少し話をしていると明るく優しそうな人なのでこの人にして良かったと安心した。
宿に着くと工房の使いが来ていて、これから配達するが良いかどうか許可を求めてきた。師匠が許可を出すと、使いは急いで工房へ帰って行った。
宿で待っているとまた工房の使いが呼びに来て、師匠がうちの荷車に載せるように指示を出した。師匠が品物の確認と荷車への積み込みの確認を終え代金を渡し、書類にサインして仕事は終了した。これで王都での仕事も全て完了した事になる。
翌日朝には王都を出発した。帰りの道も特に危険も無く順調に進む。馬の顔が馬車の荷物の重さから行きより少し厳しくなっているような気がする。たぶん気のせいだろうが。
途中の宿場では女性が加わったにも関わらず、一部屋に泊まった。師匠は老人でそっちは卒業したらしい。俺は子供でまだそんな歳じゃないと思われていて男女一部屋でも問題ないらしい。部屋のベッドは二つで師匠が一つ、俺とエリナが一つのベッド。師匠は将来の為に今から俺とエリナを一緒に寝かせて慣れさせようとしているように見える。
帰りの日程も行きと同じで王都出発から八日後にはヤマネの町に着いた。馬車を薬屋の前に止めて、俺だけ店の中に入っていった。
「ただいま。」
「おっ!ヒロ帰ってきたか」
「うん、ところで薬の在庫どうなってる?」
俺は薬屋に店の在庫状況を確認して必要な薬の数を聞く。
「それじゃ、なるべく早いうちに納品するよ。」
「たのむ。」
「それじゃ、今日は挨拶だけだから、また。」
「おう、近いうち来てくれ。」
「じゃあ、また。」そう言って店を出て馬車に乗り込む。
町を出て少しすると家が見えてくる。この一ヶ月ほどは俺にとって激動だった。祖父母の死と弟子入り、王都へ言ったり。ギルドへ登録、エリナとの出会い。今までがまったりとした時間を過していたので、この一ヶ月程は信じられないくらい濃密な時間だった。
でもこれからはまた、まったりした時間を過すのだろうと思う。