テイク3
階段を昇るごとに心拍数が一つ上がっていくような気がした。
――本当に洋行くんは待っていてくれているんだろうか――
和行くんのメールには必ず行かせると書いてあった。……大丈夫、きっと洋行くんは約束を破るような人間じゃない。
屋上の扉の前に立つ。……南京錠はどうやらもう開いているようだ。
一つ大きく深呼吸をする。なんだかとても心細かった。
理由は何となく分かっていた。今日、和行くんが風邪で学校を休んでいたからだ。
――ショッピングモールで寝てたのがいけなかったのかな……それとも私のクッキーが――
そこまで考えて、私は頭を左右に激しく振った。
――だめだ。和行くんのことを考えるのは後にしよう。今は……今は洋行くんに告白することだけに集中するんだ――
もう一度大きく深呼吸をする。
そして屋上に続くぼろい扉を外側に向けて勢いよく引いた。
彼は背を向けて、空を見上げていた。
風で後ろ髪が揺れている。服装は長袖の紺のブレザーに、同じ色のズボン……あの学校の制服だった。
――暑くないのかな――
なんだかちょっと心配になる恰好だ。
「あのう」
声が風で掻き消される。
「あのう!!」
今度は声を張り上げる。
彼はゆっくりと、こちらに振り向いた。
――洋行くん――
どこか悲しげな視線に柔和な笑み……当然だけど和行くんと同じ顔で、なんだか変な感じがした。
やはり暑いらしく、洋行くんは首元を押さえてパタパタと仰ぎ、服の中に風を送り込んでいる。
「今日は……わざわざ来てくれてありがとう。私、蒔田怜奈っていいます。きっと知らないと思うけど、和行くんの友達で……中学は同じ学校通ってました」
どうして今さら告白するのか。
そう訊かれたなら私は多分、うまく答えられないと思う。
他校の生徒に告白するなんて、どれだけ希望が薄いのかも分かっているつもりだ。
でも、諦められなかった。
私はきっと中学を卒業したら、この気持ちを忘れられると、なかったことにできると高をくくっていたんだ。
実際は逆だった。
この気持ちは日に日に大きくなって、私を押しつぶして、一歩も前に進めなくなるまで成長した。
だからもう。告白するしか、どうしようもなかったんだ。
「私、ずっと。ずっと洋行くんのことが好きでした」
震える声でそう言った瞬間。時が一瞬止まったような気がした。
「……ありがとう蒔田さん。気持ちはとても嬉しいよ。でもごめん。その気持ちに俺はちゃんと応えることができないんだ」
彼は悲しそうな眼差しのまま私に近づいて来る。
「……ごめん」
私の横を通りすぎて、遠ざかって行く足音が聞こえる。
「あの! すいません。重いかもしれないけど、これ誕生日プレゼントとして作ったんで……よかったら食べてください!」
そう言いながら目を強く閉じて、クッキーの入った袋を差し出す。
「……ありがとう」
手からゆっくりと袋が離れていく感覚がした。
私はどうしても目を開けることができなかった。
「……まだ、ここにいるつもりなの?」
「はい」
私はどうにか顔を上げて、笑ってみせた。
涙で、うまく彼のことを見ることができない。
「そう……じゃあ、俺はこれで……」
「バタン」
屋上の扉が閉まる音が無情にも響き渡る。