恋の終わりと始まり
―――この文を読んで、私の想いに気付く人はどれだけいるだろうか。
題『終わりのその先』 作者『 』
数日後に文化祭を控えた学校はいつもはない独特の興奮が校内を包んでいて、みんな文化祭を待ち望んでいることを窺わせた。
「結依ちゃん、そっちの冊子の制作は終われるー?」
部長に呼ばれ、それまで没頭していた作業の手を少し止める。
「はい。あとは絵のコピーを挟むだけです。部長はもう少し休んでていいですよ」
「ごめんねぇ、結依ちゃん。あのバカのせいであたしが使い物にならないなんて・・・」
今部長は腕を骨折してしまって作業を手伝うことが出来なくなっていた。というのも、じゃれついてきたワンコ系彼氏を受け止めきれずに倒れ、その時に運悪く腕をついてしまったらしい。その彼氏は反省の意味も込めて骨折が治るまで接触禁止令が出されたとか。
「だいじょうぶですよ、部長。私たちもいるんですから!」
隣で意気込んだ友人の声に他の部員たちも声を上げる。
部長はそのことを嬉しく思いながらも、やはり自分が手伝えないことがもどかしい、といった表情をしている。
「・・・そういえば、みんなは後夜祭に誰と出るかもう決めたの?」
もどかしそうに作業を眺めていた部長が思い出したように呟いた内容に一瞬手が止まりそうになるが、誰にも気づかれずに済んだ。
この学校はどういうわけか、後夜祭は男女ペアでの参加を奨励している。それに伴い、今の時期ともなるとあちらこちらでカップル成立が聞こえてくるほどだ。強者にもなると、後夜祭の直前で告白してそのまま一緒にというのもあるらしい。
「で、結依ちゃんは?」
みんながそれぞれに応えていくのを聞き流しがなら作業に没頭していると、こちらに矛先が向いてきていた。
「へ?何がですか」
「もうっ、後夜祭のパートナーよ。誰と出るつもりなの?」
「私、一人で出ますよ?」
小首を傾げながら言えば、周りから絶叫が聞こえた。なんで。
「ダメよっ!こんな可愛い結依ちゃんが一人で出るなんて許さないわよ!」
「でも、相手の人いませんし」
「せめて友達はいなかったの!?」
「みんな彼氏と出るらしくて、一人余っちゃったんですよ」
軽く笑いながら言えば、みんなして脱力して机に突っ伏している。
「あ、ありえないわ・・・こんな美少女一人にさせるなんて、世の男どもは何考えてんの!?」
「いや、それ過大評価しすぎです」
部長の言葉を即座に否定するが、他のみんなが何故か頷いている。だからなんで。
「結依ちゃんはホントにそれでいいの!?」
「いいんです。一人のほうが気楽ですしね」
にっこりと笑って言えば納得してくれたのか、渋々とだが引き下がってくれた。
残りの作業をしようと机に視線を向け、また没頭する。
何かに集中していたほうがいい。そうすれば気が紛れて考え事をしなくていいから。
文化祭当日。
「こんにちは。こちらの冊子をどうぞ」
割り当てられた教室に入ってきた人たちに冊子を手渡していく。家庭科部と美術部と文芸部の共同で使用している教室は人の出入りが激しいわけではないが、そこそこ賑わっている。
人の流れが一段落して、受付当番の交代時間になった。お昼を済ませてきた美術部の生徒と交代してぶらぶらと廊下を歩いていく。
特に空腹というわけでもないので軽くつまめる程度のものを買おうかと考えていると、ちょうど教室から見知った顔が出てきた。
「お、結依じゃねーか。元気してたか?」
「そりゃ元気ですよ。元生徒会長さまも相変わらずのようで」
わざとおどけて言えば、彼は肩を竦めてみせる。様になっているのが悔しい。
隣で腕を組んでいる女性が敵意むき出しに睨んでくるが、わざわざ格下の相手をする必要はないでしょうに。
「今から昼飯か?」
「ええ、そうですよ。ところで先輩。女性同伴のくせに他の女に声をかけると誤解を招くのでやめてくださいね。迷惑を被りたくないので」
にっこりと有無を言わせない笑顔を浮かべて、言いたいことだけ言ってその場から立ち去る。後ろから何か言っているが聞こえないふりをした。
あなたが誰かと一緒にいるところなんて、見たくない。
そんな醜い嫉妬を隠して、何事もなかったように歩き出す。
二つ年上の彼は、いわゆる幼馴染というものだ。
隣の家に住んでいて、母親同士が仲良し。その流れで一緒に遊ぶことも少なくなかった。
幼い頃は兄のように慕い、年頃になるにつれそれは恋情へと変わっていった。彼はそれに気付かず他の女性たちと共にいた。
いや、もしかしたら気付いていたのかもしれない。けれど、彼にとって私は『妹のような存在』でしかなかったのだろう。
一方通行の想いだけを胸に燻ぶらせて、彼に伝えるわけでもなく、悲劇のヒロインに酔っていただけの愚かな自分が嫌で嫌で、だから―――。
「―――もう、終わりにする」
この恋を終わらせて、前に踏み出すんだと。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
文化祭も終わりに近づき、一般の人たちが楽しそうに話しながら校門を出て行く。
一方で生徒たちはこれから始まる後夜祭に心躍らせているのだろうか。
「・・・もうすぐ、終わる」
生徒たちが校庭へ集まっていくのとは反対に、人気の少ない校舎を上へと昇っていく。
屋上へと続く扉を開けば、独特の静寂に包まれた世界が広がっていた。校庭の喧騒はどこか遠くに聞こえて、まるで世界から切り離されて独りぼっちになったような気分になる。
『 この想いはいつからここにあるのだろうか
私自身でさえ 明確な答えは持ち合わせてはいない
いつからか 私は彼に恋をしていたのだ
けれどその想いを口に出して彼に伝えることは出来なかった
彼の側はいつも華やかで艶めかしい花で彩られているのだ
みすぼらしい花など 彼の傍にあっても埋没するだけだろう
前へ進む彼と 立ち止まったまま進めない私
だから 私は前へ進むためにこの恋を終わらせる
『貴方が大好きです』
これは貴方への恋文だけれど 渡すつもりはありません
せめて言葉にして終わらせたかった
ここに私の想いを記すことで 私は私の恋を終わらせます
終わりのその先を夢見て』
冊子の中の一ページに込めた彼への想いに誰か気付いただろうか。
彼はきっと文芸部の冊子なんて貰ってないだろうし、貰っても読まないだろうから。
どこからか、歌が聞こえ始めた。きっと罰ゲームみたいな歌の披露が始まったんだろう。
気の毒に感じながらも、微かに聞こえる歌声に耳を傾ける。
優しさに満ち溢れた声は涼やかに校内へと響き渡っている。それまで騒然としていた校庭も歌声に酔いしれ、いつしか誰も声を出さずに歌を聞いているようだった。
「―――ここにいたか」
「・・・え?」
独りで物思いに更けていると、校舎に繋がる扉から声が聞こえた。
驚いて振り返れば、そこに彼が立っていた。
「なん、で・・・」
「そりゃ、元生徒会長の特権だ。優等生やってたからこれくらいは許されるんだよ」
そう言うことを聞きたいのではないが、驚きの余り声が出ない。
きっと間抜け面を晒しているだろうことは想像がついたが、それでも顔を元に戻すことがなかなかできない。
「まったく。こんな公開告白されたら、こたえないわけにはいかないだろ」
「・・・っまさか、読んだの!?」
右手に持たれた冊子をチラつかせながら言う彼に何のことかようやく呑み込めた。
「おう、読んだよ」
「っ・・・!?」
真っ赤になった顔を隠したいが、射抜くような彼の視線から目を逸らせない。ゆっくりと近づいてくる彼をどこか遠くに感じながらその場に立ち尽くす。
一部のすき間もなく抱き締められても、それが現実ではないような気がして呆然と受け入れる。
「俺はいろんな花に囲まれるよりも、俺のためだけに咲いてくれる小さな花が良いんだ」
「・・・え?」
「―――結依が好きだ」
ストレートな告白に瞬時に顔が赤くなるのを自覚する。
「・・・傍にいて、いいの?」
「当たり前だ」
断言される返答にそっと両腕を彼の背中へと回せば、いっそう力強く抱き締められた。
校庭では生徒たちが賑やかさを取り戻し、皆が思い思いの時間を過ごしている。
『終わりのその先に』
私の片想いは終わった。
その先には、彼と共に歩む未来があった―――。