閻魔大王、読書を勧める
ここは地獄。死んだ者達の魂がやってくる場所の一つである。
群雄割拠と言うべき、動乱は長く頻繁に行なわれていた。その中で一際異彩を放ち、軍を率いて戦場を駆ける男がいた。
”閻魔大王”、トームル・ベイ。
「ふははははは、戦場とは楽しき場所だな!」
地獄でも屈しの戦闘狂にして、最強と呼ばれる大男。単独で数多くの敵を蹴散らし、強者との戦闘を誰よりも楽しむ。無論、最後には勝ち、それを続ける男だ。
「全軍に告ぐ!蹂躙しろ!敵は怯んでいる!もう一度命を奪い取れ!」
戦争が楽しみ。世が戦争を続けられる世になれば良いと思うほど若くて、力が溢れていた。
「敵軍は離散し、撤退しました。見事な戦いぶりでございました、ベイ様」
「そうか……」
わずか1000人にも満たないベイの軍が、5万にも及ぶ敵軍を打ち滅ぼしたなど前代未聞な強さを見せ付けるが。ベイ本人はこの軍に自分に匹敵する強さを持つ者がいないことに物足りなさを感じていた。戦闘を濃く彩る強者こそ、戦争に成り代わる逸材。倒してこそ得られる快感と名誉だ。
戦争の勝利など、今のベイにとっては何も価値はない。
「むっ?あそこにいる子供はなんだ?」
「はっ。どうやら敵軍の捕虜だそうです」
戦争の勝利で得られた一番の報酬が、捕虜として働いていた子供だとはまだ分かっていなかった。
噂の”閻魔大王”の畏怖を間近で見て、ションベンをもらし、震える子供は殺されると対面して感じていた。しかし、”閻魔大王”はそんな弱虫に戦意が沸き立つわけがなかった。弱者を屠るのは趣味ではない。だって、退屈だ。
「うううぅっ」
だが、興味はある。
卒倒してしまいそうな気持ちよりも、生きてやろうとする抗いを持つ目。震えていても、自分を逃さんとする視線。
「子供よ。その内に秘める闘志、見事だ。賢くはないが懸命さを認めてやろう」
ベイは子供の頭を上から撫でてやった。首を折られるのかと、子供も、近くにいたベイの側近も思っていた。
「戦場で生きてみろ。お前には戦う素質がある」
「え?」
「子供を持てるほど、我に余裕はないがな。必死に1人で戦い勝ち続ければ強くなれる。そして、お前の必死さに仲間も現れよう」
「え、え、閻魔大王……」
子供は感銘を受けた。絶対の強者から命を狩られることを回避でき、なおかつ、希望しかない言葉を承った。
畏怖して見ているということよりも、後光に照らされると感じる”閻魔大王”を見つめていた。
「ところで」
感動すらしている子供に、ベイは懐から一冊の本を取り出した。
「お前は文字を読めるか?」
「た、多少は……」
「うむ。では、お前が記念すべき一人目だ。我が武勇伝をくれてやろう」
『閻魔大王、我武勇伝』という平凡なタイトルが刻まれた、厚い本を手渡される子供。持つには重過ぎる本だ。本を受け取った子供が震える重さだ。
「その名の通り、我の武勇伝だ。これだけ戦ってきた」
自慢か?
「数々の戦場を荒し、強者を屈服させ、全ての戦歴と詳細を記録した自筆のものだ。非売品だ。どこにも売れなかったぞ……じゃなくて、どこにも売っていないぞ」
深いところを聞くのはよしておこう。十中八九、殺される。
しかし、この厚さはヤバイ。パラパラと捲る限り、絵までも描かれている。多彩な芸とマネできない執念を持っているようだが、それは自己満足に過ぎん。
「現在はこの一巻しかないが、お前が強い大人となれば二巻と三巻、もしかすれば四巻まで出来ているかもしれない」
誰にも読んでもらっていないのか。自分が恥ずかしいからじゃなく、相手側があまり良い気分にならない方か。
「読書は良い。世界が広がる。言葉を覚えられるし、知識にもなる」
だからってお前の本は正しい文法でできていて、正しい書き方をしているのだろうか?その内容はちゃんと読者にも配慮されているのか?武勇伝で知識が身につくのだろうか?武勇伝とはその人にある素質なり、やり方がある。他人がマネできないこともあるだろうに。
「いずれ、この本を強くなって我に返しに来い。その時に感想を求めよう。ただし、我の元に来るのは容易なことではないがな」
キザなやり取りで自身初の武勇伝を子供に譲渡する、ベイ。その顔は何か未来を見て来たような満足そうなお顔だ。人に良い事をしたと本当に思っているのだろう。子供はベイが後ろを向いた時に地面に本を置いた。
「はぁー、はぁー。重たい……」
両肩を落としてから息を吐いていた。子供の気持ちがよく分かると、ベイの部下は子供の失態が見えないよう、少し背伸びをしながらベイの後ろをついていった。自分の本が地面に転がったら嫌だろう?知らない方が良い事実もあるんだ。ベイは上機嫌で前を見ていた。本当に機嫌が削がれなくて良かった。
この譲渡から約10年後。
「閻魔大王様!!」
「むっ」
あの子供はなんとベイの軍に入り、幹部にまで上りつめたのであった。ベイの眼力も侮れないものだ。あの頃よりもはるかに逞しく、知識もかな備えているような面もしている。まさに一流の兵士だ。
「おおっ。あの時の子か、それに我が武勇伝の1巻を持ってくるとは……お主、もしや」
「はい!俺はあなたにこれを返すためにここまでやってきました。あの時、閻魔大王様とこの本に出会えなかったら今の俺はいません!これを……」
この出来事に感動しながら彼はベイに本を返した。
武勇伝をちゃんと届けてくれた子は彼が初めてだ。隠し切れないウキウキを見せながら、ベイは尋ねた。
「ど、どうだった。我が武勇伝は?その感想は。それが聞きたいんだ」
「はい!30ページくらい読んで飽きたんで筋トレの道具にしました!!それと、戦闘部分の要点だけ覚えました!!コンパクトにしてください!」
ハッキリ言うなーーー!!
「だが、30ページか。我が部下より本を読んでくれるとは嬉しいことだな。二巻と三巻、四巻、五巻とある。持っていくが良い」
「良い重石になりますね!」
「いや……15年前くらいから五巻で止まっているんだがな。部下が読んでくれないし」
閻魔大王は15年前から、執筆を止めて読書に専念していた。
けど、いずれはみんなに読んでもらえる本を作ろうとしているらしい。コンパクトに纏めて、とアドバイスをいただけたから参考に頑張ってみる。