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―NUMBER―  作者: Crenna
第1章 莉子捜し
8/14

第2話

「まぁ立ち話も何だ、皆座ろう。母さんはお茶を出してくれるか。色々と三嶋さんには話して貰わなくちゃならないからね。最も、憶えている範囲で、だが」


 そう言うと、彼はチラリと私を振り返った。


「……私の知っている事は、全てお話します。私は皆さんに危害は加えません。信じて下さい、お願いします」


 目を伏せ、私を見つめる彼らへと頭を垂れた。今の私には、この人達の協力が必要だ。情報が欲しい。そしてその協力を得る為には、先ず彼らに信じて貰わなくては始まらない。……袋叩きはゴメンだし。

 暫くそのまま沈黙が続くと、誰かがポンッと背中へ触れてきた。


「……分かった。顔上げろよ」


 桐兎だ。身体を起こし彼を振り返る。私より少し背が高い彼は真っ直ぐに私を見下ろして居た。


「ありがとう」


 彼を見上げ、私は自然と笑みが零れる。すると桐兎は驚いたように暫く瞬きを繰り返し、咳払いを一つしては「取り敢えず座れよ」と言った。

 ……そう言えば、笑うのは随分久し振りだ。何故か、そう感じた。

(莉子と逸れてからそんなに経って無い筈なのにな……)

 それだけ、非現実的な現実に疲れて居たのだろう。


「さてと。先ずは三嶋さん、貴女の憶えている範囲で貴女の事を教えてくれるかな。事次第によっては、キミを警察か七区へ保護させなければならないからね」


 私と桐兎が彼の向かいのソファへ座った事を確認すると、結城が口を開いた。


「私の名前は、三嶋恵莉子(みしまえりこ)。日本の東京……渋谷区に住んでいる女子高校生です。クリスマスに双子の妹と、家の近くのケーキ屋に向かう所でした。でも途中で車に()かれそうになって……気が付いたらあの道路で倒れて居たんです。見た事ない道路だし……」


 と、そこまで話した所で違和感を感じた。

 桐兎達の顔が、どうにも不可解だとでも言いたげな顔をしていたからだ。


「あの……?」


 何か変な事を言っただろうか。今度は逆に私が首を傾げる番だ。

 そんな私を見つめ、結城は「どう言う事だ」だの何だのと呟く。どう言う事だ、は私が言いたいのだが。


「キミが、第七区へ向かう護送車に乗っていたのは確かだろう。あの道は一本なんだ、七区以外への道は無い。七区の人間をこちらへ護送するなんて事は有り得ないから、それは確かだ」

「護送車、ですか?」


 って、あの大炎上した挙句爆発した塊だろうか。


「囚人を七区へ移す為のね。今の東京の囚人は殆ど七区に移送される。囚人は、第一区から第六区それぞれで行われる裁判で有罪と判決を受けたら、先ず犯罪意識を消す意味合いとその後の人生を善人として暮らせるよう、記憶消去を施される。次に今までの自分の戸籍を死亡とされ新たな名前と年齢相応の基本知識を与えられたら、そのまま七区へ。これが基本だ」

「成程……記憶を消して戸籍を消してしまえば、“その人という存在は死ぬ”……」

「そう言う事だ」


 肉体を殺してしまうより、記憶を消してしまうと言う方法。確かに、殺生という観点からすれば画期的なのだろう。ただ、それがこうして世間に広まり実装されていると思うと、なにか恐ろしさを拭えない、なんとも言えない気持ちになる。


「でも何故あれが護送車だと分かったんですか?爆発して、何がなんなのか分からなかったと思うんですが」

「簡単な事だ。それは、政府の方が記録されていた車の履歴のデータを教えて下さったからだよ。それ以外の理由としては、囚人が七区へ移送される為には必ずこの六区へ来なければならないんだよ。そして区長である私にその旨を報告すると言う決まりなんだ」

「大変なお仕事をされてるんですね」


 車の履歴……カーナビでも調べたのだろうか。何となく、分かった様な分からない様な顔で頷いた。


「ありがとう。……ただね、それは良いんだが、問題はそこじゃない」

「と、言うと?」

「キミ、何処に住んでいるって言ったかな?」

「渋谷区、です……」


 そう言うと結城は「うん」と相槌を打ち、その次にとんでもない事を言い出した。


「ここは日本、恐らく三嶋さんの住んでいる東京と、同じ東京だ。ただ、渋谷区は無いんだよ……正確に言えば、数十年前に東京都の区名は改正され大幅な区画整理もされたんだ。つまりキミのその記憶は……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」


 渋谷区が無い?数十年前?一体この人は何を言っているのだ。数十年前に渋谷区が無いのならば、私が生まれる前に変わっている事になる。だとすれば、私が今迄住んでいた渋谷区は渋谷区ではない事になる……が、そんな事はあり得ない。昨日まで、其処で暮らしていたのだ。渋谷区の、あの家で。


 勢い良く立ち上がったせいか、いつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶がガチャンッと音を立てて飛び上がった。


「私は昨日まで、渋谷区で暮らしてたんです! それを……そんな、数十年前に無くなったとか言われてもワケわかんない……じゃあ家は?! ママは?! 莉子は?!」

「落ち着いて。座って。……恐らく、考えられる事は幾つかある。一つは、君も他の囚人と同じく記憶は消されたが、爆発のショックから記憶を思い出し掛けている為。まぁこれは可能性としては薄いと思うけどね。数十年前以前の記憶を何故君が持っているのか説明出来ない」

「爆発のショック……は、多分無いと思います。私、爆発の前に目が覚めたんです。その時にはちゃんとこの記憶はありました」


 その前の事故のショック、と言われてしまえば口を紡ぐしかない。が、彼の言う通り仮に消された記憶だとしても辻褄が合わない。


「二つ目は、そもそも君が作り話を私達に語った線だ。七区と手を結んでね。……っと、そんな顔をしなくても良い、先程からのキミの態度で私はキミを信じても良いと判断し、今こうして話を進めている」


 ニコリと微笑まれ、私は再び立ち上がり掛けた身体をソファへと沈めた。

 信じて欲しい。私のこの記憶は私だけのもので、私は三嶋恵莉子で、あの家に住んで幸せに暮らして居たのだと。

 すると、隣で話を聴いて居た桐兎が私の耳元で小さく呟いてきた。


「安心しろよ、父さんはこう見えて情に厚い人で有名なんだ。最初から、お前を連れて行くっつった時点で面倒になんのは承知だったんだよ」


 そういうと、彼もニッと笑みを向けてはその顔に幼さを戻した。


「そして、三つ目。キミが囚人として収容された際に記憶を消されず、別の記憶を埋め込まれた為。その為に本来の記憶とその記憶とが混濁しているのかもしれない。……正直可能性としてはこれが一番濃いと思っている。ただ通常囚人は、記憶を消去され七区へ移される事になっている、例外は無い筈なんだ」

「別の……記憶……」


 とてもそんな風には思えない、昨日まで、笑っていたのだ。莉子と。あの雪の冷たさを私は憶えている。

 これが誰かの、若しくは作られたかもしれない記憶だなんて、信じられない。信じたくもない。

2017.11.23 加筆修正しました。

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