第1話 始まり
「あ、しまった」
「ん?」
「さっき店に手帳忘れて来たかも」
細やかな、家族三人のクリスマスパーティも終わりを迎え、あとはケーキを食べるだけ。
そんな時、荷物を漁っていた莉子が声を上げた。
「あぁ、代金払うときアンタ色々出して財布探してたもんね」
「あーやっぱあの時だよね? ヤバイなー⋯⋯アレに恵莉子のプレゼント挟んでたのに」
「はいい?! そんなトコに挟めちゃうプレゼントって何! つか人に渡すモノ手帳に挟むなよ!」
どうせ対したモノも無い、とタカを括っていたのだが、まさかプレゼントを挟むとは。
私は小さく溜息を吐く。
「はぁ⋯⋯まぁ仕方ない⋯⋯明日取りに行こう。今日は遅いし。そんな高いモノでもないんでしょ?」
手帳に挟むくらい。
「うーん、それがねぇ、なんとティファニーのネックレス」
「ティファニーを手帳に挟むなよ!!!」
「てへっ」
「てへじゃないわっ包装は? 箱は?!」
何故。
そう視線を向けると、莉子はペロリと舌を出した。同じ顔でも彼女がやれば愛嬌があるな、とそんな事を思う。
思うのだが。
「恵莉子驚かそうと思って。だって箱入りの包装とか見るからにプレゼントじゃんか~」
「⋯⋯プレゼント貰ってないのに十分ビックリしたわ⋯⋯」
ゴメン、と片手を挙げ謝る莉子を見つめ、もう一度溜息を吐いた。今度は盛大にだ。
「はぁ~⋯⋯仕方ないなぁもう」
「まぁ明日朝一で行けば大丈夫だよ、きっと店長も気付いて取って置いてくれるって! それに明日ならクリスマスプレゼントとして私的にセーフの域」
莉子が心配いらない、とばかりに私の肩を叩く。ええい、そんな自論知らんわ。
何時もながら自由過ぎる彼女の奔放さに私は額を押さえつつ、好きにしてくれの意を込め片手を振った。
と、そこへ本日のメインディッシュであるケーキを持って、母が居間へとやって来た。どうやら先程からこのやり取りを聞いて居たらしく、何故だか眉間に皺を寄せて居る。
「ママどうしたの?」
「顔凄いよ?」
「⋯⋯うーん⋯⋯」
私達は顔を見合わせ、首を傾げた。
「何かあるの? 明日あの店爆破されるとか?」
「いや百歩譲ってそうだとしても、何でママがそれ知ってんのよ」
滑らかにボケを取り入れてくる彼女に空かさずツッコミをご返却する。この応酬を何年も続けてきたせいだろうか、今では双子漫才と陰で囁かれている事を私は知っているが、こうして常にボケられて居てはそれを払拭出来る筈もなく。
しかし、そんな漫才にも反応せず、母は困ったように唸るとケーキをテーブルへ置いた。
「確かねぇ⋯⋯あそこの店長さん、明日から旅行に行くって聞いたわよ?」
「え」
「え」
私達は口を揃え、見つめたままビシッと固まって母を見つめる。
「何でも宝クジが当たったとかで、パーッと使うんだって御近所に話してたみたい。羨ましいわぁ」
確かに。
確かに羨ましい。が、今はそこじゃない。問題はその前だ。
「ちょ⋯⋯旅行とか聞いてないよ! あの十円ハゲ! やけにニヤニヤしてると思ったら私に黙って旅行とか!!」
「アンタ店長の何なの」
「お客様」
「随分と横暴なお客様だな? ってそれは良いとして、流石にそんなに放置するのはちょっとね。折角のプレゼントだし⋯⋯」
莉子的に言えばアウトの域だろう。店長が何時帰ってくるのかはわからないが、クリスマスプレゼントの枠を盛大に超過するだろう事は、容易に予測出来る。更に言うと、もしこのまま店長が莉子の手帳の存在に気付かず、店内に無防備に放置されたまま⋯⋯と言うのも些か不安が残る。
「私のティファニーが危ない」
莉子はグッと握り拳を作り、明後日の方向へと呟いた。
私へのプレゼントじゃなかったのか。
「私の、ティファニーが、危ないね?」
「うん。私のティファニーが危ない」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
ケロリと言って退ける彼女へ、じっとりとした視線を向ける。
しかし何ともそれの効果は期待出来ないモノの様で、にこやかな笑顔が返るだけだった。
「⋯⋯莉子ちゃん? ティファニーは、プレゼントじゃなかったっけ?」
「もちプレゼントよ恵莉子ちゃん。私がプレゼントして、それを恵莉子が私に貸してくれるって訳よ、いやー姉妹ってスバラシイ」
私はがっくりと項垂れた。
成る程。道理で去年とは打って変わっての高価なプレゼントだ。
どうにも釈然としない胸の内を、溜息と共に吐き出す。
「いやほんと、スバラシイわ⋯⋯」
恐らく、ほぼ彼女の私有物になるのだろう。今までにも何度か、彼女の手に渡った共有物は彼女の私物化の末路を辿っている。
⋯⋯いや、そんな事より、兎に角だ。
曲がりなりにも、私達は学生で。学生なりに予定などあったりする訳だ。いや、そりゃライブに行く日にちだとか遊びに行く日にちだとかが、大半を占めてはいるが。
友人の誕生日などもしっかり書き込んである辺り、意外にマメな莉子には手帳が無い事は地味に辛いのだ。
「って言うかアレに予定書き込んでんのにー! 手帳無いとサッパリなんですけど!」
ガシガシと頭を掻き毟ると、莉子はチラリと視線を寄越す。
それは彼女の癖で、何か言いたい事があると決まって、私の顔色を伺う。
「あーもー、分かったわよ! 分かった分かった! 行けばいいんでしょ? ったく⋯⋯」
「やった! 流石恵莉子様っす、美人! 綺麗! 相変わらず美しいお顔!」
「アンタそれ分かって言ってんでしょ」
本当に、この双子様には頭が上がらないと言うか何と言うか。
「可愛い妹が居て幸せだね、お姉ちゃん!」
「ちくしょう、腹立たしい程に胸を締め付けるこの敗北感はなんだ」
「ハハハ、君は私には勝てんよ明智クン」
「シバく」
莉子はいやん、と軽く体をくねらせるとこれまた態とらしく舌を出した。
(無視無視)
そのタイミングを見計らって、それまでやり取りを見守っていた母が「あら、もう姉妹コントは終わり?」と問い掛けて来た。それを背に、私達は放ったままだった上着を羽織る。
さっさと行って、さっさと帰るに限るじゃないか。
「コントの続きは帰って来てからね。ちょっと行ってくるよ」
「仕方が無いからちょっと行ってくるよママ~」
「誰のせいだ言ってみろ」
「私です」
口の減らない我が妹を一睨みし、靴を履いて玄関の扉を開けた。
まだ数時間しか経って居ないと言うのに、外気はやけに冷えている。また雪が降るかもしれない。
「行ってきまーす。あ、ママ! 直ぐ帰るからケーキ切って置いてね!」
「行ってきまーす! ママ! サンタの部分は私ね!」
「却下」
「うわ、恵莉子大人気なー!」
夜中である事を気に留めず、キャッキャと近所迷惑を働く私達に母はいつもの様に「静かにしなさい」を告げ、お馴染みの台詞を付け足した。
「行ってらっしゃい、二人とも気を付けなさいよー」
これが、母の声を聞いた最後だった。
2017.11.21 加筆修正しました。