リアルの洗礼(2)
(2)
親番もなく、逆転の希望も薄いこの終盤で、トップ目の金髪が上がりに来ているのだ。
さらにその連れにドラまでチーされては、親番のメガネに分が悪い。
こうなったら、少しはまともなメガネに味方して、彼の連チャンを手伝ってやろうという親心だった。
しかし親の心、子知らず…実際はメガネが親でオイラが子だが(笑)。
彼はドラポンをしたオイラを警戒して、オり打ちを始めてしまった。
リーチやドラポンには警戒を向けるのに、終盤のドラのツモ切りはノーマークというのでは、暗黙のコンタクトを期待する方が無理というものだろう。
僅かな差の2位キープに固執して、オイラに満貫を振ってのラス落ちを嫌った訳だが、案の定、メガネが金髪に振り込んだ。
ロン牌はオイラの現物・八萬。なんてことはないタンピン2000点の手だった。
ドラまで勝負するならリーチすればいいものを、実に中途半端と言わざるを得ないが、そいつがトップなのだから、これもまた麻雀である。
結果的にはオイラが金髪の上がりをアシストした格好だ。
「あの①筒チー出来てりゃあ、俺もダブロンだったのによぉ!」
ミッキーマウスが悔しげに手を開いた。
②③④(赤⑤)⑥⑦⑧⑨三三三六七
まぁ、痛し痒しと言ったところだが、上がれなかった手牌を開いてクドクド解説する行為も、情けないマナー違反の一つである。
★ ★ ★
南四局・オーラス、金髪の親番。
ミッキー:21000
オイラ:16000
メガネ:23000
金髪:40000
自動配牌のアルティマ(麻雀卓の商品名)が、オイラの目の前の山の一枚・西をひっくり返してセットした。
つまりその左隣3枚目からが、ツモ山の取り出しとなる。
オイラが嶺上牌とツモ山を分けようとする前に、対面の金髪が親の第一ツモを奪うように掴み取った。
勢い余って山の右端何枚かが崩れた。もう何度も同じ事が繰り返されて諦めているオイラは、黙ってそれを直すが、金髪本人は自分の手牌の理牌(並べて整理すること)に夢中だ。
金髪が第一打・中を放つと、またもやミッキーマウスがツモらずに牌を切り、手の内から中2枚を右端に滑らせた。
今度はポンまで無発声で通す気らしい。或いはさっきの意趣返しか。
スライドさせた中がオイラの前の山を直撃し、再び右端の牌がこぼれた。
またもや黙って山を直すオイラに、下家のメガネが「やれやれ」といった表情をよこしたが、オイラは軽く頷いて受け流した。
発声も詫びもないまま、ミッキーマウスが切った東を、今度は金髪が「ポン!」を入れた。
この場合は発声がないとスルーされてオイラのツモ番になってしまうから、こういう時は元気の良い声を上げてくる。
どちらも早い喰い仕掛けで、2人のうちどちらかが早々に上がって終了するかと思われたが、意外にも場は長引き、その後は黙々とツモ山が削られていった。
中巡を過ぎる頃、やっとメガネからリーチがかかった。
恐らく金髪が東のみでテンパイしていたが、ミッキーマウスはすでに諦めた様子。
オイラはまたしても、苦しいリャンシャンテンに泣かされていた。
①②③④⑤357九九北北南
次巡、ドラの北が暗刻になり南を切るが、すぐに通っていない萬子を引かされ万事休す。①筒を落とした。
その萬子にもう一枚がくっつき、②筒を切る。
そして4索を入れてテンパイしたのだが、時すでに遅し。それが最後のツモ番だった。
もうリーチは出来ない。
待ちは二-五萬だが、ついさっき金髪が五萬を強打し、それを見たミッキーマウスが二萬を合わせ切りしたばかり。
相変わらずコイツらのツキに腹立たしさを覚えながら、一応テンパイをとって7索を切った。これは通っている牌だ。
メガネの最後のツモ切り、同じく金髪のツモ切りが続き、ミッキーマウスの海底となった。
「ああーっ、くそっ!」
ミッキーマウスはそう吐き捨てて、対子落としの二萬を切った。
海底牌をツモらずに…。
オイラは彼がまたしても発声なしに金髪の牌をチーするのかと待っていると、そのまま「ノーテン」と言って手牌を伏せてしまった。
それを見て金髪とメガネが「テンパイ」と牌を開いた。
牌を伏せも開きもしないオイラに、3人の視線が集まる。
「よぉ、ちょっと待ってくんねーか?」
★ ★ ★
完全にオり打ちを決め込んだ打ち手が、海底牌をツモる前に安全牌を切り出して終わる…という行為は、比較的キャリアのある打ち手にも見られる行儀の悪い悪習だが、おおかたコイツもどこかでそれを見て真似たのだろう。
「海底牌を見るまでもない」と言いたい訳だ。
オイラはおもむろに手牌の内の5枚だけを晒して見せた。
三四北北北
「その二萬がラス牌なら、役なしでも海底・ドラ3の満貫なんだけど」
ミッキーマウスの顔色が変わった。
「だって流局した後じゃん!」
再びゴタゴタしているところへ、またメンバーが駆け付けた。
奴の無発声のチーを知っているメンバーは、オイラの言い分を即座に受け入れた。
「ロンの発声が遅れた事情は分かりました。この海底ロンは認められますね」
「ええーっ? 俺の無発声は駄目で、このヒトの無発声はいいわけぇ?」
金髪が援護射撃を入れる。
「厳密には流局しちゃってるもんなぁ」
「は!! 厳密ってか!?」
オイラは吹き出した。
厳密には禁止行為になってる言動を、てめーらどんだけ重ねてんだ?
厳密が聞いて呆れるわ!
「とにかくツモってから切るのがルールですし…」
というメンバーに促され、ミッキーマウスがオイラの前の山の右端にある海底牌に手を伸ばす。
「まぁ、待ちなよ」
その手を払いのけた。
「じゃあ厳密にいこうか? ツモ牌を取らずに捨て牌を切った。つまりお前は少牌ってことだよな?」
3人とメンバーが目を丸くした。
ツモり忘れての少牌や、切り順を飛ばされての多牌は、チョンボ扱いの店もあるが、西口店では単純な上がり放棄とされている。
「打牌が完了した時点でコイツの少牌は決定した。つまりこの海底牌をツモる権利はねーんだ。違うか?」
メンバーを見上げると、彼は「あ…確かにそーですね」と感心するように腕組みをした。
「てことは、まだ流局してねーじゃん。この牌を俺がツモってラス牌を切るのが厳密ってもんだ」
顔を見合わせている3人に続けてたたみかける。
「民主主義でいこう。俺の海底ロンを認めるか、海底牌を俺にツモらせるか、そっちで決めてくれていいぜ」
今度はミッキーマウスが吹き出した。
「そんなこと言ったら、俺は少牌で済ませてくれた方が有り難いに決まってんじゃん!」
「僕は海底ロンでも仕方ないとは思ったけど、厳密に言えば確かに少牌扱いに理がありますね。それに満貫上がられたら、順位落ちちゃうし…」
メガネが申し訳無さそうにボソッと言ったのを受けて、金髪が笑った。
「俺はどっちでもいいけどなぁ。2人が言うならそうすれば?」
仮にオイラが海底で満貫をツモ上がっても、金髪のトップは変わらない。
ミッキーマウスの海底振り込みを救済するには、当然の回答である。
「じゃあ、いいよな?」
もう一度メンバーに念を押す。
「まぁ、皆さん了解のようですし。ルール上はそれが一番妥当っすね」
彼が言い終わらない内に、目の前の海底牌をつまみ上げて振り下ろす。
パシりと音を立てた赤五萬に注目が集まる中、残りの手牌8枚を倒してやった。
③④⑤345九九三四北北北
赤五←※ツモ
「海底・ツモ・三色・ドラ3・赤1。4000・8000の1枚オールだ!」
★ ★ ★
ポロポロと山を崩す無作法者に文句も言わず、黙って牌を拾う行為が親切心だと思ったら大間違いだ。
直しながら、ついでに2~3枚余計に確認したって誰も気にも止めないのだから。
ネットとリアルの差については、前述した他にも多々あるが、リアルのフリー雀荘には、こんな悪さをするオヤジがいることも心得ておくべきである。