リアルの洗礼(1)
(1)
麻雀には様々なトラブルがつきもので、これを回避する為に、店ごとに細かい取り決めが種々定められている。
役だとか点数といった基本的なルールについては、ひと昔前なら地域によって多少の差があったが、今やメディアの影響等もあって、一般的なリーチ麻雀に関しては、ほぼ全国共通の「ありありルール」で通用する。
しかし、本当にどちらでもいいような細かい手順の違いが、時として勝負の行方を左右するような微妙な問題を生むことがあり、仲間内のセットならケースバイケースで済まされる場面でも、赤の他人同士がお互いの懐の中身をやり取りするフリー雀荘においては、事前の取り決めが不可欠になるのだ。
これらの中には「点棒を投げない」とか、「(上がった時の)片手到牌を禁じる」など、互いに不快感を招かない為のマナーに関するものも多い。
が、「ポン」と「チー」がダブった場合どちらを優先するかとか、卓上で手順のミスやきわどいチョンボがあった場合に、どこまでをセーフにするかといった線引きについては、店ごとに多少の差があり、またその店内ルールを徹底させられるメンバー(店員)がいるかどうかで、雀荘のレベルや客層の良し悪しも決まってくるものだ。
フリー雀荘という所が、昔のような「暗く」「恐ろしい」場所であるというイメージを払拭し、若者が気軽に集えるようになった背景には、全自動卓の普及と店内ルールの厳格化による「イカサマ」の排除が大きな要因の一つではある。
最新の自動卓などは配牌まで予めセットされてくる為、積み込みはおろかサイコロすら振らせてくれないし、配牌時の取り出しで悪さをすることも不可能となった。
また、捨て牌は6枚ずつ3列に並べるのが一般的になり、河から必要牌を抜き取ったり、不要牌を他人の河に置いたりする行為も目立ってやりにくくしているのである。
個人的にもこれらは有り難いことなのだが、もう一つ、若者の間に麻雀を普及させた最大の要因が、ネットによる麻雀ゲームの存在であることは間違いない。
よく、対人型のネット麻雀と雀荘におけるリアル麻雀の違いについて論争になることがあるが、麻雀の打ち筋やその実力については、両者になんの差異もないとするネット派の言い分を、オイラは否定するつもりはない。
ただ、それでもやはり卓上での細かい所作による勝負のアヤだとか、表情や挙動に表れる腹の探り合いといった部分はネット麻雀にはないものであり、それを「大した差ではない」と言い切ってしまう連中には、正直雀荘に来て欲しくない。
フリー雀荘の敷居が昔に比べぐんと低くなり、ネットゲームで麻雀を覚えた連中が安心して雀荘の扉を叩く風潮は歓迎すべきものだとは思うが、リアルで打つなら改めて身に付けなければならない所作の数々もあることを、是非自覚してもらいたいと願うものだ。
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雀荘によっては「見せ牌」についての取り決めがある。
誤って山を崩してしまったり、自分の手牌を倒ししまった場合に晒された牌のことだ。
伏せられているべき牌が晒される訳だから、それによって様々な事情が変わってしまう。
山からこぼれた牌が自分のツモ順にあれば、当然それを前提にした手牌を組むだろうし、他家の手牌の一部が見えることによって待ち牌を変えたり、場合によってはその本人の待ち牌が絞られ、わざと振り込んで状況を有利に流すことさえ出来てしまう。
西口店では本人に「見せ牌による上がりを禁ずる」というペナルティを課していたが、その効力については甚だ疑問だし、基本的には「極力気をつけて下さい」と念を押すしかないのが実情だ。
ポロポロと牌をこぼすのは慣れない素人である場合が多いし、あまりそうした点に厳しいと新規客が寄り付かなくなる為、店側としても寛容にならざるを得ない。
オイラだって鬼ではない。
緊張で手が震え、ついポロッとやっては「済みません…」を連発する若い客には、いつだって「大丈夫、ゆっくりやりなょ」と声をかけてやるぐらいのことはする。
いつの間にか卓を囲む4人の内の最年長であることの方が多くなってしまい、オイラがひと声かけることによって、他の2人もあからさまに慣れない素人に嫌な顔が出来なくなるのだ。
ところが毎回のようにポロポロやって、詫びるどころか崩した山をヒトに直させておいて知らん顔するガキには閉口させられる。
このタイプは一事が万事、周りに気を配れないKYな連中だから、少々睨みつけたぐらいでは、それにすら気付かない。
それでいて、麻雀自体はそれなりに打てたりする。
ネットで麻雀を覚え、敷居の低くなったフリー雀荘になんの気負いもなくデビューした奴らによく見受けられるタイプである。
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その日もやはり、フリー歴はそれほど長くないだろうと思しき3人に囲まれて、流行りのデジタル麻雀に難儀していた。
デジタル麻雀とは〝ツキ〟とか〝流れ〟といったものを一切無視し、牌効率を重視したスピード麻雀である。
オイラのように役作りを重視しながら他家との駆け引きをじっくり楽しみたいタイプとは真逆の打ち方だが、そいつらを相手に苦戦している訳だから、有力な戦術であることは否めない。
ただそれ以上にオイラをイラつかせていたのは、やたらにツモ山を崩したり、「チー」や「ロン」「ツモ」といった発声を殆どしない上、細かい所作の手順がことごとくなってない点だった。
例えば③⑤⑦筒のリャンカンから④筒をチーする場合、まず発声して③⑤筒を晒し、次に⑦筒を捨て、下家にツモ番を回してから上家の河から④筒を持ってくるのがセオリーである。
しかし、さすがにこの手順まで細かく取り決めがされている店は稀で、ましてマスティーがいなくなってからは「必ず発声すること」というルールを厳守させられなくなってしまった西口店でも、このあたりは有耶無耶になっていた。
チーの手順がなぜ上記であるかという理由については、長くなるのでここでは省くが、場合によってはこの手順の差が決定的に勝負の行方を左右してしまうということを理解していないこと自体、リアルを舐めたネット出身の連中のレベルを物語っていると言っても良い。
20代前半の上家と対面は、一緒に来店した友人同士のようだった。起家(最初の親)の上家はミッキーマウスのキャップを斜めに被り、対面の連れは金髪のロン毛をなびかせている。
下家は2人の連れではないらしく、年齢は彼らより少し上で、メガネの奥の神経質そうな視線をキョロキョロさせていた。
南三局、メガネの親番。
上家:21000
オイラ:16000
下家:25000
対面(金髪):38000
こんな相手に手こずらされ、南場の親番も軽く蹴られてのラス目である。
この局も、もう終盤だというのにテンパイすら出来ないでいた。
白白①①⑥⑧567二三七八
①筒がドラだから白が鳴ければ悪くないのだが、1枚切れの白が一向に姿を現さない。
しかも手を広げ過ぎてメンツオーバーな上、終盤に切るにはリスクを伴う牌ばかりだ。
ツモ山は後3巡。ほぼオイラの上がりはない。
「オラ、どーだ!?」
対面がドラの①筒を河に投げつけた。
余裕のトップ目が終盤に切る牌ではないが、これも恐れを知らないネット派の強みかも知れない。
それを見た連れのミッキーマウスが、ツモらないまま捨て牌を切った後、手の内から②③筒を取り出し黙って右横に晒した。
コイツは終始この手順で、無発声の鳴きを入れる。
金髪の河に捨てられた①筒に手を伸ばすミッキーマウスを押し止めるようにオイラは叫んだ。
「ポンっ!!」
金髪とミッキーマウスが同時に「はぁ?」という表情でオイラに視線をよこしたが、それを無視して①筒2枚を晒し、白を切ってから対面の河に手を伸ばした。
「ちょっ…ちょっと、ちょっと!」
双子のコンビ芸人の古いネタのような声をあげて、ミッキーマウスがオイラを制した。
「これ、俺がチーしたんだけど?」
「そぉか? 俺には聞こえなかったぞ。あんた聞こえた?」
下家のメガネにさじを向けると、彼も首を振った。
「だってこのヒト、全部発声してないです」
「いや、そんなこと言われたって、俺もう牌晒しちゃってるし」
「それは単なるお前の見せ牌だろ。メンバーに聞いてみろよ」
ゴタゴタやってるうちに、呼ぶ前からメンバーが駆け付けた。
「うちはポン・チーに関しては発声優先なんです。同時の場合はポン優先ですから、どちらにしてもこのチーは成立しませんねぇ…」
「うっそ、まじぃ~!? あり得ねぇー!」
「ご来店の際、ちゃんと説明しましたよ」
「そうゆーこった。覚えときなよ」
改めて①筒を取り上げて、晒した2枚にくっつけた。
白⑥⑧567二三七八
(①①①)
オイラの手牌を覗いたメンバーが、咎めるような苦笑いの目を向けた。
残り1枚の白に望みを託すなら、打牌は筒子か萬子のどれかでなくてはならない。
安全牌の白の対子落としをするということは、上がりどころか形式テンパイすら欲してないのは明らかだ。
いわゆる完全な「邪魔ポン」である。
禁止行為ではないにせよ、店側としても歓迎される行為ではない。
しかし一言でも何か言おうものなら、「その前に延々 無発声のガキを野放しにしてんのはどういう了見だ!?」と噛みつかれることを知っている彼は、(ほどほどにして下さいよ…)と目で訴えながら去っていった。