巨乳のエミちゃん(2)
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巨乳のエミちゃん(2)
スランプはその後も終わる気配を見せず、トンネルの先には未だ果てしない闇が続いていた。
手帳のゲーム数は50を超え、もはやこのミステリーを探訪する為の軍資金をひねり出す手段さえ尽きてきた。
「あ、良かった。来てくれたんですね!」
エミが大きな胸をブルンと振って出迎えてくれた。
「え? 今日が最後? 今月って、もう1日なかったか?」
「勤務は今日までなんです。明日はいろいろ準備もあるし」
「そっかぁ…。それでこんなに混んでるのか」
ピークの時間帯にはまだ早いというのに、『さらば、巨乳!!』の横断幕が飾られた店内には、エミのファン達がわんさか集まっていた。
「例の記録、まだ更新中なんですか?」
「ん…。エミのいる間にトンネル抜けられなかったな。今日も2ゲームほどラス引いたら退散するよ」
「そんなこと言わないで頑張って下さいよぉ」
そんなこと言われたって金がない…。
10分ほど待たされて卓に着くと、よく見る顔触れが揃っていた。
「最近、来てなくないっすか?」
「来てるけど、すぐ帰るんだ」
「なんでまた?」
「内緒だ。な、エミ?」
「うん。アタシら2人だけの秘密ですもんねぇ」
「感じわるぅーっ! エミちゃんの親衛隊を敵に回しますよ!」
「安心しろ。まだオッパイ触ってねーよ」
「まだって何!? まだって何よ!?」
起親でスタートした初回の半チャンは、いつも通りの牌勢で特に変わりはない。
普通にテンパイを入れてリーチをすると、すぐに他家から追っ掛けリーチがかかる。そして一発で当たり牌を掴まされた。
役ありのテンパイでリーチを控え、息を殺していても同じ。じきに誰かがリーチをした途端、ド本命の牌を引かされる。渋々手を崩して回していると、本人がその牌をツモ上がる。
結局、終わってみれば飛び寸のラス落ちでゲーム終了となった。
「今日もダメ。次、もしラスな!」
〝もしラス〟とは〝ラス半コール(この半チャンで終わるという意思表示)〟の不確定バージョンで、要するに続けたくてもタネ銭が切れかかった奴のお決まりのセリフだ。
北家スタートの2ゲーム目。状態は何も変わらず。
とにかくリーチだけは控えて安上がりを拾いながら、局は淡々と進んでいった。
南二局あたりから、急にトイレに行きたくなった。
ところがフロアには女の子しか残っておらず、唯一打てるエミは〝最後の手合わせ〟を望む客達に応えて、あちこちの卓を順番に回っていた。
仕方なくそのまま続けてオーラスを迎えた。
点数的には3位だが、トップからラスまで大した差はなく、ラス親のオイラには十分なチャンスがある…普段であれば。
どうせまた、さっさと早い上がりにさらわれて、このまま終わるんだろうな…。
そんなふうにひねくれていると、トップ目が3巡目の白をポンした。
やっぱりなぁ…。
オイラはと言えば、なんの面白味もないリャンシャンテンだった。
北北123六八八九④⑤⑥⑦
ドラの⑧筒を引いてこれれば悪くはないが、そんな力が残っているか?
「どうですか?」
不意にエミが後ろから声をかけてきた。
アリアリ(砂糖・ミルク入り)しか頼まないオイラのコーヒーを取り替えに来てくれたようだ。
「なんだ? 打ってないのか?」
「今、ちょうど手が空いたとこです」
そこへ八萬を暗刻って九萬を捨てた。くっつけば何でも良しのイーシャンテンだ。
北北123六八八八④⑤⑥⑦
オーラスの親番。逃げ切り態勢のトップ目から鳴きの入った局面で、受けが13種もあるイーシャンテン。
オイラでなくとも、誰も口にしないセリフをエミに投げかけた。
「悪い、トイレ代走頼む」
「えええぇ~~!? ここでですかぁ~!?」
腰を上げてエミに耳打ちした。
「いいか。構わねーから、何でもテンパったら即リーしろ。ただの1巡も回すなよ」
「ほんとにぃ? いいんですね?」
「おお! 頼んだぞ」
我慢の限界を超えて、オイラはトイレに駆け込んだ。
メンバーによる代走の場合、よほど〝当たり前〟の状況でなければ、リーチや鳴きを入れることを控えるのが通例だが、客から指示があった場合は別である。
オイラがこんな代走を頼んだのは、後にも先にもこの時だけだった。どうせこの半チャンで終わるのだし、エミと顔を会わすのもこれが最後だ。
用を足して卓に戻ると、エミが苦い顔をしてオイラを見上げた。
「言われた通りにしましたけどぉ…」
河には六萬が曲げて捨てられている。今リーチをかけたばかりだった。
北北123八八八④⑤⑥⑦⑨
ド…ドラ⑧筒の間チャン待ちってか……?
「エミ…お前……」
「…はい……」
「素直な奴だな……」
「それが取り柄です…」
1巡も回すなと言ったのはオイラだ。文句は言うまい。
他家3人の無難な打牌を待って、ツモ山に手を伸ばす。
後ろで見守る彼女を振り替えり「エミ、でかした!」と、⑧筒を叩きつけた。
「4000オールの1枚オールで、ラストだ!」
「きゃあ! トンネル抜けましたねぇ~!!」
「おかげさまで」
「なんすかそのリーチ? そんな麻雀打ってましたっけ?」
「馬ぁ鹿、誰がリーチしたと思ってんだ? エミのパイパイ一発、満ツモだっつーの!!」
「やらしーなぁ。それになんすか、トンネルって?」
「俺達2人だけの秘密だ、な?」
「ねぇ~」
「あーやな感じ!」
★ ★ ★
エミの最後の西口勤務となったその日は、10戦7勝と久し振りのかっぱぎ麻雀を味わった。
馬鹿ヅキはその後も2週間近く途絶えることなく、ひと月分の負け金をほぼ回収した。
「エミちゃんって、千葉店に行ったって知ってました?」
「ああ、男にくっついてったんだろ?」
「えっ…。男いたの?」
「知らねーのかよ? こっちにいる時から同棲してたぞ」
「ショック…。結婚すんのかなぁ?」
「さぁ、籍を入れる予定はまだないみたいだったけど」
「つーか、なんでそんな詳しいんすか?」
「みんな聞いてんのかと思った。まぁ、俺とは深い深ぁ~い仲だったからなぁ」
「ええ~何それ~!?」
深い深いトンネルからオイラを引っ張り出してくれたのは、間違いなくエミだった。
別れ際、「なんかお礼しなきゃなんないな」と言うオイラに、
「千葉のお店にも来て下さいよ。場所はネットで分かりますから」
と微笑んだ彼女との約束は、その後ずっと果たしていない。