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会長の思い出(2)



      ③

   会長の思い出(2)



短いスパンで見るなら、ツキさえあれば誰でも勝てるもので、まだまだビギナー級の若い客がホイホイと上がり続けて止まらないこともある。


誰が振り込む訳でもなく、早い巡目で本人がツモ上がってしまうのだから仕方がない…とオイラなどは苦笑いするしかないが、会長は違った。



「マズいね、笑い事じゃないよ。上がらせてしまってる我々の責任ですよ」



と、自らを戒めるように厳しい顔をするのを見て、慌ててオイラも笑みを消すが、ではどうすればいいのかさっぱり見当も付かない。


もちろんそんなものに合理的な解答などある訳ないのだが、多分それを「仕方がない」とヘラヘラ笑っているようでは、勝負に臨む資格もないのだと思う。


そして、何をどうしたらそんなふうに流れを操れるものなのか、会長の麻雀は僅かなきっかけから火を吹き始め、有り得ないような逆転劇を見せつけるのだ。




こんな調子だから、会長と同卓する時は緊張しない訳にはいかなかった。


例え上がっても「今のは本当にあれで良かったのかなぁ?」、「やべ… 会長に笑われちまう…」と余計なことまで考えてしまうし、完全にオーラスが終了するまで、どれほどリードしていても勝っている心地がしなかった。


会長は特に人の上がりにケチをつけたり、講釈を垂れるようなことはしない。それでもやはり、この人の前で恥ずかしい麻雀は打てないという思いは常につきまとっていた。




ある日、対面に会長、両脇に別の常連とメンバーを入れた卓で打っていた時のこと。


トップを走る会長を他の2人が追う展開の中、オイラひとりが蚊帳の外で苦しんでいた。


祈るような気持ちで取り出したオーラスの配牌には、8種10牌のヤオチュウ牌が意地悪く並んでいた。


点数的にも、もう国士を狙うしかなかったが、それではあまりにもベタ過ぎるし、それまでの流れからして、すんなりいかせてもらえるとは思えない。


8種10牌を、8種8牌になるようにダブっているヤオチュウ牌から切り出し、その途中に引いた手持ちと同じヤオチュウ牌もツモ切りした。


つまり国士の雀頭を後回しにして、都合3枚のヤオチュウ牌を河に並べたのだが、4巡目のツモで9種9牌になった。


そこからは中張牌のバラ切りとなったが、トップを争う3人の意識が、断ラスのオイラに向けられることはなかった。


牌の順番こそ記憶にないものの、イーシャンテンの段階で必要牌の西と9索は3枚切れ。しかも対面の会長の河の1巡目と2巡目に9索が2枚並んでいたのをはっきり覚えている。


そして4枚目の西を引き入れてテンパイしてから、配牌からあった最も目立つ牌・赤五萬に別れを告げた。


恐らく真っ直ぐに国士を狙った場合とは全く逆の順番に捨て牌が並んだと思う。


もしこの河が逆に並んでいれば、4枚目の9索が会長の手から放たれることは絶対になかったはずだ。


振り込んだ会長は眉をまん丸につり上げて河を見渡し、「やぁ、素晴らしい!」と、ご褒美でもくれるような手付きで3万2000点を渡してくれた。


両脇の2人も「全然分かんなかった」「ほんと、ノーマークっすよ」と、国士に4枚目を振った会長を責めるよりも、オイラの河を賞賛した。



なんだか初めて会長から合格点を貰えたようで、はなまるの答案用紙を親に見せた時の子供のような気持ちを、今も忘れることが出来ない。




  ★  ★  ★




人の麻雀に意見したり、不調だからと不機嫌さを露わにすることはない会長だったが、リズムやテンポを乱される打ち方に対して時折見せる、イラッとした目つきをオイラは知っていた。



上家がツモって、捨てる。自分がツモって、捨てる。下家がツモって、捨てる…。この連続の中で、流れを止めるモーションがあると、そこでガクンとテンポが狂う。


もちろん人それぞれのテンポもあるし、迷いどころで「ちょっと失礼」と手を止めて長考する場面は誰しもある。


これなどは、「今、まさに迷いどころです」と宣言しているようなものだから、本人が得することは何もないし、他家にはひとつの情報を与えることになる。


しかし、毎回のように長考する割には、手牌を開けてみれば何を迷うことがあったのかさっぱり解らない手だったりすると、一種の〝三味線行為(他を騙すための意図的な言動)〟として受け取られても仕方ない。


また、ツモ山に伸ばしかけた手を止めて、上家の捨て牌をじっと眺める行為は、鳴くか鳴かないか、或いは上がるか見送るかで迷った時の「コシを使う」と呼ばれる行為なのだが、これを多様しておいて実は何も関係ないというのも一種の三味線である。


会長の場合、三味線に引っ掛かって手を曲げるようなことはないだろうが、自分のリズムを極端に崩されることに苛立ちを覚えるらしく、そんな時に覗かせる厳しい目の奥には「この人、本気で怒らせたらやべぇなぁ…」と思わせるものが宿っていた。




実はこれらの挙動が目立つ打ち手の大半は、意図的な三味線を弾いているタイプは少なく、要するに普通に道を歩いていても「コイツ、なんだかちょっとおかしいな?」と距離を置きたくなるような、天然の変なヒトだったりする場合が多い。



もうかなり高齢な爺さんで、この手の挙動不審な常連がいた。会長に限らず、誰もがこの爺さんとの同卓を嫌っていたが、マスティーがいなくなった後の西口には、これを処理できるスタッフがおらず放置されていた。




0時閉店が実施されるようになった頃、朝から店に出向くと案の定メンバー入りで1卓しか立っておらず、しかも例の爺ぃが来ていた。


客待ちでコーヒーを飲むオイラに、メンバーが「今、南2なんで、しばらくお待ち下さい」と告げた。


メンバーが2人以上入っていたら諦めたろうが、1人入りなのを見て「もう1人ズレてればなぁ…」と思っているところへ、エレベーターから会長が姿を表すのが見えた。



「悪い! ちょっと野暮用思い出した。後でまた来る!」


そう言って慌てて店を出た。


入り口ですれ違う会長に「あれ、どしたの?」と聞かれ、「いや、また来ます…」と逃げるようにエレベーターに駆け込んだ。




その後しばらく、雑居ビルの前で煙草を吸っていたら、顔見知りの若い常連が2人で歩いてきた。



「あれ? 入らないんすか?」



「あの爺ぃがいてさ。会長に押し付けてツモづらししちゃった」



「ツモづらしぃ(笑)!?」



「ギャハハ!悪いなぁ~!」



2人と一緒に店に戻ると、すでに会長は爺ぃと卓を囲んでいた。


オイラ達はメンバー1人を入れて新しい卓を立て、勝負に臨んだ。


しばらくすると、2卓しか立っていない静かな店内で、会長と爺ぃのやりとりが聞こえてきた。



「何がいかんのだ?」



「その手が邪魔で河が見えないでしょ!」



「だからこれでいいだろ? なんださっきからしつこいな!」



「あんたの手つきはいちいちおかしいんだよ! みんな迷惑してんだ!」



「なんだと!?」



「なんだよ!?」



こんなヒートアップした会長を見たことがないメンバーやオイラ達は呆気にとられ、同卓の2人のまるで犯人扱いでもするような目つきに、オイラは肩をすくめるしかなった。



結局この件に対する店側の裁定は、爺ぃに頭を下げて本店に移ってもらうという、出禁ならぬ〝所払い〟で幕を閉じた。


マスティーがいた頃であれば、あんな騒ぎになる前から強く注意していたろうが、何度か客の方からクレームをつけた時の爺ぃの様子では、全く空気も読めず話も通じない年寄りだったから、とっくに出禁にされていたはずである。


それを本店に移動させるということは、本店ならあれはOKだと認めたようなもので、会長はじめオイラ達西口常連組は呆れてしまった。




後で〝ツモづらし〟の一件を会長に打ち明けて詫びると、「いやいや、恥ずかしい。大きな声で迷惑かけちゃってごめんなさい」と、いつもの柔和な笑顔を見せてくれた。


やがて西口店の閉鎖が決まり、本店への誘導がしきりにアナウンスされたが、「あんなのがウジャウジャいるようなら、ご免ですよ」と、会長は乗り気ではなかった。



実際、オイラが本店に根城を移してしばらくは、会長も時々顔を出していたが、そのうち全く来なくなってしまった。




例の爺ぃは未だに本店にいて、ある意味オイラから会長を奪ったにっくき親の敵のような存在なのだが、あの時の〝ツモづらし〟が、少なからずその遠因になったであろうという罪悪感は、今も心の隅でくすぶっている。



その腹いせもあって、不甲斐ないメンバーの仕切りに対しては舌鋒鋭いオイラなのだが、それを知るメンバーがオイラと爺ぃを同卓させることは未だにない。





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