表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

マスティー



      ①

    マスティー




ネットゲームはおろか、ファミコンすら持ってなかった我々世代の麻雀というのは、いちいち人から直接教えてもらいながら覚えるしかなかった。


もちろん役とか点数というのは本で覚えることも出来るが、麻雀がギャンブルとしての側面を持つ一方で、家庭や会社の付き合い等で広く親しまれるようになっていった背景には、コミュニケーションツールとしての要素が強かったのだと思う。


ゲーム世代の麻雀打ちにはこのコミュニケーション能力が著しく欠落しているタイプもいて、他人同士で卓を囲むフリー雀荘にはいささか不向きな客層が目立つ。


別にコミュニケーションと言っても、やたらにベラベラ喋ったり愛想を振りまく必要はないし、ましてフリーの勝負においては逆にそれは邪魔である。


例えガチガチの勝負でお互いを敵視するとしても、そこには最低限の敬意と人と接する為の約束事がなければならない。


タイプの違う4人が向き合う訳だから、その時々によって最大公約数的なテンポなり空気というものが毎回違ってくる。


従って、ゲームを進める中でそれらを読み取り、自分をアジャストしていく必要があるのだ。



これは何と言うか、ある意味車の運転に似ており、混み合う都心の道路と流れる郊外の道路、幹線道路と住宅街の生活道路、業務用車の多い平日の道路と家族連れの多い休日の道路…等々、教習所やルールブックだけでは網羅出来ないTPOがあり、必ずしも制限速度で走れば何でもいいという訳にはいかない。


普段は仲間同士でセット打ちをしていて、「俺はいつもこうしてるんだ」と言ってもそれは通らないのである。



職種にもよるが、例えば新入社員の採用基準に高いコミュニケーション能力を求めるのであれば、麻雀を打たせてみるのが一番手っ取り早いと、個人的には思ったりもする。


いち早く場の空気を読める人というのは、相手の癖や心理、麻雀の打ち筋までも把握するのが早いもので、「マナーの良さと麻雀の実力は比例する…」というのは決して雀荘側の都合による標語だけではない。


なにもネットゲーム世代を毛嫌いしたり色眼鏡で見るつもりはなく、ネットからフリーデビューした若い奴らが、明らかにネット麻雀とは違うリアルの場において、麻雀以外の別の能力も磨いてくれたらなぁ…と期待している。




  ★  ★  ★




偉そうにこんなものを書いてはいるが、オイラが初めてフリー雀荘の扉を叩いたのはかなり遅く、すでに三十を過ぎていた。


セット打ちやノーレートでの〝試し打ち〟程度に雀荘を訪れることはあったが、なかなかフリーへ飛び込む機会がなく、年齢が進むにつれて、今更「フリー初めてなもんで…」と教えを請いながら打つことには尚更の勇気を要した。




今はもう閉店してしまった初めてのフリー雀荘『西口店』は、低レートながら〝客に厳しい〟店で、それでいて10もある卓が全て埋まることが珍しくないほど繁盛していた。


厳しいというのはやはりマナーや所作・言動に対するもので、これは当時の店長のカラーが反映されてのものだった。


オイラと同世代のその店長は、マスダという名に雀荘の〝マスター〟を掛けて、皆からは「マスティー」と呼ばれ親しまれていて、癖の悪い客に対しては年長者であっても店中に響き渡るような大声で諫める名物店長だった。



「〇〇さぁ~んっ! 何度言ったら分かるの!? 今度やったら出禁(出入り禁止)だからねっ!!」



などというセリフがしょっちゅう飛び交うが、言われた本人にしてみれば、耳元でボソッと言われるより大声で叫ばれると、気恥ずかしい思いをさせられる半面、周囲の笑い声に助けられて、多少気難しいオヤジでも「へぇ、へぇ」と素直に肯かせる効果があり、つまりマスティーにはそういうキャラで場を仕切れる才能があったのだ。


同時に不慣れな新入りだったオイラなどは、その声に聞き耳を立てながら「そっか、あーゆーのは駄目なのか…」と勉強させてもらったものだ。


そうやって〝客を育て〟ながら、再三の指摘に応じない悪質な〝癖持ち〟は、実際バンバン出禁にしていたのだが、これが実は良質な客層をキープする重要なポイントだった。


「アイツと同卓になるのは嫌だな…」と陰口を叩かれるタイプを野放しにすると、よそへ移ってしまう客も少なくないし、一つ例外を作ってしまうと、物事はより低い方へと際限なく流れていくものである。


せっかくの顧客を減らしたくないばかりに、強く注意を促したり出禁にすることを躊躇するあまり、かえって多くの客を失ってしまい、一層質の悪い客の割合が増していくという負のスパイラルに陥ると、よけいに新規客は寄り付かなくなる。

低レートの大衆店を繁盛させるには、何よりも〝良質の客層〟をいかにキープ出来るかが全てなのだ。


その意味で、マスティーの実力は同じ系列店の中でも抜きん出ていたと言える。


もちろん10卓もある店内全てを彼一人が仕切るのは物理的に無理がある。


客に対する厳しさは、それが許される営業的キャラの範疇ではあったが、スタッフに対する厳しさは、見ているのが気の毒なほどだった。



雀荘のスタッフという仕事は、清掃から始まって洗牌(汗や脂で汚れた牌を綺麗にする→これが不完全な雀荘は個人的に行きたくない)・卓周りの準備、受付けやら飲食の配膳、灰皿交換など色々ある。これらに加え、電話やトイレで席を離れる客に代わって打つ〝代走〟や、客数が足りない卓に入って打つ〝本走〟をするスタッフを、特に〝メンバー〟と呼ぶ。


大抵はこれら全てをメンバーがこなしているが、10卓もあれば、どこかしらの卓にメンバーが入る状況の中で、マスティーは、


「〇〇、3番卓の灰皿取り替えろ。××、5番の△△さんの飲み物空だぞ! あ、それロンです!」


という具合に360°を見渡しながら麻雀を打っていた。


そしてそれが出来ないメンバーを呼びつけては、「オメェは仕事してんのか? 客打ちやってんのか? 麻雀だけで手一杯なら客として来い! 馬鹿野郎!!」と怒鳴り散らす。



あの頃は「雀荘のメンバーって、すげーハイレベルな能力が必要なんだな…」と、尊敬すらしたものである。




  ★  ★  ★




西口店でのデビュー戦は散々たるもので、他家3人のテンポについて行くのもおぼつかないまま、殆ど上がりもしないでボコボコにされて席を立った。


帰り際、メンバーズカードにスタンプを押しながらマスティーはオイラに言い放った。



「これに懲りて二度とフリーに来なくなるか、これが悔しくてリベンジに来るか…まぁ、大体その2つのパターンっすね」



翌々日には「リベンジに来たよ」と現れたオイラをマスティーはにっこり笑顔で迎えてくれたのだが、当時は負ける悔しさよりも、年下相手に教えを請わねばならない惨めさの方が大きかった。



マスティーの類い希な仕切りのお陰で、自然に客の麻雀レベルもレートに似合わぬ強者が結構多く、客同士が新人に厳しく指導するような風潮があったのだ。


点数申告に関しては、最初に「点数計算が出来ないのでお願いします」という一言があれば面倒を見るが、そうでなければ誰も助けてやらないというのが暗黙の了解になっていた。


しかも過大申告は当然訂正されるが、過少申告はそのまま少ない点棒しか払われない。


慣れた常連がたまに過少申告してしまった場合でも「あ、間違えた。でも言っちゃったから仕方ないや」と、敢えて申告した点数しか受け取らないのが通例だった。



まだ点数計算が不完全だったり、上がったつもりが多面チャンのフリテンを指摘されることも少なくなかったオイラは、浴びるように麻雀漬けの日々を送っている年下の常連達に頭を下げながら、一つ一つを身に付けた。


それが悔しくて自作の麻雀メモを持ち歩き、通勤電車の中でブツブツ暗記したのも懐かしい思い出である。



まぁ、生来が図々しい性格のオイラだから、じき慣れていくに従って地が出てしまうのは仕方なかったが、初日の悔しい思いを反すうしながら心したのは、「一人前に打てるようになるまでは自分の慢心を封じよう。ガキ相手に頭を下げよう」という決意だった。



かなり後になってマスティーに当時のことを話したことがある。


「初めて来て負けて帰る時、覚えてるか? マスティーにそんなこと言われたんだぜ」



「そうでしたっけ? 言われてみればまだ1年経ってないんすねぇ。もう何年も来てる古株みたい(笑)」



「ホントのリベンジはこれからだよ」



「勝ちまくってカッパぎますか?」



「いや、それは無理。でも偉そうな口聞いてた若いのみんな、俺の舎弟にしてやる」



「ガハハハハ! そっち!?」




  ★  ★  ★




さらに月日が経った頃、ある日を境にパッタリとマスティーが姿を見せなくなった。


他の系列店に移動にでもなったのかとメンバーに聞いても、「いや…分かんないっす…」と歯切れの悪い答えしか返ってこない。


そのうち他店の店長が兼任で現れるようになったが、マスティーはそれっきりフェードアウトしてしまった。



聞いた限りでは、無断欠勤が続き連絡が取れなくなったと言うが、ひょっとしたら客には言えない不祥事でもやらかしたのか。



西口店はその後も1~2年は続いたかと思うが、日を追う毎に客質が変化していき、次第に常連の足も遠退いていった。

ある意味店長としてのマスティーの実力を証明する結果になった訳だが、これに追い討ちをかけるように、深夜0時で店を閉店せざるを得ない状況になった。



元々風営法の関係で営業時間は限定されているのだが、実際は0時で雑居ビルのシャッターが下ろされると、その後は客の出入りのたびにメンバーが鍵を持って入口まで送迎する形で24時間営業を続けていた。


これはどこの雀荘でも珍しいことではない。


ところがこれにビルのオーナーからクレームが付き、0時に完全閉店、翌朝9時開店となってしまった。


夜中から朝まで打つ客層というのはもちろん少数ではあるが、終電前に引き上げる客と入れ替わるように夜の客が卓に着き、朝にはまた入れ替わることによって〝卓が繋がる〟のである。


これが一旦強制的に寸断されると、朝の開店とともに客が来ても面子が揃わず、メンバーが2人3人と入らねばならない。


卓が埋まり出すのは昼近くからになってしまうから、人件費コストを考えると9時間の閉店による損失は、営業利益を半減させたはずである。


結局、ほどなく西口店は撤退となり近くの系列店に吸収されたが、元の常連達がごっそり移動したかと言えば、7~8割は顔を合わさなくなった。


今は自分よりフリー歴の浅いメンバーに、点数の誤申告を指摘したり、同卓の客の悪癖を正せない情けなさに閉口しながら、「あんまり口うるさくして、嫌なオヤジになるのもなぁ…」と溜め息をつくことの方が多い。



そんな時はふと、マスティーの馬鹿デカい怒鳴り声が恋しくなるのである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ