ネガティブ婚約者を宥めるのも、また一興。
「もう、だめよ!私に王子妃なんて向いてないのに…!」
王宮の奥の方にある王族私用の茶室でお茶を振る舞うなり、婚約者のロクサーヌは泣きべそをかいた。
ロクサーヌは、僕第二王子の婚約者であり、表向きにはお淑やかで静かな女性だと思われているが、実際はとても饒舌だ。
自分の反省会となると、よく喋る。
そして、超がつくほどのネガティブ人間だ。
人前で弱音を吐くことなんて、普段ではあり得ない。
彼女の両親も知らないだろう。
こんな姿を見せる相手が、彼女付きの侍女と僕だけであり、他に知っているのは、王家の影とその報告を受けている父王くらいだろうと思うと、それはそれで婚約者冥利に尽きるのだけれど。
「また、そんなこと言って。今日のガーデンパーティーだってうまくできていたじゃないか」
「いいえ、危うく招待リストの方のお名前を間違えるところでした…!」
「でも、実際は間違えなかった」
「それは、レイナルド様がフォローしてくださったからで…!あなたをフォローするのが私の役目なのに、私がフォローされる側になっては意味がありません」
「何事もなく終わったんだからいいじゃないか」
「…ううっ、私のことを簡単に甘やかさないでくださいませ」
険しい顔をしている彼女の眉間に指を伸ばして、優しくさする。
そうすると目が潤むから、隣に座り直してその手を取った。
「ロクサーヌが社交が得意じゃないことは知っているし、それが悟られないくらい努力しているのも知っている。今日は、特に上手だったよ?」
「…私のせいで、レイナルド様が侮られたくありません」
「ふふっ、ロクサーヌは頑張り屋さんだからね」
「…レイナルド様は、まだ私を婚約者にするのですか?」
「僕が今更婚約者を捨てる薄情者に見えているのかな?」
そう冗談めかして言うと、ロクサーヌは真剣な顔で首を振った。
「私が婚約者のせいで、いつか、取り返しのつかないことになったら、怖いです」
彼女はそれを本気で思っている。
わかっているからこそ、その不安を取り除くのが僕の役目だ。
「いつも言っているだろう?君ができないことは僕がすればいいし、僕の苦手なことは君が補ってくれればいい。二人で一人前になれば、それでいいじゃないか」
この言葉だけで、ロクサーヌが安心しないのは知っている。
だから、その髪を撫でて、自分の肩に彼女のおでこをそっとつけるように抱える。
それから、何度も何度も、頭を撫でて落ち着かせる。
「それに、僕が隣に立って欲しいのは、ロクサーヌだけだ」
そう、これは昔から変わらない僕の想いだ。
「…トリシア様みたいに、誰からも褒められない令嬢なのに?」
「トリシア義姉様は兄さんと相性がいいから、周りにはよく見えているだけだよ」
「…やっぱり、私ではレイナルド様と合わないってことじゃないですか」
「兄様と合うだけで、僕に合うわけじゃない。そもそも、僕が義姉様が苦手なの、君だけは知っているだろう?」
そう言うと、ロクサーヌは肩口にもたれたまま小さく頷いた。
トリシア義姉様は、僕の兄である第一王子の妃で、評判はいいけれど、腹の探り合いをするのは向いていない相手だ。
ロクサーヌほど純真さは残していない、なかなか怖い人だと思っている。
まあ、その様子は一切見せないから、みんなに好かれているし、僕は苦手なんだけど。
兄さんと結婚してからは減ったけれど、同じ王子の婚約者という立場だった時には、ロクサーヌは周囲からかなり比較されてきた。
悪く言われるのは、いつもロクサーヌの方ばかり。
その度に、「やっぱり私には向いていない…!」とロクサーヌが悩んできた。
今だって、こうして悲しげにしている。
こうして、彼女の胸に棘が刺さったままだとわかるたびに、僕も悲しくなる。
僕の大事な人を貶めてきた奴のことは、彼女が正式に王子妃なった時にでも、まとめて制裁を下したいよなぁ。
やっぱり、根回ししとかないと。
兄さんにも、許可をもらっておこう。
大体、いずれ王になる兄を支える将来王妃と、それを支える第二王子妃とでは役割が違うのだから、同じような人間が二人いても意味がない。
義姉様は表に出るのが上手だし、ロクサーヌは影で支える方が得意なのだから、適材適所だ。
僕ら兄弟の婚約者の選定をした父王はよく人を見ていると感心する。
つまり、選ばれたロクサーヌは王妃ではなく、第二王子妃の素質があるということだ。
本人が自信がなくて気づけていないだけで、僕と父と、それから未来の王はわかっているのだから、この婚約は結婚まで持っていってなんの問題もない。
それに、僕がロクサーヌを手放すわけがない。
「僕はね、飄々とやってのける義姉様じゃなくて、自分の苦手なことにも立場からも逃げない、強くて弱くて優しい君の隣に立っていたんだよ」
僕の声に、ロクサーヌの方が少しだけピクリとする。
「だいたい、義姉様相手だったら愛も生まれないよ」
「…トリシア様の方が可愛いのに?」
「僕からしたら、ロクサーヌ以外みんな同じに見えるから、義姉様が可愛いかはよくわからないな」
「レイナルド様は、私に優しすぎます」
「自分の愛する人に優しくない男がどこにいるの?」
そこまで言うと、ようやくロクサーヌは顔を上げた。
「レイナルド様に見合うように、また頑張ります…っ」
結局、最後はいつもそう言う彼女だから、僕は愛おしいし、ネガティブくらいいくらでも発揮すればいいと思っている。
「今日はもう頑張ったんだから、頑張るのは明日からね。ほら、ロクサーヌの好きなお菓子もあるから、お食べ」
「じ、自分で、食べられますっ…!」
手ずから食べさせようとしたけど、顔を赤くして拒まれてしまった。
ちぇ、残念。
まあ、それができるくらいには、落ち着いたのかな。
彼女との婚約が決まって、しばらくしたあと──。
ロクサーヌが部屋で1人で泣いているところに遭遇したことがあった。
「怖い…!私がレイナルド様の婚約者になった途端、私のことを褒めたり、上げたりする人ばっかりで怖いの!私がすごいわけじゃないのに、なんであんなに笑顔で近づいてくるの…?」
不安でぐちゃぐちゃの彼女を見て、ロクサーヌが婚約者でよかったと思った。
彼女は、自分への賛辞も、周りの変化も、恐怖に感じていた。
自分の価値が上がったと思うわけでもなく、選ばれたことを驕るわけでもなく、ただ純粋に現実を見ていた。
それが彼女のネガティブゆえだったとしても。そんな彼女が好ましいと思った。
だから、僕のそばにはロクサーヌがいいのだ。
あの日から、僕が彼女に心を許している理由であり、彼女と歩み寄ろうとしたきっかけなのだから。
あまりに心が白いから、恋をするのに時間はかからなかったけど。
「ロクサーヌは、そのままでいいんだよ。だから、自信を持って」
だから、今日も僕は可愛いネガティブな婚約者を宥めるのだ。
了
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