猫と秘密のサプライズ
王都の外れにある小さなカフェ《Chat Noir》。
元男爵令嬢のクロエは、猫と会話できる不思議な力を持っていた。
ある夕方、スターム男爵夫人のレティシアが涙目で店を訪れる。
「クロエさん……夫が毎晩遅くて……
仕事が忙しいと言うのですが、もしかして浮気しているのではと不安で……」
カウンターの上で黒猫ノワールがしっぽを揺らす。
“うーん、怪しいにゃ…”
クロエは優しく頷いた。
「落ち着いて。少し調べましょう」
◇◇◇
その夜、クロエの指示で数匹の尾行猫たちが屋敷を静かに出発した。
茶トラのルカが先頭で屋根を跳ねながら言う。
「みんな、足音立てずに行くにゃ!」
サビ猫のローズはぴょんと飛び乗り、しっぽをふりふり。
「了解にゃ、ルカ兄ちゃん。楽しみながら行こうにゃ!」
ノワールは少し上から見下ろし、小声で指示する。
「角は慎重に。路地は暗いから影に隠れるにゃ」
猫たちは夜の街を縦横無尽に駆け回り、屋根から屋根へ、路地から路地へ。
スターム男爵の足取りを影のように追い、時折屋根の隙間から小さな目で観察する。
「うーん…あの人、何してるにゃ?」
ローズが首をかしげる。
「材料を運んでるみたいにゃ…でも何に使うにゃ?」
「怪しい動きだけど、浮気っぽくはないにゃ」
ルカが言う。
「でも、何か秘密にゃ…これはクロエさんに知らせるにゃ!」
夜風を切って跳ねる猫たち。
月明かりに照らされた工房の窓から、スターム男爵が黙々と何かを作っている姿が見えた。
猫たちは顔を見合わせて小さくうなずく。
“愛のための秘密行動にゃ!”
途中でルカがふと大きく伸びをして、「あくびしてもバレないかにゃ?」と小声でぼやくと、ローズがくすくす笑った。
猫たちは小さな会話を交わしながら、楽しそうに尾行を続ける。
まるで小さな探偵団の冒険だ。
◇◇◇
翌日、クロエは集めた証拠と猫たちの観察結果を丁寧にレティシアに伝えた。
「スターム男爵は毎晩、あなたの誕生日のために秘密で贈り物を作っていました。
決して浮気ではありません。愛のための、ちょっとしたサプライズです」
レティシアはしばらく言葉を失った。
目の前でクロエが差し出す報告書、そして猫たちの観察記録が、まるで小さな証拠の宝箱のように揃っている。
胸の奥がじんわり熱くなる。
「そ、そんな……ずっと疑ってしまっていたのに……」
レティシアの声は震え、涙が静かに頬を伝う。
ノワールが肩で小さく“にゃっ”と鳴く。
クロエは微笑みながらレティシアの手にそっと触れた。
「誤解が解けてよかったわ。
あなたの夫は、こんなにあなたを想っていたのです」
レティシアは深く息をつき、頷く。
「クロエさん……本当にありがとうございます。
おかげで、心配の迷路から抜け出せました」
猫たちは棚や屋根で静かに見守る。
ルカとローズは小さく“にゃっ”と鳴き、任務成功を喜んだ。
◇◇◇
数日後、夫婦は手をつないで《Chat Noir》の扉をくぐった。
「クロエさん、今日も来ちゃいました」
レティシアは少し照れながら、でも嬉しそうに微笑む。
夫も肩をすくめて照れくさそうに言う。
「レティシアを喜ばせたくて準備していたのに、心配をかけてしまったね……ごめん。
でも、こうして伝えられてほっとしたよ」
レティシアは優しく微笑み、夫の手を握る。
「うん。もう大丈夫。あなたの優しさも、努力もちゃんとわかったから」
カフェには甘く温かい空気が満ち、猫たちは棚や屋根で静かに見守る。
今日もまた、《Chat Noir》には小さな幸せと笑顔が流れていた──。




