魔法の杖
「ミア、頼むから今日は“家具以外のもの”を買ってくれ……」
俺が懇願するような目で呟いたのは、市場の東にある古びた木造の建物の前だった。看板は文字がかすれて読めない。だが、軒先に置かれた古い羊皮紙の束や、背表紙の外れた本が山積みにされているのを見て、すぐに察した。
「……古本屋、だな」
ミアは嬉しそうに本の山に飛び込んでいった。本棚が倒れる音がする。俺もその後ろで、埃だらけの書棚の合間を縫いながら手に取った一冊の本を見て、思わず声を漏らした。
「うわ、これ……完全に焦げてるじゃん…しかも手に粉がつくし…汚な!!」
表紙は黒く焼け焦げ、角は溶けかかっていた。だが中身は、ぎりぎり文字が見えた。そもそもほとんど文字が読めないのだが。しかし、驚くべきことに、その中には「回路図?」「グラフ?」などの、見覚えある構造式や図解が描かれていた。しかし、一部明らかに間違っている図や解釈が書かれている。
(……なんだこれ、完全に科学じゃん……?..でもちょっとおかしい...か?)
それは、魔法の仕組みを魔素という架空粒子の視点から、不完全な物理で解説している本だった。しかも注釈には、実験法が図で記されていた。「点火魔法」「冷却魔法」「風魔法」「空気魔法」...とでもいうような内容が目に入る。
「これ、使える……!」
俺は迷わず購入を決めた。値札はない。だが、この本で異世界科学の扉が手に入るのなら安すぎる。
その本を店主に持っていくと、店主はまるで「レジ袋の代金が払えない貧乏人」でも見たかのように顔を顰めた。どうやらその本は売り物ではなく、ただのゴミだったらしい。それを宝でも見るようにレジに置いてきた俺に、単純な嫌悪感を抱いたようだ。店主は手を払いのけるように本を押し返し、俺は困惑の表情でそれを受け取る。
どこか得した気分になりながら本を脇に挟んで市場を歩いていると、ふとミアが一本の路地にそれた。その先にあったのは、重たい木の看板と、天井に吊るされた何十本もの奇妙な棒──杖だった。
「……杖屋か。そういや、持ってなかったな」
中はほこりっぽいが、壁一面に杖が並んでいた。短いものから長いもの、枝をそのまま削ったようなものまで。ミアはその中の一本──黒い木でできた、まっすぐな細身の杖を指差して、言った。
「tsegnit、mhuu chnkiy( ^∀^)」
言語は滅茶苦茶だが、つまり「これ買え」ということらしい。だが俺は、ただ杖を手に取るだけで終わらなかった。持ち前の観察力で、杖の構造をじっと見つめた。
(……中に……流路?)
木の中に、魔素の通り道のような繊維構造が見える。しかも、表面には指の位置を自然に誘導するような凹凸がある。
「なるほどな……杖は、体内の魔素を一点に集中させる**『整流器』**か。電気回路で言えば、コイルかダイオードみたいなもんだな!」
それだけではない。店の隅には「魔力の効率一覧」とでも書かれた表が掛けられていた。読めない単語もあるが、材料ごとの魔素の通しやすさが、数字付きで並んでいた。
■mdurts(zishtsbts)
・ mkzi:★★★☆☆
・is:★★☆☆☆
・knzk:★☆☆☆☆
・tnshnhn:★★★★★
「……木が一番コスパ良いんだな。効率も安定も兼ね備えてるってことか。逆に、金属は魔素の流れが荒れて不安定、石は重くて遅い……この社畜天使の骨ってなんだ...?」
本といい杖といい、この世界の魔法は“構造化されたロジック”がある。単なる感覚や才能だけじゃなく、明確な物理法則に近いものがある。それに気づいた俺の脳は、すでにフル回転を始めていた。
「……もし、杖内部の構造を再設計できたら……より効率的に魔素を流して、エネルギーロスを減らせる……?」
「kei?」
ミアが振り向いて、杖を一本、ぽんと手渡してきた。黒木の中でも平均的な型だ。だが、持った瞬間、俺はその“流れ”を感じた。確かに、魔素が杖を通る時、少しだけスムーズになる。
「……これで十分だ。十分すぎる」
「てか、ミア。杖の代金払ってなくn…」
ミアは急いで俺の口に拳を入れて塞ぐ。
「..ぐえ??こぶsごt??」
俺は笑った。杖がただの“棒”ではないことが、もう完全に理解できた。魔素という存在を科学的に見つめ、杖という道具を“増幅器”として扱う。この世界の魔法は、想像以上に**“設計できる技術”**だ。
そして、それを理解できる自分は——(……やっぱり、この世界でやれる)




