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ツンデレ令嬢

悪夢のような記憶の濁流から一夜明け、俺は、今までにないほどの明晰な頭脳で目を覚ました。


昨夜の出来事で、『創世聖典』の内容は、やはり一文字も頭に入っていない。


しかし、その代わりに、ロゼリア・フォン・エーデルシュタインという一人の人間の、生まれてから今に至るまでの、膨大な個人情報が、俺の脳内に完璧にインデックス化されていた。


(……終わった。俺の人間としての尊厳が終わった)


俺は、新たな地獄の始まりに絶望しながら、ミアと二人で学校へと向かった。


できるだけ、ロゼリアとは関わらないようにしよう。そう、心に固く誓って。


しかし、その誓いは、教室に着いて五分で破られた。


ロゼリアが、ツンとした表情で、俺の机の前に立ったのだ。


「ふん、情けない顔をして。まさか、聖典の暗記ごときで、まだ音を上げているのではなくて?」


「いや、それよりも」


俺の口が、俺の意思とは無関係に、勝手に滑らかな言葉を紡ぎ始めた。


「その髪飾り。昨日の青いものより、今日の赤い方が、君の瞳の色によく映えるな...!」


しん、と。


教室が、静まり返った。


ロゼリアの顔が、みるみるうちに、熟れたトマトのように真っ赤に染まっていく。


「なっ……!な、何を突然……!べ、別にあなたのために選んだわけでは、ありませんことよ!」


彼女は、しどろもどろになりながら、慌てて自分の席へと戻っていった。


(……は?俺は今、何を言った? は?)


俺の脳内にダウンロードされたロゼリアの記憶が、彼女に最も「響く」言葉を、自動で選択し、発言させたのだ。こんなことってアリかよ...


その日を境に、俺の地獄は、新たなフェーズへと突入した。


昼食時、ロゼリアが「今日のランチは鶏肉ですのね…」と呟けば、俺の口は「ああ、だが、そこの魚料理の方が、今日の君の気分には合うはずだ」と口が勝手に囁く。


授業中、彼女が難解な問題に眉をひそめていれば、俺の腕は、その解法へのヒントを記した羊皮紙を、そっと彼女の机に滑らせる。


俺の、あまりにも的確で、あまりにも紳士的な(ように見える)言動に、ロゼリアはもはや敵意を向けることさえできず、ただ戸惑い、顔を赤らめるだけだった。


そして、その変化は、彼女の取り巻きたちにも伝染した。


「すごいわ、ロゼリア様…。あの方、あなたのことを、誰よりも理解していらっしゃる…」

「まるで、運命の相手のよう…」

「私も...あの方のことが...」


俺は、いつの間にか、ロゼリア派閥の令嬢たちから、熱い尊敬と、憧れの視線を向けられるようになっていた。


恐怖の対象から、尊敬の対象へ。そして今、恋愛対象(?)へ。


この、あまりにも居心地の悪い、地獄のようなモテ期に、俺はただ、内心で悲鳴を上げ続けることしかできなかった。


しかし、その地獄は、俺に一つの恩恵をもたらしていた。


その夜、宿で。


俺は、自らが書き上げた『防護の定理』の最終項に、ペンを入れた。

ロゼリアの記憶から流れ込んできたのは、彼女の個人的な秘密だけではない。貴族として、エリート魔術師として叩き込まれた、この世界の魔法に関する、膨大な「生きた知識」そのものだった。


(ロゼリアの無意識の魔力操作…。これは、どんな専門書にも載っていない、本物の『経験と感覚』だ…!)


俺がどうしても埋められなかった、理論と実践の間の、最後のミッシングリンク。

それが、彼女の記憶によって、完全に補完されたのだ。


俺は、完成した『防護の定理』の羊皮紙を、静かに見つめた。

それは、俺の地球の物理学と、この世界の魔法法則、そして、一人のツンデレ令嬢の人生が融合して生まれた、奇跡の方程式だった。


俺は、とんでもない代償と引き換えに、ついに、この世界で戦うための、最初の武器を手に入れたのだった。

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