十二回目の自己紹介
朝。まだ陽が東の山の端に半分も昇っていない時間。
村の朝は静かで、鳥のさえずりと薪を割る音が遠くから聞こえてくる。俺はその物音で目を覚ました。
柔らかくもない藁の寝床。すっかり燻された服と布団の匂い。体の垢の匂い。だが、どこか悪くない。
俺はゆっくりと身体を起こし、隣に視線を向けた。
小さな背中が、朝日を受けて丸く光っていた。少女は小屋の隅で膝を抱えながら、なにやら木片を削っていた。光の粒が髪に反射して、まるで麦の穂のように揺れている。
そのとき、ふとこちらを見て、少女はにこりと笑った。
「mia!」
唐突に、元気な声が部屋に響いた。俺は少し驚いて、眉をひそめた。
「……ん?」
少女は胸に手を当て、今度はゆっくりと、はっきりと言った。
「……mia」
「え……(え?何?)」
一瞬、意味がわからなかったが、少女がもう一度繰り返し、首を傾げながら指を自分に向けた。
「mia、み・あ。……ミア!」
ーーこのやり取りを12回ほど繰り返し、ガチギレした少女が俺の首根っこを掴もうとしたその瞬間、
俺は、ようやくすべてを理解した。
「……それ、君の名前、か?(なるほど、俺にも薪割りを手伝えって意味じゃなかったのか)」
少女──「ミア」は嬉しそうに頷いた。その目は少し得意げで、子供が中学受験に成功した母親のようだ。
俺は、ゆっくりと復唱した。
「……ミア。ミア、か……」
何度か口にしてみると、不思議なほど馴染んだ。舌の奥に残る音の響きが、どこか柔らかくて優しい。
「俺は....圭...け・い...」
ミアは俺とは違い、たった一回でその意味を理解したらしい。
「け、い!けい!!」
それにしても、改めてまじまじと見ると――ミアは、案外かわいかった。顔立ちは幼く、年齢不詳(16歳くらい?)だが、眉の線が綺麗で、笑うと頬に小さなくぼみができる。金髪は光を透かしてまばゆく、肌は土の匂いに染まっているけれど、そこに野生的な生命力がある。
(……あれ?この子、普通に美少女寄りじゃないか……?)
口にこそ出さないが、頭の片隅でちょっとだけ、ほんの少しだけ「異世界に望む願望」が脳内を横切りかける。
──が、その瞬間。
疲れが限界を迎えた。まぶたが重い。意識が引きずられる。昨日の魔法実験、焼け野原の消火、家具の移動、なれない布団と異常に強い妻。あまりにも詰め込まれた一日が、身体の奥からずしんと圧し掛かってきた。
(……あー……いや、ちょっとこれは…今日は…無理だ……無念...)
思考より先に身体が沈み、俺はぐったりとその場に倒れ込んだ。
ミアが驚いて「ケイ?」と声をかけてきたが、返事をする前に意識が完全に闇に落ちていった。