優しさ
ロゼリアのツンデレな慈悲によって、俺たちは最後尾の荷馬車に押し込められた。
ガタガタと揺れる車内は、干し草の匂いと、絶望的なまでの気まずい空気で満たされている。
ポチは、馬車の隅で、膝を抱えてうずくまっていた。その瞳は、もはや何の感情も映していない。ただ、時折、自分の首に付けられた蔦の蔓に触れては、小さく身を震わせるだけだった。
その、あまりにも痛々しい姿に、俺も、リオも、ミアでさえも、かける言葉を見つけられずにいた。
沈黙を破ったのは、この「気狂い一座」の中で、唯一、まともなコミュニケーション能力を持つ少女――チャルだった。
彼女は、おずおずと、ポチの隣に座った。
「あの……大丈夫、ですか?」
ポチは、びくりと肩を震わせ、警戒するようにチャルを見る。
チャルは、そんな彼女に、困ったように、しかし優しく微笑みかけた。
「私も…ミアに馬車に引き摺り込まれて....最初は、すごく怖くて……。でも、この人たち、悪い人たち…じゃない…と思うんです。ちょっと、かなり、おかしいだけで……その...」
自らの経験を元にした、あまりにも説得力のある言葉。
俺はただ関心と、同じパターンなのに恐怖を少し感じた。
ポチは、何も答えなかった。
だが、その肩から、ほんの少しだけ力が抜けたように見えた。
チャルは、ポチのところどころ引き裂かれたローブを見ると、自分が羽織っていた少し厚手の上着を脱ぎ、その小さな肩に、そっとかけてあげた。
「これ…よかったら…」
その時、今まで黙っていたリオが、無言で懐から干し肉の塊を取り出し、ポチの前に差し出した。
ポチは、差し出された干し肉と、チャルの上着と、二人の顔を、戸惑ったように見比べる。
やがて、彼女は、ほとんど無意識のように、その干し肉を、震える手で受け取った。
それは、敵でも、ペットでもなく、ただ一人の「遭難者」に対する、不器用で、しかし純粋な善意だった。
そして、その、あまりにも人間的で、感動的な光景が繰り広げられている、すぐ後ろで。
俺とミアは、そんなことには一切気づかず、極めて専門的で、あまりにも場違いな会話を繰り広げていた。
「……いや、しかし解せん。あの一撃は、明らかに俺の『定理』とは異なるアプローチだ。概念定義を介さず、純粋な魔力放出だけであれほどの指向性を持たせるには…?ポチの体内の魔力循環効率は、一体どうなっているんだ…?」
「んー?ポチはねー、なんかねー、『シュー!』ってやって、『ドカーン!』ってなるの!Σ('◉⌓◉’)」
「違う、ミア!その『シュー!』から『ドカーン!』に至るまでのプロセスに、この世界の真理が隠されているんだ!例えば、彼女の魔力の色は緑がかっていた。これを光の波長に換算すると、およそ530ナノメートル。これはつまり、彼女の魔素が特定の励起状態にあることを示唆していて……」
「けい、むずかしいことわかんないー」
ポチは、ゆっくりと、干し肉を一口かじった。
そして、生まれて初めて見る、理解不能な生物(俺とミア)を、静かに観察し始めた。
その瞳から、殺意や憎悪は消えていた。代わりにそこにあったのは、ただ、底なしの「困惑」だった。
彼女は、邪悪な人間に捕まったのではない。
ただ、どうしようもなく、理解不能な生物の群れに、捕まってしまっただけなのだ。
その事実に、彼女が気づき始めるまで、あと少し。




