地獄のピクニック
森には、奇妙な静寂が戻っていた。
やがて、他の貴族たちを護衛していたのであろう、別の部隊が遅れて到着し、現場の惨状に息を呑む。
彼らは、意識を失った他の七人のエルフを「捕虜」として手際よく拘束していった。
引率の教師が、震える声で報告書の確認をする。
「ええと、捕虜、七名。して、残りの一体は……?」
教師の視線が、ミアががっしりと腕を掴んで離さない、金髪の女エルフ――ポチ――に向けられる。
俺は、全てを察し、教師に助け舟を出す(という名の隠蔽工作に加担する)決意を固めた。
「ああ、これですか?これは…残念ながら、ミアの一撃が強すぎて、即死でした。ええ、死体です。証拠物件として、我々が責任を持って持ち帰ります」
「......あーと...それは..」
俺の言葉に、教師は、今まさに俺を殺さんばかりの形相で睨みつけている「死体」と、俺の顔を交互に見比べた。そして、何かを察し、全てを諦めたように、深く、深いため息をついた。
「……よろしい。報告書には、『エルフの部隊長、一名は死亡』と記載しておこう。それで、「お互い」に、いいですな?」
こうして、俺たちの新しいペットは、公式記録上、この世から存在を抹消された。
それはあまりにも理不尽な死だった。
王都への帰路は、地獄だった。
俺が考案した『三人二脚輸送法』は、五分と持たずに完全に破綻した。
人体的構造上、普通に無理があったのだ。
今、俺たちの隊列は、こうなっている。
先頭を、ミアが歩く。
その肩には、まるで米俵のように、金髪のエルフ「ポチ」が担がれている。
ポチは、チャルの魔力による麻痺から徐々に回復し、上下からの拘束で身動きが取れないながらも、その口だけは、雄弁に稼働していた。
「離せ、下等種!貴様ら蛮族め!この屈辱…!我が同胞が、必ずや貴様らを八つ裂きに…!!!」
エルフ語だろうか、美しい響きの中に、純粋な殺意が込められた罵詈雑言が、森に響き渡り、
貴族たちは哀れみのような、見下しのような目でその光景を眺めている。
しかし、その言葉は、肝心のミアには全く届いていない。
「わーい!ポチ、元気だねー!歌、上手なんだねー!楽しいんだねー!Σ੧(❛□❛✿)」
ミアは、ポチの悲痛な叫びを「喜んでいる歌」だと解釈し、担いだ肩を、ご機嫌に揺らし始めた。
そして、その揺れるポチの身体を、俺が半泣きになりながら、必死に押さえつけている。
「うわあぁぁぁぁ!!!!暴れるな!落ちる!ミア、揺らすな!というか、ポチって言うな!!!」
俺は、ミアの暴走を止め、かつ、ポチが逃げ出さないように、その背中にしがみついていた。
もはや、護衛でも、学者でもない。
ただの、猛獣使い(素人)だ。
そして、その、あまりにも滑稽でシュールな光景の数メートル後ろを。
リオと、チャルと、そしてなぜか気絶から復活したロゼリアが、三人並んで、死んだ魚のような目でついてきていた。
リオは、頭を抱えている。
「もうダメだ…...エルフの...ペット...?」
チャルは、怯えた目で、ただただ俺たちの奇行を見つめている。
「あ、あの……圭さん、大丈夫でしょうか…あのエルフさん怒ってますけど…?」
そして、ロゼリアは。
「…………(ドン引き)」
もはや、言葉を発することさえできず、ただ、貴族としての自らの人生と価値観が、目の前で粉々に砕け散っていくのを、トボトボと歩きながら呆然と眺めているだけだった。
森には、エルフの呪詛と、ミアの歓声と、俺の悲鳴だけが響き渡る。
◇◇
数時間にわたる地獄の行軍の末、俺たちはようやく目的地である、森林中央部の宿舎にたどり着いた。
貴族たちは色んな意味で疲れ果て、引率の教師は、俺たちという名の時限爆弾を無事にここまで運べたことに、心の底から安堵のため息をついている。
俺も、ミアが担ぐポチ(エルフ)の背中の上で、心身ともに限界だった。
「よし、着いたぞ.....ミア、早く降ろしてくれ...これ以上は...キツイ...!」
俺がそう叫び、ミアがポチを地面に降ろした、その一瞬の隙だった。
「スッッッッッ」
完全に回復していたポチは、俺が体勢を立て直すよりも速く、行動した。
彼女は、俺の腹を渾身の力で蹴り飛ばすと、矢のような速さで宿舎の入り口へと駆け出したのだ。
ボゴッ...!
「がぐふっ!?」
「圭!?」
俺がヒキガエルのような声を出して地面を転がる。
俺は急いでポチを捕まえようと体を起こした。
だが、ポチの逃走は、すでに終わっていた。
「あ」
ミアの、短い声。
彼女は、逃げるポチの足首を、いともたやすく掴むと、
そのまま、まるでハンマー投げの選手のように、ぶん、と一回転させた。
ドゴォォォッバキッッッッ!!!
ポチの身体は、宿舎の頑丈な木の壁に、凄まじい勢いで激突した。
壁がひしゃげ、大きな人型の穴が空く。
しかし、エリート戦士の身体は頑丈だった。
彼女は瓦礫の中から、ふらつきながらも立ち上がると、その手で、太腿に括り付けていたもの
――俺がパニックのあまり、奪うのを完全に忘れていた、あの無骨な鉄の杖――を抜き取った。
(やばい!!!しまった!あの時の杖だ!こいつはまだ持っていたのか!俺の大戦犯だ…!)
俺が、自らの致命的なミスに気づいた時には、すでに遅い。
追い詰められたポチは、宿舎の内部で、半狂乱になって魔法を乱射し始めた。
「死ね!死ね!死ねぇ!下等種ども!」
圧縮された空気弾が食堂のテーブルを粉砕し、壁を蜂の巣にする。風の刃が、壁に飾られた鹿の剥製をバラバラにした。
「うわぁ!!エルフが!!!」
「ひえッ!」
「誰か!!護衛はどこ!!」
貴族たちの悲鳴が響き渡り、宿舎の中は、一瞬にして地獄絵図と化した。
その、あまりにも苛烈な抵抗。
しかし、ミアは、その光景を前に、目をキラキラと輝かせていた。
「わーい!ポチ、元気だね!お部屋の中で花火だ!キレイ!」
彼女は、この状況を「遊びの続き」だと完全に勘違いしていた。
「いくよ、ポチ!!第二ラウンドだ!今度は負けないよ!!!( ͡° ͜ʖ ͡°)」
ミアは、破壊の嵐の中へと、嬉々として突っ込んでいく。
彼女の身体に、ポチの放つ空気弾が次々と着弾するが、まるで蚊に刺されたかのように、全く効いている様子がない。
やがて、ミアはポチの目の前までたどり着くと、彼女が魔法を放っている鉄の杖そのものを、むんずと掴んだ。
「その棒、かっこいいね!ちょっと見せて!」
「ちょッ離せぇ!!!!」
ポチは、杖にありったけの魔力を注ぎ込む。
しかし、ミアはそんなことお構いなしに、その小さな手に、ぐっ、と力を込めた。
バゴッバキバキバキッ……!
鋼鉄と魔力回路でできていたはずの軍用の杖が、ミアの握力によって、無残な鉄屑と魔力の粒子へと姿を変えた。
その瞬間、ポチの動きが、完全に止まった。
彼女は、自らの手の中に残った、杖の残骸と、その向こうで「あ、壊れちゃった」と悪びれもせずに言うミアの顔を、呆然と何回も恐怖の表情で見比べた。
戦士としての、エルフとしての、最後のプライドが、砕け散る音がした。
やがて、彼女は、その場にぺたんと座り込むと、魂の抜けたような声で、呟いた。
「…………降参、します...」
その時、俺たちの背後で、ぼうっと大きな火の手が上がった。
ポチの魔法が引火したカーテンが、宿舎全体を燃やし始めていた。
ミアは、降参したポチの頭を、よしよし、と優しく撫でている。
「よしよし、ポチ。疲れたのね。もう、アタシのペットでいいんだね!!やったーー!!」
「…………はい」
炎上する宿舎の中、一人のエリート戦士が、その尊厳を完全に破壊され、怪力少女のペットになることが決定した瞬間だった。
俺は、燃え盛る宿舎と、そのシュールな光景を前に、何かを悟ったように、ぽつりと呟いた。
「……なるほどな。……分かったぞ、皆!!!」
リオとチャルが、場違いな俺の大声に怪訝な顔で俺を見る。
「この世界では、相手を屈服させてペットにするには、まず、一対一の『決闘』を申し込み、正々堂々と相手の武器を破壊するのが、礼儀だったんだ…!!!」
俺たちが、また一つ、この世界の歪んだ常識(という名の壮大な勘違い)を得たのだった。




