ペット
静まり返った森に、俺の震える声だけが虚しく響いていた。
「……お前、一体、何者なんだ……チャル…お前…強くね?」
俺とリオは、全ての元凶である少女――チャルへと、恐る恐る歩み寄った。
「チャル、さっきのは……」
「あの魔法は、一体なんだ。お前、自分が何をしたか分かっているのか?」
問い詰められたチャルは、怯えた子犬のようにブルブルと震え、涙を浮かべて首を横に振るだけだった。
「わ、私……なにも……。気づいたら、皆さんが倒れてて……私、何か、やっちゃいました……?これって...犯罪になります...?」
その怯えきった表情に、嘘を言っている様子は微塵もない。
彼女は、自らが持つ規格外の力のことを、全く自覚していないのだ。まるで操られていたように。
俺たちが、この深すぎる謎を前に言葉を失っていると、不意に、うめき声が聞こえた。
「う……ん……」
ミアだ。彼女が、ゆっくりと身を起こす。彼女が立ち上がった後には血のシミができていた。
その身体には、エルフたちにつけられた無数の切り傷が、痛々しく残っている。
「ミア!」
俺が駆け寄ろうとした時、それより早く動いた者がいた。
ロゼリアだ。
彼女は、ツンとした表情を崩さないまま、しかしどこか気まずそうに、懐から豪奢な装飾の施された小瓶を取り出した。そして、ドレスを逆立たせながら全力でミアの元へ駆け寄った。
「ふん!あなたに借りができるのは癪ですが、このままではわたくしの寝覚めが悪いですわ!お飲みなさい!!!エーデルシュタイン家秘伝の霊薬です!!さぁ!一口!!!」
「わーい!きれいなジュース!ありがとー( ^∀^)」
ミアは、それが何かなど一切気にせず、差し出された霊薬を、小さな口で一気に瓶一つ飲み干した。
「ちょっと!!一口ですわよ!!!早く吐き出しなさい!!!」
ロゼリアが驚いた顔でミアに叫ぶ。
その声をミアは無視し、ケロリとした顔で満足そうに地面に倒れた。
すると、ミアの身体がまばゆい光に包まれ、あれほどあった切り傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「おお……すごいな...これが貴族の高級アイテム...!だが、あんなに飲んでよかったのか...?」
俺が、貴族の持つアイテムの性能に感心していると、回復したはずのミアの様子が、何やらおかしくなってきた。
「ミア...?大丈夫...?....ですわよね...!!!」
ロゼリアが心配そうにミアに声をかける。
その顔からは「ドヤ」や「ツン」は消えており、単純な心配が汗として流れていた。
「アハハっ!!!('◉⌓◉’)」
「は...?」
ロゼリアは目をまん丸にして地面に倒れ込む。
彼女は、ガバッと立ち上がると、目をカッと見開き、天に向かって雄叫びを上げた。
「力がみなぎるーーーッ!!!今なら、空も飛べる気がするーッ!!ハイ↑になったよ!!( *`ω´)」
どうやら、即時回復の効果は絶大だが、オーバードーズで精神を高揚させる、ヤバい副作用があったらしい。
ハイになったミアは、きょろきょろと周囲を見渡し、やがて、地面に倒れ伏すエルフの一人に、その視線を固定した。あの隊長。長い金髪の、美しい女エルフだ。
「……!」
ミアの目が、キラリと輝いた。
そして、次の瞬間、とんでもないことを言い出したのだ。
「ねえ圭!あの子、持って帰らない?ペットにするの!」
しん、と。
森が、再び静まり返った。
かろうじて意識を取り戻しかけていた他の貴族たちが、そのあまりにも意味のわからない提案に、再び意識を失いかけている。
「....???」
ロゼリアは完全にショートし、何が起きているのか理解できていない。
「なっ……何を言っているんだミア!」
「だめだ、完全にラリってる……もう終わりだ...」
俺とリオが慌てて彼女を止めようとする。
チャルは、ただ「えぇ……」と困惑している。
ペット?エルフを?
正気じゃない。いくらなんでも、道徳的に...それは―――
(……待て)
俺の脳裏に、一つの考えが、悪魔の囁きのように浮かんだ。
(エルフ……生きたエルフだと…?生態、言語、魔力回路の構造……千年の寿命を持つと言われる身体組織…!これほどの研究対象が、目の前に…!?)
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
皆の視線が、この場の唯一の常識人俺に集まる。
俺が、この狂った提案を、どう諌めるのか。全員が、固唾を飲んで見守っている。
俺は、絶望に満ちたリオとチャルの顔と、期待に満ちたミアの顔を交互に見た。
そして、静かに、しかしはっきりと、自信げに、宣言した。
「……いいだろう!!一体だけだぞ、ミア。ちゃんと世話をするのが条件だ...!!!」
(エルフも犬と同じ感じでいいのか...?)
その瞬間、リオとチャルの顔から、表情が抜け落ちた。
ロゼリアは「ひっ」と単純な困惑と恐怖からくる、小さな悲鳴を上げ、後ずさる。
俺たちの最後の理性担当が、自ら狂気の側へと堕ちた瞬間だった。
森には、ミアの「やったー!」という歓声だけが、森の中で虚しく響き渡っていた。




