チャル強くね?
終わった。
エルフの部隊長が、その冷たい鉄の杖を、無力化されたミアの首筋へと振り下ろす。
俺はその時、初めて金髪の髪をとても恐ろしいものだと感じた。
「...ミア......!」
俺は、声にならない叫びを上げ、ただその光景を見つめることしかできなかった。
「...クソッ...くらえッッッッ」
ピシュュュュッッッッ......パリッッリッ....
リオも、最後の力を振り絞って生成した氷の槍を放つが、それは部隊長の手前で不可視の障壁に阻まれ、その構造が維持できず、砕け散った。
万事休す。
俺の脳裏に、この理不尽な世界に来てからの日々が、走馬灯のように駆け巡る。
ミアとの出会い、リオとの出会い、そして――。
その時、俺は気づいた。
リオが生成した最後の氷壁の残骸の影で、ただ一人、立っている少女の姿に。
チャルだ。
彼女は、怯えても、泣いても、へたり込んでもいなかった。
ただ、静かに、そこに立っていた。
なぜだ?なぜ、彼女だけが無傷で、そして平然と……?
いや、違う。平然となんかじゃない。
彼女の様子が、明らかにおかしい。まるで別人...?
(なんだ……?この魔力は……?)
俺は、肌を刺すような、膨大な魔力の圧を感じ取った。
それは、ミアの持つ、荒々しい破壊の力とは全く違う。もっと静かで、冷たくて、そして、どこまでも底が見えない、深淵のような魔力。まるで巨大な魔力の塊のような。
その発生源は、間違いなく――チャルだった。
部隊長の杖が、ミアの白い首筋に触れようとした、まさにその瞬間。
俯いていたチャルの顔が、ゆっくりと上がった。
その瞳は、もう怯えた少女のものではなかった。
氷のように冷たい、純白の光が、その双眸に宿っている。
彼女の身体が、怒りか、あるいは別の何か、人知を超えた感情によって、小刻みに震え始めた。
ふわり、と。
彼女の亜麻色の髪が、重力に逆らうように、逆立ち始める。
髪の毛が完全に宙に浮かんだ、その瞬間だった。
「「「「―――触れるな...!」」」」
それは、チャルの声ではなかった。
幾千年も生きる、古の存在が囁くかのような、冷たく、重い声だった。
まるで、魔王が乗り移ったかのような...とてつもない気迫。
俺やリオ、ミアでさえも、底知れぬ、未知の恐怖を感じた。
次の瞬間、チャルを中心として、目には見えない、しかし確かな質量を持った魔力の壁が、爆発的に周囲へと広がった。
部隊長の振り下ろした杖が、ミアの首の数ミリ手前で、ぴたりと停止する。
「なっ……!?」
エルフたちの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
だが、彼らが何らかの対抗策を講じる前に、その異変は訪れた。
「ぐ……ぅ……息が....」
一体の耳を欠損したエルフが、喉を掻きむしり、その場に膝をついた。
「う....ぁ.....誰...か」
「が....ぐ...ぁ...」
次いで、もう一人、また一人と、エルフたちが次々と武器を取り落とし、自らの首を押さえて苦しみ始める。
彼らは、呼吸ができないのだ。
チャルが展開した魔力の壁は、内部の空間から酸素という概念そのものを魔素として分解、さらに、凄まじい圧力で、内側から彼らの肺を押し潰していた。
俺以外は何が起こっているのかほとんど分からず、ただ茫然と、奇跡でも眺めているように立ち尽くしていた。リオは西の戦場で勇者に向けたような畏怖の表情を浮かべ、ミアは何が何だか理解できず、土をいじっている。(もちろん俺も原理しかわからないのだが....)
それは、炎でも、氷でもない。
ただ、静かに、確実に、命だけを刈り取っていく、あまりにも残酷で、効率的な魔法。
悲鳴を上げることさえ許されず、エルフたちは次々と地面に崩れ落ちていく。
ーーーエルフたちが全員膝をつくと、魔力の圧が、ふっと消えた。
後には、意識を失って倒れるエルフたちと、静寂だけが残された。
ミアを縛っていた魔力の糸が消える。
「...あれ?動ける!...チャオ?」
彼女は不思議そうに当たりを見渡す。
俺とリオは、ただ、呆然と、その光景の元凶である少女を見つめていた。
チャルの逆立っていた髪が、ゆっくりと元に戻る。
瞳に宿っていた、あの神々しい光が、すうっと消えていく。
周囲の魔素濃度がガクッと下がるのが感じられた。
彼女は、きょとんとした顔で、目の前で起きている惨状を見つめ、そして、不安そうな目で俺たちを見た。
「……あれ? みなさん、どうしたんですか…?....エルフさんたちは...?」
まるで、一瞬だけ眠って、夢から覚めたかのような、いつもの、か細い声だった。
俺は、声も出せずに立ち尽くす。
この、か弱く、心優しいと思っていた少女。
俺たちが、命がけで守らなければならないと思っていた、家族の一員。
その正体は、一体―――。
「……お前、一体、何者なんだ……チャル……」
俺の、震える声だけが、静かになった森に、虚しく響いた。




