エルフの襲撃
野外演習の目的地である「試練の森」へ向かう道中は、貴族たちの退屈な自慢話と、それに対する俺たちの無反応によって、地獄のような気まずい時間が流れていた。
森に入り、三十分ほど経った頃だろうか。
先行していたクラウスが、緊張した面持ちで足を止めた。
「……静かすぎる。鳥の声一つしない。何かいるぞ!!!みんな!!気をつけろ!!」
その言葉に、貴族の子弟たちの顔に緊張と、そしてほんの少しの功名心が浮かんだ。
俺たちの前で、自分たちの優秀さを見せつける絶好の機会だと思ったのだろう。
ガサッ、と。
茂みの中から、数体のゴブリンが、錆びついた剣を手に姿を現した。
「ゴブリンですって?退屈しのぎにもなりませんわ!」
ロゼリアが、扇子で口元を隠して嘲笑う。
クラウスが、待ってましたとばかりに一歩前に出た。
「我が力、見るがいい!我が血統に宿りし爆炎の祖よ!その契約に従い、敵を滅する一撃をここに顕現させよ!――『シュタインメッツ式三番・榴散魔導弾』!」
彼の前に、複雑な魔法陣が展開し、凄まじい魔力が収束していく。派手で、豪華で、そして、あまりにも隙だらけな詠唱。あたりに魔力が満ち始める。
(なんか、おかしくないか…?)
俺は、ゴブリンたちの動きに違和感を覚えていた。
彼らの動きは、ただの魔物にしては、あまりにも統率が取れすぎている。
(…それに...空気中の魔素濃度が急上昇している...西の戦場みたいだ...)
ヒュッ、と。
詠唱の完了を待たず、森の奥から、一本の矢が風を切り裂いて飛来した。
それは、クラウスの肩を正確に射抜き、彼の長大な詠唱は、苦悶の声と共に霧散した。
「ぐあっ!?」
「クラウス様!?」
混乱が、貴族たちを襲う。
次の瞬間、森の影から、音もなく現れたのは、ゴブリンなどではなかった。
闇色の革鎧に身を包み、顔に迷彩を施した、8名のエルフ。
その目は、自然を愛する穏やかな種族のものではなく、獲物だけを見据える、冷酷な暗殺者のそれだった。
「なっ……エルフですって!?なぜここに!?」
ロゼリアが叫ぶ。
俺は、彼らが手に持つものを見て、戦慄した。
それは、西部の戦場で兵士たちが使っていた、あの無骨な「鉄の杖」。
(なるほど...貴族たちに無駄な詠唱で大量の魔力を使わせて、鉄の杖を使う土台を作ったのか...!鉄の杖は持ち主の魔力を少量しか使わない代わりに、周囲に高い魔力濃度を必要とする...奴ら!そのためにゴブリンを...!これで奴らは詠唱なしに攻撃ができるってことか...!)
エルフたちは、一言も発しない。
ただ、冷徹な機械のように、貴族たちへと鉄の杖を向ける。詠唱はない。
シュュュュンッッッ!シュシュシュンッッッッ!シュンッュンュンッッッ!
乾いた発射音が連続し、目に見えない圧縮された空気弾が、他の貴族たちが詠唱を始めるよりも早く、彼らの手足を的確に撃ち抜いていく。
「きゃあっ!」「ぐうっ!」
豪華な魔法が放たれる前に、貴族たちは次々と無力化されていった。
彼らの魔法は、確かに強力なのだろう。だが、発動する前に潰されては、何の意味もない。
(まずい!こいつら、ただの暗殺者じゃない!戦場の、プロの兵士だ!)
「リオ、チャルを!ミア、防御を!!!」
俺が叫ぶより早く、リオはチャルを庇って氷の壁を生成する。
しかし、その壁も、エルフたちの容赦ない連続射撃を受け、数秒と持たずに砕け散った。
絶体絶命。
貴族たちの悲鳴と、エルフたちの無慈悲な攻撃だけが、森に響き渡る。
その、地獄絵図の中心で。
「――へぇ( ͡° ͜ʖ ͡°)」
ミアが、初めて、楽しそうな声を上げた。
彼女は、ロゼリアから渡されたばかりの新品の杖を、まるで品定めするかのように眺め、そして、にやりと笑った。
「あなたたちが、今日のおにごっこ相手?」
ミアは、その杖を、まるで小枝のように軽く振るった。
ただ、それだけ。
しかし、次の瞬間、彼女とエルフたちの中間にあった大木が、轟音と共に、根元からへし折れていた。




