悪役令嬢と護衛団
行き先が、昨日俺が半壊させたばかりの、あの忌まわしい学び舎の生徒の護衛だという、最悪の偶然。
その事実に、俺たちはまだ気づいていなかった。
ただ、リオが依頼書を握りしめ、「仕事だ」と呟いたその一言だけが、俺たちの唯一の希望だった。
(ひとまず、これで一応の収入は手に入る...よな)
依頼書に書かれた集合場所は、大学の西門。昨日、俺たちが半壊させた東棟とは反対側だ。
西門の前には、すでに依頼主であろう一団が集まっていた。
フリルとレースで過剰に装飾された、見覚えのある制服。十数名の貴族の子弟たちが、これからピクニックにでも行くかのように、談笑している。
日照りがどこか暖かく、まさしくピクニック日和のようだ。
俺が、その和やかな光景に少しだけ油断した、その時だった。
集団の中心で、大きな集まりができている。
その中央に、ひときわ優雅に、そしてひときわ不機嫌そうに立っている少女の顔が、俺の目に飛び込んできた。
陽光を反射して輝く、縦ロールの見事な金髪。
ツンと澄ました、勝ち気な横顔。
ロゼリア・フォン・エーデルシュタイン。
(…………終わった....ぁ)
俺の脳内で、何かがぷつりと切れる音がした。
頭が徐々に重くなり、これからを想像すると頭痛がしてきた。
なぜだ。なぜ、よりにもよって、一番関わってはいけない相手が依頼主なんだ。
俺が、この最悪の偶然に血の気の引く思いで固まっていると、隣のミアが、彼女の姿に気づいたらしい。
「あー!ロゼリアー!!!٩( ᐛ )و」
ミアは、満面の笑みで、ぶんぶんと大きく手を振った。
その声に、ロゼリアが、ぎぎぎ、と壊れたブリキの人形のような動きでこちらを振り返る。
そして、護衛として現れたのが、自分を二度も屈辱のどん底に叩き落とした俺たちだと認識した瞬間、彼女の顔が、驚愕から、怒りへ、そして純度100%の屈辱へと変わっていく。
「なっ………あなたたちッ!!!!」
ロゼリアの、金切り声に近い絶叫が、その場に響き渡った。
「なぜ、あなたたちのような下賤な方々が、ここにいるのですの!?ここは神聖なる野外演習の集合場所ですのよ!?まさか勝手に入り込んで...!?」
「え?仕事だよ?」
ミアが、こてん、と首を傾げる。
「ロゼリアたちを、悪い魔物から守ってあげるの!また一緒に遊べるね!!!( ͡° ͜ʖ ͡°)」
その、あまりにも無邪気で、あまりにも神経を逆撫でする一言に、ロゼリアの肩がわなわなと震えた。
ドヤっていた顔がひん曲がり、目線が揺らぎ始める。その顔には困惑と少しの焦りが見てとれた。
「だ、誰が遊びですって!?というか、誰があなたたちなんかに護衛されるものですか!先生!」
ロゼリアは、生徒たちを引率してきたらしい、人の良さそうな中年の男性教師に詰め寄った。
「先生!わたくしは断じて認めませんわ!このような素性の知れぬ者たちに、我々の背中を預けるなど、エーデルシュタイン家の、いえ、この大学の恥です!!」
教師は、ロゼリアの剣幕に困惑しながらも、ギルドから渡された契約書に目を落とした。
「しかし、ロゼリア嬢…。ギルドとの契約はすでに完了している。今更、護衛を断るなどというこは……」
「問答無用ですわ!!さっさとその契約書を破りなさい!!」
「ですが...」
ロゼリアは髪の毛を振り回すように先生に捲し立て、教師はあわあわと言い訳を述べる。
(おいおい...このままだと仕事がなくなりそうだぞ...)
すると、今まで黙っていたリオが、静かに一歩前に出た。
彼は、教師に向かって深々と頭を下げると、淡々とした、しかし有無を言わさぬ口調で言った。
「ギルドから依頼を受けて参りました、リオと申します。契約の履行を。我々は、あなた方の安全を、金貨五枚で保証します」
その、あまりにも堂々とした態度に、教師も、ロゼリアも、一瞬、言葉を失う。
ロゼリアは、屈辱に顔を歪ませながらも、教師とギルドの契約という、抗いがたい事実の前には、反論できないようだった。
彼女は、俺たち、特にミアを、殺意にも似た目で睨みつけると、吐き捨てるように言った。
「……覚えてらっしゃい。道中で、あなたたちの無能さを、必ずや証明してさしあげますわ」
こうして、俺たちの初めての「家族」としての仕事は、依頼主からの殺意のこもった宣戦布告と共に、幕を開けたのだった。
「……頭が、痛い」
俺の、心の底からの呟きは、誰の耳に届くこともなく、空に消えていった。
◇◇
俺たちの初めての「家族」としての仕事は、依頼主からの殺意のこもった宣戦布告と共に幕を開けた。
地獄のような野外演習の始まりだ。
俺たちは王都の西門を抜け、街道を森へと向かって歩く。
先頭を行くのは、ロゼリアを中心とした十数名の貴族の子弟たち。
そして、その数メートル後ろを、まるで捕虜か罪人のように、俺たち四人がとぼとぼとついていく。
気まずい。あまりにも気まずい。すぐにでも逃げ帰りたい。
業を煮やしたのか、ロゼリアがわざとらしく振り返り、俺たちの前までやってきた。
「あなた方、わたくしの『ヴァッフェン』をご紹介しますわ」
彼女は、取り巻きの中でもひときわ態度の大きい金髪の男子生徒と、物静かな眼鏡の女子生徒を、扇子で示して言った。
「あちらが次期魔導砲兵師団長と目されるフォン・シュタインメッツ家の嫡男、クラウス様。そしてこちらが、宮廷魔法薬師長のご令嬢、イザベラ様よ。あなた方のような『傭兵擬き(もどき)』とは、家格も血統魔力も違いますの」
(ヴァッフェン?血統魔力?なんだそれは?ドイツ語か?医学部じゃなかったからわからん...!)
俺とリオが、その聞き慣れない貴族用語に眉をひそめていると、隣でミアが「おなかすいたねー」と呟いた。
その、あまりにも緊張感のない返答に、ロゼリアの眉がぴくりと動く。なんとか見下しの高笑いを維持しようと顔を緩ませるが、ただ顔が歪むだけである。
俺たちの無反応が、彼女のプライドを刺激したのだろう。
しかし、それ以上に彼女の神経を逆撫でしたのは、俺たちの隣で、子犬のように、ただおどおどしているチャルの存在だった。
「も、申し訳ありません…!わたくしたち、無学な者でして…その、高貴なお話が、何一つ…誠に...すいません!!」
チャルは、この場の重圧に耐えきれず、深々と頭を下げて謝罪した。
その、あまりにも純粋で、あまりにも卑屈な謝罪。
それは、ロゼリアの優越感を満たすどころか、逆に彼女のプライドを深く傷つけた。
まるで、自分が弱い者いじめをしているかのように見えてしまうからだ。
「やめなさい!!!!」
ロゼリアが、金切り声を上げる。
「そのように卑屈に謝られると、こちらまで惨めな気分になりますわ!ああ、もう!!!」
彼女はヒステリックに叫ぶと、何か別の粗を探すように、俺たちを上から下まで睨めつけた。
そして、その視線が、俺とミアが手に持つ「杖」で、ぴたりと止まった。
他の生徒たちも、いつの間にか背嚢から取り出した、見事な装飾の施された杖を手にしている。
「あなた方!ようやく杖の使用が許可される実習だというのに…まさか、本気で、それを杖として使うつもりではありませんでしょうね?」
その言葉に、俺ははっとした。
(杖…?そうか、学内では威力が大きすぎるから使用が禁止されているだけで、実戦では杖が一般的なのか!だから他の生徒たちは今まで持っていなかったのか…!それに比べて、俺たちの杖は…...)
ロゼリアは、俺の持つ、焦げて曲がったような木の棒と、ミアの持つ、ただの棍棒を指差し、心底軽蔑したように言った。
「片や、どこの森で拾ってきたかも分からないただの薪!!!片や、ゴブリンでも殴り殺すためのただの棍棒!!!見ているだけで、わたくし、目が腐ってしまいますわ!!!」
彼女は、我慢の限界とばかりに、手を上品に叩き、後方の荷物運搬用の馬車を呼びつけた。
そして、そこから新品の杖を二本引き抜くと、俺たちの足元に双曲線を描くように投げ捨てる。
「これをお使いなさい!わたくしたちの護衛が、そんなゴミクズ棒では、エーデルシュタイン家の沽券に関わりますわ!!!」
俺は、足元に転がった、真新しい杖を拾い上げた。
樫の木だろうか、滑らかに磨き上げられた柄には、魔力の流れを補助するためであろう、微細な溝が螺旋状に彫り込まれている。先端には、小さな緑色の宝石が埋め込まれていた。
(なるほど、これはただの増幅器じゃない。魔力指向性を高めるための、一種のレンズのような構造か…。俺の『定理』を実践する上で、これ以上ない実験素材だ…てか、この宝石は飾りなのか...いかにも貴族らしいというか...)
俺が、科学者としての目で新しいおもちゃを珍しそうに眺めていると、隣でミアが、新しい杖をぶんぶん振り回していた。
「圭ー!こっちの方が、軽いね!!でもトゲトゲなくない?Σ('◉⌓◉’)」
「は...?杖に棘?ですって...?」
ロゼリアはミアの常識についていけず、ただ固まっている。
俺たちは、敵意と侮蔑と、そしてほんの少しのツンデレによって、図らずもまともな装備を手に入れた。
ロゼリアはミアと少し話した後、「ふんっッ」と鼻を鳴らして前を向く。
その横顔が、ほんの少しだけ満足そうに見えたのは、きっと気のせいだろう。




