護衛任務
俺の「銀行炎上計画」が、家族たちからのあまりにも真っ当な猛反対によって多数決の暴力で却下された後。
宿の一室は、再び、銅貨五枚が放つ絶望的なオーラに包まれていた。
それは机の上に鎮座し、まるでこちらを嘲笑っているように感じられた。
「……はぁ」
沈黙を破ったのは、チャルの、か細いため息だった。
彼女は意を決したように椅子から立ち上がると、俺たちに向かって、深々と頭を下げた。
「あの……私、働きます。お洗濯でも、お針子でも、何でもしますから!」
その言葉に、リオも静かに頷いた。
「俺もだ。力仕事ならできる。ここで飢え死にするよりはマシだ」
二人の、あまりにも健気で、あまりにも真っ当な提案。
それに比べて、ついさっきまで「銀行を燃やそう」などと口走っていた俺は、一家の長(仮)として、あまりにも情けない。
俺は恥ずかしさのあまり、何も言わずそっとに俯く。
こうして、その日の午後、リオとチャルは仕事を探しに王都の街へと繰り出した。
——部屋のソファーに座り、俺とミアは二人で雑談をしていた。もちろん、話題の内容はチャオとリオの就職活動についてだ。窓からは王都の絶景が背景として視界に入る。
「圭!チャルはお肉屋さんかな?」
ミアは目を輝かせて聞いてきた。チャルは料理は得意だが、精肉はキツいかもしれない。
「うーん....裁縫屋?...じゃないか?」
俺は無難な考察を披露する。チャオらしく、落ち着いて安定した仕事。
「エー、( ´ ▽ ` )」
ミアは少しつまらなそうにしていたが、それでも俺を見て笑っていた。
「ね〜!リオは何のお店なの?」
ミアはリオも何かの店で仕事をすると思っているようだ。もしかしたらそうなるかもしれないが、きっとリオのことだから......衛兵とか? 工房とか? 多分、技術とか戦い系だと思う。
「そうだな......旅人の護衛とか...じゃないか?」
「ほんと!? リオって旅好きだったの?Σ('◉⌓◉’)」
ミアは驚いた顔でこちらを見つめる。目がまんまると開いているのを見て、思わず笑ってしまった。
「ふふッ...いや、旅って言うか、護衛の方が主だよ」
「ふ〜ん。護衛って楽しいの?」
護衛任務についてはあまり知らないな。転生してからまともな職についてことは無いし。そもそも、強奪と情けと市場操作で金を稼いできたから、どんな職があって、どんな仕事内容なのかがイメージでしかない。
「わからないけど、リオなら......まあ、苦労はしないだろう」
「やった〜!リオすごいね!( ^∀^)」
リオには謎の安定感というか、安心感がある。今までだって俺たちの中で唯一のまとも枠だったし。
「きっと、リオもチャルも仕事を見つけてくるだろ、心配はいらないか...!!!」
「うん!そうだね!( ^ω^ )」
——しかし、リオとチャルが数時間後に宿に帰ってきた時、その顔には、朝よりも深い絶望の色が浮かんでいた。
「……ダメだった」
リオが、吐き捨てるように言う。
「ど、どうしてだ! 二人とも、できる仕事はあったんじゃ...」
俺が急いでリオに問い詰めると、リオは悲しそうに俺を見つめた。
「そうじゃない。どの店も、俺たちが元奴隷だと分かった瞬間に、門前払いだ」
「『奴隷上がりに任せる仕事はない』って……うう...」
チャルが、涙声で俯く。俺は眼に大粒の涙が溜まっていたことを、見逃せなかった。
そっとチャルにハンカチを渡して、ソファーに座り込む。
俺は実感した。この世界の現実は、あまりにも厳しいと。
法的に自由の身になっても、社会に刻まれた「奴隷」という烙印は、決して消えることはないのだ。
この世界でも、低い立場のものは一生低い立場として、生き続けなければいけないのか...?
部屋に、再び重い沈黙が落ちる。
その時、今まで黙って成り行きを見ていたリオが、静かに立ち上がった。
「……普通の仕事は、無理だ。残された道は、一つしかない」
彼の視線は、部屋の隅に置かれた、ミアの棍棒に向けられていた。
「行くぞ、チャル」
「え? ど、どこへ……?」
「ギルドだ。あそこなら、身分より、腕っぷしが物を言う」
その言葉に、チャルは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「ギルドなんて……!怖い人たちばかりがいる場所じゃ……!私、戦えません……!」
彼女は、恐怖でその場にへたり込んでしまう。
リオは、そんな彼女の前に立つと、静かに、しかし有無を言わさぬ力強さで、その手を掴んだ。
「行くぞ、チャル。これは、俺たちが『家族』として生きていくための、最初の仕事だ...!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッーーー」
彼は、半ば強引にチャルを引きずるようにして、部屋から出て行った。
「圭!付いていこうよ!o(`ω´ )o」
「ああ、そうするつもりだ」
俺とミアも、慌ててその後を追う。
——たどり着いた冒険者ギルドは、相変わらず酒と汗の匂いが立ち込める、荒くれ者たちの巣窟だった。
受付のおっさんはこちらをみてどこか安心のような見下すような顔をしている。
「...おいおい!兄ちゃんたちまたきたのか?懲りない奴らだな、全く!」
「ひえッ!」
リオに引きずられてきたチャルは、完全に怯えきっている。
俺は、そんな彼女を庇うように、依頼が張り出された掲示板を不安な気持ちで見つめた。
毒殺、誘拐、戦争協力。相変わらずろくでもない仕事ばかりだ。
その時、俺の目に、一つの依頼書が飛び込んできた。(いや、無意識に見ていた)
【急募:若い女性歓迎!王都近郊の駐屯地への『救護』任務】
(まさか…!またあの『救護』系か!?ダメだ、流石にチャルとミアをそんな仕事に就かせるわけには……!)
俺の脳裏に、西の戦場で見た、あの女性たちの諦めたような顔が蘇る。
俺が血の気の引く思いでその依頼書を勝手に剥ぎ取ろうとした、その時だった。
「——これにする」
リオが、別の依頼書をびりっと剥がした。
俺は、安堵と共に、彼が選んだ依頼書を覗き込む。
【急募:貴族子弟の野外演習における護衛任務】
【内容:王立魔術大学の貴族生徒数名を、近郊の森まで護衛。魔物の討伐。】
【報酬:金貨五枚】
(……よかった。ただの護衛か)
俺が胸を撫で下ろしていると、リオは依頼書を握りしめ、ギルドのカウンターへと向かう。
カウンターに乱雑に座っていた受付のおっさんはニヤニヤしながらそれを受け取る。
「はいよ...!また変な任務じゃなければいいけどな!」
チャルは、まだリオの後ろに隠れるようにして、おどおどしていた。
俺たちの、初めての「家族」としての仕事が、こうして決まった。
行き先が、昨日、俺が半壊させたばかりの、あの忌まわしい学び舎の生徒の護衛だという、最悪の偶然には、まだ誰も気づいていなかった。




