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有給審査


ーー天界、中央管理部社長室。在室:3人


「……で? なんの御用かな、ヴァ〜〜ン? ワタクシ↑、今ちょっと手が離せない〜〜〜!!っていうかァ〜〜、世界の命運を占う大事な局面っていうかァ〜〜〜↑」


無数のモニターに囲まれた神は、リクライニングチェアに寝そべり、コントローラーを激しく操作しながら言った。どうやら異世界の一つで、ギルド間の大規模対戦ゲームに熱中しているらしい。


ヴァンの手には、震える手で握りしめた「有給休暇申請書」。彼女は深呼吸一つで覚悟を決め、一歩前に進み出た。


「か、神様! わ、ワタクシめの有給休暇の件、ご、ご裁可をいただきたく……!」


その言葉を聞いた瞬間、神の指の動きがぴたりと止まった。コントローラーが床に滑り落ちる。部屋のBGMだったゲーム音楽が途切れ、絶対零度の静寂が支配した。


「はぁ〜〜〜↑!? 有給だぁ〜〜〜!? ヴァ〜〜ン、お前、今自分の担当世界がどうなってるか分かってんのぉ〜〜〜!?!?」


神は、一つの巨大なモニターに、例の世界——『筋肉美女なので、勇者と結婚してみた件』を大写しにした。そこには、見るも無残に崩壊しきった物語のプロットが警告音を発している


「この惨状を放置して、休みたい、と! そう宣うかァ〜〜〜!? 昔はもっと使える側近だったのになァ、お前はッ!!!!!」


過去の栄光と現在の失態を同時に抉る、最も残酷な罵倒。ヴァンの顔から血の気が引き、完全に沈黙してしまう。


その、凍りついた空気を切り裂くように、セイルの明るい声が響き渡った。


「いやいやいや、神様↑! さすがです! そこなんですよぉ〜〜!」


セイルは、まるで世紀のプレゼンテーションを始めるかのように、両手を広げた。


「この篠原圭! もはや原作のプロットなんてゴミ箱行きなくらい、最高のエンタメを叩き出してるんですよぉ〜〜! 聞いてくださいよ、社長! まず転生するなり、主人公の筋肉美女に強制的に結婚させられる! かと思えば、王都の魔法大学へ行き、奴隷の少年を衝動買い! マジで意味わかんないでしょ!?」


セイルの熱弁に、神は思わず身を乗り出す。


「で、金が尽きてギルドから西の戦場に行かされるんですけど、そこで本物の勇者に遭遇しちゃうんです! でも、本人なぜか安心しちゃう! その後、戦場から徒歩で帰ろうとしてたら、あまりに哀れに見えたのか魔物が情けをかけてくれて、ドラゴンの背に乗せられて王都に凱旋! もうメチャクチャですよ!」


「な……なんだ、その展開……」


神が、ゴクリと唾を飲む。セイルはさらに勢いを増す。


「そこからですよ! 王都でなぜかチューリップを売り捌いて成金になり、中央平野の土地を買い占めて、気づいたら30000人の奴隷のオーナーに! で、挨拶に行って『君たちを解放する!』とか言い出したら、逆に新しい圧政者だと勘違いされて、本人が泣き出しちゃって! 仲間と一緒に、なぜか村長の娘を攫って逃亡したんですよ!? ワケわかんないでしょ!?」


「……で、どうなったんだ、その娘は!?」

神は、すっかり物語の虜になっていた。


「解放しようとしたら、娘の方が『なんかもう穢されたんで帰りません』とか言い出して圭の元に居座るんです! 結局、圭は財産のほぼ全てを使って奴隷少年と娘を解放(という名の所有権放棄)したのに、二人とも圭のそばに残ることを選んで! そして……全てを失った(はずなのに仲間は増えてる)状態で、今、学園で何かやらかそうとしてるんです! どうです!? 最高にイカれてるでしょう!?」


「ソッ、ソレだーーーーーッ↑!!!! 面白すぎるだろ、ソイツ〜〜〜!!!」


神は興奮のあまり、リクライニングチェアから立ち上がった。その瞳は、新たなオモチャを見つけた子供のように爛々と輝いている。


「よぉ〜〜し、決めたぞぉ〜〜! ヴァンの有給は、却下〜〜〜!!!」


その一言に、ヴァンの世界が再び闇に閉ざされる。

だが、神は満面の笑みで続けた。


「駄菓子菓子!!! この神コンテンツ、放置はありえな〜〜〜い!!! セイル! お前もこの案件の担当だぁ〜〜〜! 二人で最高の観察レポートを、このワタクシに献上しろぉ〜〜〜↑!! わかったなァ!?」


それは、問題解決の完全放棄であり、職務の完全な娯楽化宣言だった。

だが、ヴァンの耳には、たった一つの、慈悲に満ちた言葉だけが届いていた。


——二人でやれば、ヴァンの負担も減るだろう。


仕事が、半分に……なる……?

地獄が、半分の地獄に……?


「………あ………ああ………」


ヴァンの瞳から、大粒の涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちた。

600年分の絶望が、歓喜の奔流となって溢れ出す。


「し、仕事が……楽に……なるッ………!」


ヴァンは、隣に立つセイルのローブを、子犬のように力強く掴んだ。その顔は、恍惚とした、至上の笑顔で輝いている。


「ありがとう、セイル……! あなたが、あなたこそが、私の救世主メシア……!」


「え、あ、うん……。まあ、これで一件落着……ってことでいいのかな?」


予想外の最大級の賛辞に戸惑うセイルをよそに、ヴァンは「これで睡眠時間が確保できる……!」と、神の御前であることも忘れ、幸せな未来に打ち震え始めた。


有給休暇は幻と消えた。

だが、それ以上に価値のある「同僚(という名の生贄)」を、彼女は手に入れたのだ。


こうして、一つの世界の崩壊は、「神の神推しコンテンツ」として正式にプロジェクト化され、二人の天使の、奇妙で過酷な共同作業が幕を開けた。

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