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図書館

俺の脳は、完全に新しいおもちゃを見つけた子供のそれだった。


『防護の定理』。


この理論を完成させれば、俺もこの理不尽な世界で、ようやく自分の身を守る手段を手に入れられる。


「……そうだ」


俺は、何かに気づいたように、ぱっと顔を上げた。


「データだ。データが足りない。この世界の基本的な物理定数が分からなければ、俺の定理はただの机上の空論だ!!!」


俺は、隣で俺の奇行を眺めていたミアと、まだ気まずそうに立っているロゼリアに向かって宣言した。


「図書館へ行くぞ!」


「えー!また圭の難しいお話ー?お腹すいたー!(T ^ T)」


ミアが、案の定、不満の声を上げる。


ロゼリアは、びくりと肩を震わせると、慌てて顔を逸らした。


「な、なぜわたくしがご一緒しなければなりませんの!?......わたくしは、ち、ちょうど調べ物がありましたので、一人で……!」


俺は、そんな二人の反応など気にも留めず、来た道を引き返し、巨大な図書館の扉へと向かった。


俺は、自らの理論を完成させるための知識を求め、大学図書館の奥深くへと足を踏み入れた。

そこは、静寂と、古い紙の匂いに満ちた聖域。俺は一番豪華な文学や歴史の棚には目もくれず、一直線に埃を被った「自然科学」と「魔導工学」の区画へと向かった。


「あった……!『魔素伝導率に関する基礎研究』『四大元素の物理的特性データ集』『高位魔法におけるエネルギー減衰率の考察』……!これだ!これさえあれば!」


俺は、宝の山を見つけた探検家のように、次々と分厚い専門書を抜き出し、床に積み上げていく。

十分後。俺の前には、俺の身長を優に超える、巨大な本の塔が出来上がっていた。


「よし、これを借りて……」


俺が、歓喜と共に本の山を抱えようとした、その時だった。


司書らしき、厳格な表情をした老婆が、俺の背後から静かに告げた。


「お一人での貸し出し上限は、三冊までとなっておりますので」



絶望。



その一言が、俺の脳天に突き刺さった。


「さ、三冊ですって!? 無理だ!この宇宙の真理を解き明かすのに、たった三冊で何ができるというんですか!?!?」


「規則ですので、夏休みにでも借りたらどうですか」


老婆は、鉄壁の表情で首を横に振るだけだった。


俺は、本の塔の前で膝から崩れ落ちた。


どうする。


どの三冊を選べば、俺の『定理』は完成に近づく?


『魔素定数』か、『エネルギー減衰率』か、それとも『物理特性データ』か…!


どれも欠かすことのできないピースだ…!


俺が、学者生命を賭けた究極の選択に頭を抱えていると、呆れたような声が聞こえた。


「もー、圭は優柔不断なんだからー( ・∇・)」


その声の主はミアだった。


彼女は「アタシも借りれるんでしょ?( ͡° ͜ʖ ͡°)」と言うと、おすすめ書本の棚から、一冊の本をひょいと抜き取った。


『幻獣大図鑑・竜の生態編』


表紙に描かれた、かっこいいドラゴンの絵だけで選んだに違いなかった。


「ミア!それじゃない!それはデータじゃない、ただの絵本だ!」


「えー、でもかっこいいもん!」


「頼む!俺の人生がかかってるんだ!!!!頼むッ!!!」


俺が涙ながらに訴えていると、ふん、と。鼻で笑うような、高い声が響いた。


ロゼリアだった。

彼女は、いつの間にか俺たちの後ろに立っていた。


「みっともないですわね。わたくしの知的好奇心を、あなた方のような下賤な方々と一緒になさらないでくださる?」


彼女はそう言うと、自らの貸出権を行使するかのように、

本の山から三冊の専門書を、迷いなく選び出した。


『高次元魔術における詠唱魔素定数の可変性について』

『魔素熱力学と魔力循環の相関モデル』

『エーテル宗教力学序論』


どれも、俺が選びたくても難解すぎて後回しにしようとしていた、超高レベルの学術書だった。


ロゼリアは、俺に勝ち誇ったように一瞥すると、ツンと澄まして言った。


「わたくしは、わたくしの知りたいことを調べるだけですわ。あなた方が、その程度の本で四苦八苦している間に、わたくしは遥か高みへ参りますので...フンッ」


彼女はそう言い残し、三冊の本を小脇に抱えて、さっさと出口へと向かってしまった。

俺は、自分の選んだ三冊と、ミアが選んだドラゴンの図鑑を前に、ただ呆然と立ち尽くす。


(...ツンデレ...?)


その日の帰り道。


俺は、三冊の専門書を宝物のように胸に抱きしめ、ぶつぶつと数式を呟いていた。


その横では、ミアがドラゴンの図鑑を嬉しそうに眺めている。


そして、少し離れた前方を、ロゼリアがツンと澄ましながら歩いていた。

彼女は時折、こちらをちらりと振り返っては、俺たちがついてきているか確認しているようだった。


俺たちが宿に帰ると、リオとチャルが「おかえりなさーい」と出迎えた。


「あら、ミア。その本は何?」


「...なんだ、その本」


チャオとリオがミアの本をチラチラと面白そうに見つめる。

俺の本には全く興味がないらしい。


「いいでしょー これ、学校でもらったの!٩( ᐛ )و」


ミアがドラゴンの図鑑を開き、自慢げに見せ始める。


「いや、借りただけだからね...」


俺は、ツッコミもそこそこに、床に三冊の本を広げる。


それは、当初の計画より、あまりにも少なく、あまりにも心許ない知識の欠片だった。


「三冊……。たったこれだけの情報で、神が設計したこの世界の設計図を、読み解かなければならないのか……」


明日は休日だ、帰ってすぐにこの本を解読し、最高の研究をしてやろう。


俺は、これから始まる、地獄よりも過酷な、しかし最高に胸が躍る研究の夜を前に、静かに笑みを浮かべた。


その挑戦的な笑みを、リオとチャルが、また始まった、とでも言いたげな、深いため息と共に見ていた。

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