本当の気狂い
天使の、あまりにも理不尽な提案が、静かな部屋に響き渡る。
俺は、一瞬、自分の耳を疑った。死んでくれ? まるで、明日の天気を尋ねるかのような、そのあまりにも軽い口調に、俺の思考は完全にフリーズしていた。
やがて、俺の口から、かろうじて絞り出された言葉は、一つだけだった。
「…普通に…イヤ」
その、あまりにも素っ気ない、早く寝るように母親に言われた子供のような拒絶の言葉。
それを聞いた天使——セイルの完璧な笑顔に、初めてピシリ、と亀裂が入った。
「……はぁ」
彼は、心底面倒くさそうに、深いため息をついた。
そして、何もない空間から、一枚の光り輝くA4用紙を取り出す。
「ったく、これだから転生素人は困るんだよな…。ヴァンも甘いんだから、こんな妥協案なんか用意して」
セイルはぶつぶつと文句を言いながら、A4用紙に書かれた文字を、まるで投げやりに読み上げた。
「いいかい? 君があまりにも世界の理を乱しすぎたから、本来なら即刻『魂の初期化』処分だ。でも、温情措置として、特別に再転生のチャンスをあげよう。次の舞台は『魔法世界初級(魔法あり・バフ限界MAX)』。君の望む、平穏で、仲間や家族に囲まれた、チート級の能力を持った主人公としての人生だ。どうだい?悪い話じゃないだろ?」
その提案を聞いた瞬間、俺の心は、確かに揺れた。
チート能力。
平穏な人生。
仲間と家族。
それは、俺がこの世界に来る前に、心の底から望んでいたもの、そのものだった。
今のこの、犯罪と誤解と貧乏にまみれた、地獄のような毎日から解放される。
もう、学校を燃やすことも、犯罪を平気で犯すこともない。
俺は、思わず、背後を振り返った。
そこには、俺の「家族」たちが、静かな寝息を立てていた。
すぅ、すぅ、と。子供のように安らかな寝顔で眠る、ミア。
時折、唇が「おにく…」と動いている。
こいつがいるから、俺の人生は無茶苦茶だ。
だが、こいつがいなければ、俺はとっくに死んでいた。
奴隷だった頃の険しさが嘘のように、穏やかな表情で眠る、リオ。
俺が奴隷として買ってしまった、だけど、必死に解放した。
俺が、守らなければならない、弟のような存在。
そして、布団を蹴飛ばし、大の字になって、あまりにも悪い寝相で眠る、チャル。
間違えて誘拐してしまったが、それでも俺たちのそばにいてくれた。
彼女の無防備な姿は、俺たちを心から信頼してくれている証だった。
平穏?
仲間?
家族?
それは、今、目の前にあるじゃないか。
不格好で、いびつで、どうしようもなく手のかかる、俺の、かけがえのない日常。
俺は、決心したように、セイルに向き直った。
「……断る。この話は、なしだ」
俺は、はっきりと告げた。
「俺は、ここにいる」
その言葉を聞いた瞬間、セイルは、今まで見たこともないほど、驚いた顔で目を見開いた。
彼は、信じられないものを見る目で、俺と、俺の後ろで眠る三人を交互に見比べた。
やがて、その驚きは、こらえきれないといった様子の、楽しそうな笑いへと変わった。
「ははっ……!」
最初は小さな笑い声だった。だが、それはすぐに、腹を抱えて涙を流すほどの、大爆笑へと変わっていった。
「あはははははは!そうか、そうだよな!君はそういう奴だった!チート能力より、こっちの地獄を選ぶのか!最高だ!最高に、イカれてるよ!!!こんな転生者他に誰もいなかった!!!!」
セイルは、涙を拭いながら、心からの称賛と、そしてほんの少しの呆れを込めて、俺に言った。
「──本当に、『気狂い』なんだな、君は!!!!!」
その言葉を残し、彼の姿は光の粒子となって、静かに消えていった。
後に残されたのは、静寂と、俺の選択と、そして、何も知らずに眠り続ける、俺の愛すべき「気狂い」の家族たちだけだった。
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