悪役令嬢に会いました
入学式という名の狂演が終わり、俺とミアは、事務的な態度の上級生に連れられて、指定された教室へと向かっていた。
上級生の制服は青みがかった黒いローブを羽織り、スタスタと迷いなく足を進める。
大理石の廊下はどこまでも続き、俺たちの場違いな足音だけがやけに大きく響き渡る。
窓の外には幾何学的に手入れの行き届いた中庭が見え、ミアが目を輝かせた。
何もかもが、俺たちが今まで生活してきた世界とは異質だった。
やがて、重厚な扉の前にたどり着く。
「――1年A組。ここがお二人の教室です」
上級生はそれだけ告げると、さっさと立ち去ってしまった。俺は深呼吸を一つし、意を決して扉を開ける。
「ガラッ...」
その瞬間、俺は自分が戦場よりもよほど危険な場所に足を踏み入れてしまったことを悟った。
教室は、静寂に包まれていた。しかし、それは穏やかな静寂ではない。
数十人の生徒たちが、まるでチェスの駒のように、いくつかのグループに分かれて着席し、互いを牽制し合うように、冷たい視線を交わしている。
火花こそ散っていないが、そこは間違いなく「戦場」だった。
(これは…教室じゃない。派閥という名の小国家が集う、魔の会議場...みたいな?)
ソーシャ・モンスーン教授が言っていた「蹴落とし合う舞台」という言葉が、脳裏をよぎる。
俺とミアが教室に入ったことで、全ての視線が一斉にこちらに突き刺さった。
好奇、侮蔑、そして値踏みするような目。
俺は胃に鋭い痛みを感じたが、ミアはそんなことお構いなしに、空いている席を見つけてずかずかと歩き出し、ドスンと腰を下ろした。入り口付近の空白地帯だった。
背中の棍棒が、ガタン、と大きな音を立てる。
俺も慌ててその隣に座った。その時だった。
冷たく、そして鈴の音のように凛とした声が、教室に響いた。
「まあ、ごきげんよう。随分と…『趣深い』お召し物ですこと」
声のした方を見ると、教室の中央、最も大きなグループの中心に座る一人の少女が、扇子で口元を隠しながら、こちらを見ていた。
陽光を反射して輝く、縦ロールの見事な金髪。セットには数時間が必要だろう。
勝ち気な光を宿す、吊り上がった青い瞳。
彼女は、物語に出てくる「悪役令嬢」という言葉をそのまま形にしたような存在だった。
「どちらの肥溜めからいらっしゃったのかしら? この神聖な学び舎には、大変不釣り合いな『香り』がいたしますわよ?」
「...クスクス」
「...ふふふ...」
取り巻きの令嬢たちが、くすくすと下品な笑い声を上げる。完璧な挑発。完璧な侮蔑。
まずい。入学初日、教室に入って30秒で、俺たちはこのクラスのボスキャラに喧嘩を売られてしまった。
「こ、これはミア! ご挨拶を! こちらは...高貴なご令嬢に違いない! !!失礼のないように!!」
俺はパニックになりながら、ミアの肩を揺する。
しかし、当の本人は、きょとんとした顔で、金髪の少女を見つめ返すだけだった。
「こいだめ?ϵ( 'Θ' )϶」
「……は?」
金髪の少女の眉が、ぴくりと動く。
「恋して、だめになったの? かわいそうに…同情…( ; ; )」
ミアは、心の底から同情するような目で、少女に言った。
教室が、しん、と静まり返る。
金髪の少女の顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。
「はぁぁ!あなた……!わたくしを愚弄する気ですの!?」
「ぐろー? ああ、黒いのが好きなのね! 私も黒いパン、好きだよ!( ・∇・)」
ダメだ、会話が成立していない。
ミアの天然の言語破壊能力が、相手のプライドを的確に削り取っていく。
金髪の少女は、わなわなと震えながら、ついに扇子を投げ捨てて立ち上がった。
「もう結構ですわ! その汚らわしい平民の服も! その野蛮な得物も! このロゼリア・フォン・エーデルシュタインの名において、排除させていただきますわ!(ドヤ)」
ロゼリアと名乗った彼女が、優雅に、しかし素早く指を振るう。
「――《風の戒め(ウィンド・バインド)》!!」
ヒューーッ!!!
彼女の指先から放たれた魔力で風が発生し、目に見えない縄となって、俺とミアを締め上げようと襲いかかってきた。
「ひえっ!」
俺は突然の攻撃に、恐怖で床に倒れかける。
その瞬間、隣のミアが、目をパッと開け、心底面倒くさそうに、小さく息を吐いた。
「んー」
ただ、それだけ。
ミアがほんの少し身じろぎしただけで、彼女の身体から放たれた圧倒的な魔力の圧が、ロゼリアの魔法を霧のようにかき消してしまった。(魔素の密度差によって、低密度の魔力構造が強制的に分解されたのか…?)
「なっ……!?」
ロゼリアが、信じられないものを見たという顔で目を見開く。風の余波が、彼女の完璧にセットされた縦ロールの髪を、ぐしゃぐしゃに乱した。
「……圭、あの子、うるさい...髪の毛引っこ抜いていい...?( ͡° ͜ʖ ͡°)」
ミアは、まるで邪魔な虫でも払うかのように、気だるげに言った。
「わ、分かってる! 分かってるから、今は何もしないでくれ!!!肉食わせてやるから!!!」
俺は必死に彼女をなだめる。
教室は、静寂を通り越して、無音になっていた。
生徒全員が、何が起きたのか理解できずに固まっている。
クラスの絶対的女王であったはずのロゼリアが、得体の知れない転入生に、魔法を、赤子の手をひねるように無効化されたのだ。無理もないだろう。
ロゼリアは、屈辱に顔を歪め、何かを叫ぼうと口を開いた。
「...!!!」
ガラッ。
その時、まるで計ったかのようなタイミングで、教室の扉が開き、あの氷のような表情の男――マス・ルート教授が入ってきた。
彼は、乱れた髪で立ち尽くすロゼリアと、気だるそうにしているミア、そしてその間で顔面蒼白になっている俺を順に見渡し、そして、何事もなかったかのように、静かに言った。
「――席に着け。授業を始める。最初の問題だ。変数Mが持つ未知の魔力密度が、既存の魔法体系(F)に与える影響について、5分で証明せよ」
最悪だ、最悪以外の言葉が見つからない。
俺たちの地獄のような学園生活は、静かに、そして最悪の形で幕を開けたのだった。




