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入学式に人数制限あるの?

——あれから二週間。


大規模放火と市場操作による大儲け、そしてその全財産を失っての奴隷解放という、常人の一生分に相当する狂乱の日々から、嘘のような平穏が流れていた。


「おはようございます!圭さん!そしてミアさん、リオさん!」


チャルが俺たちの寝床から、容赦なく布団を引き剥がす。


彼女がこの一座に加わってから、俺たちの生活水準――特に、起床時間と食生活――は劇的に改善された。


ミアは眠そうな顔で彼女を見つめ、リオは観念した顔でベッドから起き上がる。


今や、気狂い二人と常識人二人。


パーティのバランスは完璧に均等となり、かつてリオ一人が背負っていたツッコミの負担は、ようやく半分になったのだ。


そんな中、俺たちは来るべき魔術大学の入学式の日を、ただひたすらに待っていた。

そして今日が、その日だった。


「うわぁ……大きいですね……」


チャルが、ぽかんと口を開けて目の前の光景を見上げていた。


無理もない。


視線の先には、天を衝くほどの白亜の塔がそびえ立ち、おとぎ話に出てくる城のような壮麗な校舎が広がっている。


大陸最高峰の学び舎、王立総合魔術大学。


この薄汚れた王都では、場違いにもほどがある。



「圭、圭、見て! お洋服、変じゃない?^_^」



ミアが俺の袖を引っ張りながら、くるくると回ってみせる。


数日前に仕立てた、彼女にしては珍しく上品なワンピース姿だ。


もちろん、背中に背負った巨大な棍棒さえなければ、の話だが。


「ああ、似合ってるよ。すごく可愛い」

「えへへ……そ、そうかな……(〃ω〃)」


顔を真っ赤にして俯くミア。めちゃ可愛い。棍棒さえなければ。



「……お前たち、本当にこの格好でいくつもりか?」



リオが、心の底から呆れかえった声で俺を見た。


俺とリオは、例の成金騒動の時に買い、二度と袖を通すことはないと思っていた貴族用のフリルまみれの服を、チャルに無理やり着せられていた。


空気抵抗を無駄に増やすだけの、非合理的な装飾の塊だ。


「仕方ないだろ。これしか『正装』と呼べる服がないんだから」

「『正装』の基準を一度考え直した方がいい」


正論だ。しかし、もはや後戻りはできない。


俺たち四人――旅する気狂い一座は、覚悟を決めて、きらびやかな服を着た貴族の子弟たちに混じり、大学の正門へと向かった。


門の前では、鎧を着込んだ屈強な衛兵たちが、招待状の確認を行っている。


俺は懐から、あの羊皮紙の合格証を取り出し、代表として衛兵に差し出した。


「ご苦労様です。入学式に来ました、ええと、ミア一行です!!」


衛兵は無言で合格証を受け取ると、そこに書かれた名前と手元の名簿を照合し、やがてミアに視線を向けた。


「――ミア様。確認いたしました。どうぞ、お入りください」


そう言って、衛兵はミアのために道を開けた。俺が「どうも」と一歩前に出ようとした、その時だった。


ドンッ、と。

衛兵が突き出した金属製のハルバードの柄が、俺の胸を無慈悲に阻んだ。


「お待ちください」

「え?」


「名簿に記載があるのは、ミア様、お一人だけです。あなた方はお引き取りを」



(……は?)



思考が、一瞬停止する。


(いや、待て。落ち着け、俺。こういう時こそ理論的な対話が重要だ。対話プロトコルを開始、エラーの要因を特定、論理的矛盾を指摘し、解決策を提示する――)


「失礼ですが....あーと....その、ご確認を。その試験を受けたのは、代理人である私です。彼女の保護者、兼、監督責任者...?として...同行する権利があるはずですが???」



「規則は規則です。入学を許可されているのは、合格証に名のあるミア様、ただ一人」


衛兵は、感情の読めない鉄面皮で言い放つ。まるで融通の利かないプログラムのようだ。


「そんな……! おかしいじゃないか! じゃあ、この子たちは?」


俺はリオとチャルを指さす。二人は不安そうな顔でこちらを見ていた。


「無論、入れません。部外者の立ち入りは固く禁じられております」

「なっ……!」


言葉に詰まる。どうする。このままではミアだけが放り込まれ、俺たちは離れ離れになってしまう。天涯孤独のミアを、一人でこの権力の巣窟のような場所に入れるわけにはいかない。


その時だった。俺の隣から、地獄の底から響くような、低い声が聞こえたのは。


「…………なんで?( ◠‿◠ )」


見ると、さっきまで上機嫌だったミアの顔から、一切の表情が消え失せていた。

その瞳は、感情を映さないガラス玉のように冷たく、衛兵を射抜いている。

空気が、急に重くなった気がした。


「圭は? リオは? チャルは?」


「……」


「みんなで、一緒じゃないの?」


「……規則ですので」


衛兵が、わずかに喉を鳴らしたのが分かった。

冷や汗が一筋、彼のこめかみを伝う。

まずい。これは臨界点に達する五秒前の原子炉だ。


俺の脳内で、警報がけたたましく鳴り響く。


ミアの小さな手が、背中の棍棒の柄を、ゆっくりと、しかし確実に握りしめる。


バキッ、と。彼女の足元の石畳に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


「……どけ( ͡° ͜ʖ ͡°)」


ミアがそう呟いた瞬間、俺は全てを投げ打って叫んでいた。



「お待ちください! お待ちを! 彼女を刺激しないでいただきたい! 死人が出ます! ガチで!」



俺の必死の叫びに、衛兵たちだけでなく、周囲の貴族たちもぎょっとしてこちらを見る。


その時、門の内側から、初老の男性が慌てた様子で駆け寄ってきた。


胸元の豪奢な徽章から察するに、大学の教授か、それに準ずる立場の人間だろう。


「何事ですかな! 入学式の日に、騒ぎを起こすのはやめていただきたい!」


「それが……この方々が、許可なく……」


衛兵が事情を説明しようとするが、教授はミアから発せられる尋常ならざる覇気と、彼女の足元の砕けた石畳を見て、瞬時に状況を理解したようだった。顔がサッと青ざめる。


「ひっ……! あ、あなた様が、推薦入学者のミア様ですな!」


教授は震える手で合格証をひったくるように受け取ると、そこに書かれた特記事項に目を通し、そして俺の顔を交互に見た。



「……ああ! そうか! 確か、特例事項として『監督・制御のため、代理人の同行を“強く”推奨する』と……! あなたが、その代理人の方ですな!」




そんなこと、書いてあったか……?

いや、そう書いてあるに違いない。

確か、試験の受付でミアが暴れて何か書類を追加させられていたような……。

そうでなければ、この状況は収まらない。俺は人生最高の速度で首を縦に振った。



「は、はい! 私が彼女の監督者です! 私がいなければ、彼女は何をしでかすか分かりません! ご覧の通りです!」


俺は砕けた石畳を指さす。説得力は抜群だった。



教授はゴクリと唾を飲み込むと、苦渋の決断を下した。


「……分かりました。特例中の特例ですが、ミア様と、その監督者であるあなた様、お二人の入場を許可しましょう! ですが、他のお二人は、いかなる理由があろうと認められません! よろしいですな!?」


究極の選択。


だが、選ぶしかなかった。俺はリオとチャルに向き直る。


「すまない、二人とも。そういうことになった。有り金の半分を渡すから、美味いものでも食べて、宿で待っていてくれ。絶対に、面倒に巻き込まれるなよ。いいな?」


俺はなけなしの金貨の半分をリオの手に握らせた。


リオは、諦めきった顔で一つだけ、深いため息をついた。


「……結局、あいつは、休まる日がないんだな」


チャルは少し寂しそうだったが、すぐに笑顔を作り、小さく手を振った。


「ミアさん、圭さん、いってらっしゃい」


その言葉を背に、俺は「圭、行こう!」と機嫌を直したミアに腕を引かれ、巨大な魔術大学の門をくぐった。


これから始まる波乱万丈の学園生活を予感しながら。


そして、離れ離れになった「家族」のことを、心の底から心配しながら。

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