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最低な勘違い

リオと村長の娘が、気まずい沈黙と共に家から出て行った後、室内には俺と、ひれ伏す村長だけが残された。


まずは、この根本的で致命的な誤解を解かねばならない。


俺は、この世界に来て初めて、真剣な対話(になるはずの試み)を開始した。


「村長、顔を上げてくれ。まず、いくつか誤解があるようだ。落ち着いて聞いてほしい!!!」


できるだけ穏やかに、前世で学生相手に講義をしていた時のように、理知的な口調を心がける。

村長は恐る恐る顔を上げたが、その目は怯えた家畜のように、決して俺と目を合わせようとはしない。


「いいか、私はお前たちを苦しめるつもりは毛頭ない。奴隷として酷使するつもりも、娘を差し出させるつもりも、一切!!ない!!!」


俺は、自分の理想を、善意を、願望を、ありったけ言葉に乗せた。


「これからは『ジユウ』だ。君たちはもう誰かの所有物ではない。個人の「ソンゲン」は尊重され、理不尽な搾取からの『カイホウ』を、私が約束しよう。我々は支配者と被支配者ではない。タイトウな『パートナー』として、共にこの土地を発展させていくんだ!!!!これからの運営は、君たちの意見も取り入れ、話し合いを重視する。そう、『ミンシュテキ』にだ!!!!」


我ながら、完璧な演説だったはずだ。

自由、平等、博愛。近代市民社会の基本理念。

これを聞いて、彼らが歓喜の声を上げ、俺を救世主として崇める姿まで目に浮かんだ。


(ヨシッ!!!きまったか!?)


ーーしかし。



村長の反応は、俺の想像の斜め下を突き抜けていた。


彼は最初、俺が何を言っているのか分からないという顔でポカンとしていたが、やがてその言葉の意味を咀嚼するにつれ、顔からサッと血の気が引き、カタカタと歯の根が合わないほどに震えだしたのだ。


(『ジユウ』…?『カイホウ』…?どうゆういみだ...?なんという、おぞましく、残忍な言葉だ…!)


村長の瞳が、そう物語っていた。


(それはつまり、『領主として保護する義務を放棄し、役に立たぬ者は見殺しにする』という宣告ではないのか!?『タイトウなパートナー』…?我々のような奴隷風情が、神にも等しい地主様と対等になど、なれるはずがない!!!これは、我々を試しておられるのだ!忠誠心の欠片もない不届き者を炙り出すための、あまりにも残酷な、言葉の罠に違いない...!なんて恐ろしい...!!)



俺の善意120%の理想論は、恐怖というフィルターを通した結果、史上最悪の恐怖政治の幕開け宣言として、彼の心に届いてしまったらしい。



村長は、これから自分たちを待ち受けるであろう、気まぐれで命を奪われる過酷な未来を想像し、完全に絶望していた。


「も、も、申し訳…申し訳ございません…!我ら一同、圭様の所有物として、粉骨砕身、お仕えする所存にございます…!な、何卒…!何卒、お慈悲を…!」


もはや対話は不可能だと悟った。


俺が何を言っても、彼らには恐怖の宣告にしか聞こえない。


村長は、俺の「機嫌」をこれ以上損ねてはならないと判断したのだろう。

必死の形相で、震える手で懐から古びた羊皮紙の巻物を取り出すと、机の上に広げた。

それは、この広大な土地の地図であり、財産目録を兼ねたものだった。


「こ、こちらが…!圭様が手に入れられた、この地の全てにございます…!ど、どうか、お好きなようにお使いくださいませ…!」


村長は、地図の上に描かれた区画を、震える指で示しながら説明を始めた。

その声は、もはや恐怖で上ずっている。


「この地には、我らのような集落が『452の村』…。そして、鉄や銅を産出する『123の鉱山』…。木材の豊かな『45の山』に、穀物を育てる『21の平原』…。さらに、家畜を育てるための『345の牧場』が、ございます…」


そして、最後に。村長は一度息を呑み、絞り出すように、この土地の最も大きな「財産」について告げた。


「そ、そして…。我々を、含み…。『32176人の奴隷』が、圭様の御下命を、お待ちしております…」


その天文学的な数字を聞いた瞬間、俺の思考は完全に停止した。


広げられた地図の上に示された、無数の数字。村が452、鉱山が123、そして奴隷が三万二千人。俺は、自分が手に入れた土地のあまりの広大さと、それに付随する責任の重さに、完全に言葉を失っていた。


(これだけの施設どうやって管理しろって言うんだ…? そもそも、全員を食わせていけるのか? いや、その前に、この誤解を解かないと、俺は圧政を敷く暴君として三万人に恨まれ続けることになるのか…?)


現実的な問題が、津波のように思考を飲み込んでいく。


目の前では村長がひれ伏したまま微動だにしない。


重苦しい沈黙が、埃っぽい部屋を支配していた。



まさにその時だった。



ぎぃ、と家の扉がきしむ音を立てて、開かれた。


そこに立っていたのは、魂が半分抜け落ちたような顔をしたリオだった。

彼の帰還に、俺は一瞬、安堵を覚えた。


(お、帰ってきたか。なんだかんだ言って、リオは面倒見がいいからな!森の中でミアや子供たちと打ち解けて、和気あいあいと帰ってきたに違いない。そうすれば、村人たちのこの過剰な警戒も、少しは解けるかもしれない…!!!)


そんな、一筋の光明にも似た、淡い期待。ミアとリオに期待したその瞬間。

その期待は、扉の奥から現れた者たちの姿によって、コンマ一秒で粉々に砕け散った。


リオの後ろから、二人の少女が、よろよろとおぼつかない足取りで入ってきた。最初にミアが連れて行った少女と、村長の娘だ。村人たちに大きなざわめきが生まれる。


二人は、泥と煤で汚れ、服のあちこちが木の枝か何かで引き裂かれている。


髪には葉っぱが絡まり、頬には痛々しい擦り傷。


その目は、楽しい遊びを終えた子供のそれではなく、三日三晩続いたサバイバル訓練から生還した兵士のように、虚ろだった。


そして、その元凶であるミアだけが、一人、満面の笑みを浮かべていた。


「ただいまー!圭! すっごく楽しかったよ! この子たち、崖から飛び降りるのとっても上手なの!!( ^∀^)」


無邪気な報告が、静かな室内に残酷に響き渡る。


その光景を目にした瞬間、俺と村長の脳内で、それぞれ全く別の、しかし等しく致命的な勘違いが爆発的に形成された。


村長は、ボロボロになった我が娘の姿を見て、わなわなと震えだした。


(ああ…なんという、過酷な「お勤め」だったのだ…! 森の奥で、一体どれほどの責め苦を…。よくぞ、よくぞご無事で…! やはりこの御方は、我々の想像を絶する、残忍なお方だ…!)


一方、俺は。


少女たちの無残な姿と、疲れ果てて何も語らないリオ、そして彼の背後に立つミアの関係性から、ありえないほど最悪のシナリオを導き出してしまった。


(待て…なんだこの有様は!? 森で一体何があった!? リオ…お前、まさかこの子たちに、何か…!? いや、こいつはそういう奴じゃないと信じたいが、しかしこの疲弊しきった少女たちの目は…! 俺が目を離した隙に、溜まっていたストレスをか弱い少女たちに…!?!?...するいぞ!!)


俺は、冷や汗を流しながら、疑惑に満ちた目でリオを見た。

その視線に、疲れ切っていたリオが、ゆっくりと顔を上げた。


ミアの常識外れの鬼ごっこ(熊とのレスリングや急流下りを含む)に強制的に付き合わされた極度の肉体的疲労。


そして今、信頼していたはずの圭から向けられる、あまりにも理不尽で、おぞましい疑いの眼差し。

彼の心の中で、何かが、ぷつりと切れた。


リオは何も言わなかった。


ただ、静かに、地の底から湧き上がるような、純度100%の怒りと、心底からの軽蔑が入り混じった目で、俺を射抜くように睨みつけただけだった。



その、雄弁すぎる視線を受けて、俺は即座に悟る。



(あ、違うっぽい…)



だが、もう遅い。


室内は、俺の最低な勘違い、村長の底知れぬ恐怖、リオの殺意にも似た怒り、そしてミアの天真爛漫な笑顔が入り混じった、地獄のようなカオスに包まれていた。


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