悲劇のヒロイン
村長の家は、集落の中でも一際大きいとはいえ、石と木で組まれた質素な造りだった。
だが、掃き清められた土間や、壁に掛けられた手入れの行き届いた農具からは、貧しいながらも実直な生活の匂いがした。
俺は、その生活を根こそぎ奪った張本人として、きしむ木の椅子に腰を下ろす。
目の前では、先ほどの老人が村長として改めて深々と頭を下げ、その後ろでは彼の家族であろう数人が、部屋の隅で息を殺している。
リオは俺の背後に、影のように静かに控えていた。
「…単刀直入に聞く!!この土地の現状を話せ。前の地主はどうした!!」
俺がそう切り出すと、村長はびくりと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。
「は、はい…。前の地主様は、一年ほど前に…その..姿が見えなくなりまして…。それ以来、我らは王都からの干渉もなく、皆で力を合わせ、細々とではありますが…ええ、平和に、暮らしておりました。新たな地主様である、圭様がお見えになる、今日、この時までは…」
その言葉は、静かだが、重い杭のように俺の胸に突き刺さった。
(そうか…。こいつらは、一年間、誰にも搾取されず、自分たちの力だけで、この土地で生きてきたのか。ささやかでも、独立した平和な日々を…。俺は、それを…たった一晩の狂騒と、酔狂で手に入れた大金で、終わらせちまったのか...)
罪悪感が、黒い泥のように腹の底から湧き上がってくる。
そのせいで、俺の表情は自然と険しくなり、無意識のうちに拳を机にぶつけていた。
その変化を、村長は致命的な形で誤解した。
俺が、彼らのあまりに貧しい暮らしぶりに不満を抱き、怒り始めたのだと。
「も、申し訳ございません!我らの暮らしはあまりに貧しく、地主様をお迎えする準備も何一つできておりませぬ…!お気に召さなかったのなら、すぐにでも…!ど、どうか、お怒りをお鎮めください!」
村長は顔面蒼白になり、ガタガタと椅子から転げ落ちるようにひれ伏した。
そして、何を思ったか奥の部屋へと駆け込むと、先ほどより少し年嵩の、おそらくは十代半ばであろう少女の手を強引に引いて戻ってきた。
「こ、この娘にございます!私の、娘でございます!先ほどの小娘よりは年嵩で、「仕事」も覚えています!きっと、圭様のお気に召すはず…!どうか、この娘で…!この娘でご勘弁を!!」
(増えた!?なんで!?!?二人目を差し出すのがここの作法なのか!?そういうシステムなのか!?)
俺の思考は、二度目の悲劇(?)を前に完全にショートした。
差し出された村長の娘は、これから自分の身に降りかかる運命を悟り、涙を瞳に溜めて、ただ俯いている。
助けを求めるように俺を見つめるその瞳に、俺は耐えられなかった。
どうする、どうすればいい。この地獄の連鎖を断ち切るには…。
混乱の極みに達した俺は、半ば無意識に、背後に立つリオの背中を、ポンと軽く叩いた。
「……リオ」
振り返ったリオの怪訝そうな顔に向かって、俺は告げた。
「この奴隷を、お前に預ける。」
「はぁっ!?!?」
リオが、人生で聞いたこともないような素っ頓狂な声を上げた。
俺は構わず、有無を言わさぬ口調で続ける。
「その娘を連れて、外に出てろ!!ついでに、森に遊びに行ったミアを探して、何か取り返しのつかない問題を起こす前に連れ戻してこい。…いいな?」
これは命令だ。
そして、これ以上この場で悲劇のヒロインが増えるのを防ぎ、かつ、元奴隷であるリオにこの状況をどうにかさせるという、俺なりの苦肉の策(という名の責任転嫁)だった。
リオは、絶句したまま、突然自分の運命共同体(?)にされた娘と、無茶苦茶な命令を下す俺の顔を、信じられないものを見る目で交互に見比べた。
その顔には「お前は一体何を言っているんだ」と、はっきりと書いてある。
しかし、俺の目が本気であると悟ったのだろう。
彼は、宇宙の全ての理不尽を一人で背負ったかのような、深すぎるため息をついた。
「…………承知、した。……好きにしろ」
吐き捨てるようにそう言うと、リオは俯く娘の腕を、壊れ物を扱うかのように、そっと掴んだ。
そして、俺に一瞥もくれず、きしむ音を立てて家から出て行った。
一人取り残された俺は、目の前でひれ伏したままの村長を見下ろし、内心の罪悪感と焦りを押し殺して、静かに呟いた。
「さて、と…。話を、続けようか!!!!」
ここからが、本当の地獄の始まりだ。
俺は、この村人たちの深すぎる誤解を解き、領主としての第一歩を踏み出さねばならない。




