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10万ヘクタールの地主になりました

顔を真っ赤にして俯く俺たちを見て、役人は何かを察したらしい。


彼は、一枚の古い羊皮紙を地図の上に広げた。


「ですが……もし広大な土地にご興味がおありでしたら、一つだけ。北方の平原に、没落した貴族が手放した、少々広すぎる土地がございまして……」


俺たちがその羊皮紙を覗き込む。


【売地:北方平原一帯 約10万ヘクタール】


「じゅ、10万……?」


(10万ヘクタールは、1ヘクタールが10000m² で.....平方キロメートルは1000000m²....平方キロメートルの100分の一で....10万割る100は......1000......ってことは、1000平方キロメートル.....か)


この王都が、すっぽり五つは入る広さだ。


「ええ。あまりに広すぎて、管理ができず、買い手がつかないのです。ほとんど森と荒野ですが、牧場を営むには最適かと」


「牧場……」


ミアの口から、よだれが垂れたのが見えた。牛、豚、鳥。彼女の頭の中は、今や無限に増殖する家畜でいっぱいなのだろう。


俺は、作り物の笑顔を浮かべる役人を見た。



「……買った」



こうして俺たちは、城主になる夢破れ、代わりに、東京23区の約1.6倍の面積を誇る、だだっ広い田舎の牧場主になったのだった。




俺の「買った」という一言で、全てが決まった。




役人は、まるで長年売れ残った呪物の在庫を処分できたかのように、満面の笑みで羊皮紙の書類に次々と印を押していく。


俺は、1000平方キロメートルの地主という、前世では考えられなかった響きに酔いしれ、震える手で「篠原圭(しのはらけい)」とサインをしたためた。


(もちろん、この世界の文字ではないので、ただのミミズが這ったようなサインだ。)



役人は、金貨が詰まった木箱を部下に運ばせると、深々と俺たちに頭を下げた。


「この度は誠にありがとうございます。では、こちらが土地の所有権を証明する証書にございます。どうぞ、良き地主ライフを...」


俺が、誇らしい気持ちでその証書を受け取った、まさにその時だった。


役人は、何かを思い出したかのように「ああ、そうだ」と軽く手を叩いた。



「一つ、言い忘れておりました。重要事項というほどでもございませんので、おまけ程度の情報ですが」



彼は、机の上の埃を指で払いながら、実に事務的な口調で言った。


「その土地、以前の領主が戦争で夜逃げ同然に出て行ってから、管理が放棄されておりまして。当時使役しておりました、いわゆる『付属資産』が、そのままになっております」


「付属資産……?」


俺が聞き返すと、役人はにこりと人の良い笑みを浮かべた。


「ええ。確か……三万人ほどの、奴隷がいますよ」


「…………は...?」


時間が、止まった。


俺の脳は、「三万」「奴隷」という単語を認識した瞬間、完全に思考を放棄した。


昨日まで奴隷堕ちの危機に怯えていた男が、一夜にして三万人の奴隷の持ち主になる。


そんな理不尽なインフレーションがあるか。あるはずがない。


俺は、持っていたはずの権利証書を、ペタ...カサ、と音を立てて床に落とした。



「さ……三万…に…人……?」



隣で、リオの顔から血の気が完全に引いていた。


元奴隷である彼にとって、その数字はただの数ではない。


三万通りの絶望と、苦痛の重みだ。


彼は、役人を睨みつけ、わなわなと唇を震わせている。


そして、ミアは。


一人だけ、きょとんと目を丸くしていた。

そして、次の瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。



「三万人!? すごい! アタシの新しいお友達だ!( ^∀^) 全員で鬼ごっこしたら楽しそうだね、圭!」



「……」

「……」



俺とリオは、もはや何も言えなかった。


役人は、俺たちの反応を「驚喜している」とでも解釈したらしい。

満足げに頷くと、彼は最後の仕上げとばかりに言葉を続けた。



「ご安心を。彼らは土地に縛り付けられた『地付き奴隷』ですので、逃げ出す心配もございません。それでは、私はこれで」



役人は丁寧にお辞儀をすると、そそくさと部屋を出ていった。

後に残されたのは、天文学的な資産と、東京23区の1.6倍の土地と、そして、三万人の新しい家族(?)。


「...よし、とりあえず、宿に帰るか……」


俺は、三万人の奴隷と、東京23区の1.6倍の面積という広大な土地を、一夜にして手に入れた事実に、まだ思考が追いついていなかった。


だが、時間は進む。


とりあえず、この途方もない情報を整理するためにも、一度落ち着ける場所が必要だった。


宿に戻ると、俺たちはまず、途方もない大金をどう保管するかで頭を悩ませた。宿の金庫ではとても入りきらず、かといって肌身離さず持っているのも危険すぎる。


結局、宿の主人を脅し(主にミアが)、地下室の一室を借り切って金貨を山積みにすることになった。その様子をリオは「どうせまたどこかを爆破するんだろう」と諦めたように見ていた。


金貨はまるで世界の真理のように、キラキラと輝き、あたりを黄金色に染めていた。


その夜、俺たちは宿の特別室で、豪華な夕食にありついた。


しかし、今まで質素な生活に慣れきっていた俺たちにとって、フォアグラもローストビーフも、まるで味気ないものに感じられた。



「やっぱり食堂の肉の方が美味しいね!」



ミアは、そう言って、大衆食堂で買ってきた串焼きの肉を頬張っていた。

リオは、豪華なスープを前に、ただ黙々と、しかし以前よりもずっと穏やかな表情で食事を続けていた。


食事を終え、俺はベッドに横たわり、今日一日の出来事を反芻した。金を手に入れたこと自体は喜ばしいが、その過程はあまりにも倫理に反していた。


そして、新たに手に入れた「三万人の奴隷」という存在。彼らをどう扱うべきか、俺の頭は解決策を見出せずにいた。


こんなに金があるのに、俺は一体何をすればいいんだ。


そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、隣のベッドで眠るミアは、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。


リオもまた、静かに眠りについている。


この世界に来てから、初めて感じる、奇妙な安堵感だった。




◇◇




翌朝。


俺が、この途方もない大金をどう運用すべきか、そして三万人の奴隷……いや、「準自由民」をどう管理すべきか、頭を抱えながら朝食を摂っていると、ミアがにこにことしながら俺の顔を覗き込んできた。


「圭! 今日はどこ行くの!? 新しいお友達に会いにいきたい!」


「新しい友達……?」


俺は一瞬、何のことかわからなかったが、すぐに合点がいった。


彼女が言っているのは、昨日契約したばかりの「三万人の準自由民」のことだろう。


彼女の中では、あの広大な土地と人々は、すべて「鬼ごっこの舞台」であり、「新しいお友達」なのだ。


「ああ、そうだな。じゃあ、今日は中央平野にある、俺たちの領地に行ってみるか...!!」


俺がそう告げると、ミアはぱあっと顔を輝かせた。


「やったー! 鬼ごっこ! 鬼ごっこできるかな!?」


俺は苦笑いをしながら、「まあ、そうだな...!」と適当に答えておいた。


リオは、俺たちの会話を黙って聞いていたが、その表情には、どこか諦めと、ほんのわずかな好奇心が混じっているように見えた。

彼は、中央平野へと向かう馬車の準備を始める俺たちを、じっと見つめていた。


宿の主人に手配してもらった馬車は、ごく一般的な乗り合い馬車だった。幌付きの四輪馬車で、特に豪華さはないが、荷物を積むには十分な広さがある。


馬は二頭立てで、御者台には人の良さそうなおじさんが座っていた。


「さあ、お乗りなさいー」


御者の声に促され、俺たちは馬車に乗り込んだ。


ミアは真っ先に窓際に陣取り、外の景色を興味深そうに眺めている。


リオもまた、窓の外に目を向けた。彼が王都の外に出るのは初めてのことだろう。

その顔には、今まであまり見せることのなかった、ほんの少しの楽しそうな色が浮かんでいた。


馬車がゆっくりと動き出し、王都の城門をくぐり抜ける。

喧騒が遠ざかり、広大な街道へと出ると、ミアが不満そうな声を上げた。



「圭ー! 遅いよ、これ! アタシの足の方が速いもん!」



彼女は、自分の足で走った方が、馬車よりも速いと感じているらしかった。


実際、彼女の尋常ではない身体能力を考えれば、それは事実だろう。


俺は、溜息をつきながら、ミアの頭を軽く叩いた。



「まあまあ、我慢しろ。色々と準備があるんだから」



リオは、そんなミアの様子に呆れたように視線を向けたが、やはり何も言わない。


ただ、窓から流れる景色を、真剣な眼差しで見つめ続けていた。


彼の心の中には、この初めての旅路が、どのような感情を巻き起こしているのだろうか。


王都を離れ、馬車はゆっくりと中央平野へと向かう。


新たな冒険の始まりは、ミアの不満と、リオの秘めたる期待、そして俺の尽きることのない悩みと共に幕を開けたのだった。



少しでも「面白い」とか「何これ」とか思ったら星つけてね。

星一でも歓迎です。

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