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3470倍の花

王都を揺るがした大火災の翌朝。


俺たちは、煤と焦げ臭い匂いが染み付いた裏路地で、目を覚ました。

朝日が、建物の隙間から筋のように差し込んでいる。



「……終わった。もう、なにもかも……」



リオが壁に背を預け、虚ろな目で呟いた。

街には普段の三倍以上の衛兵が巡回しており、俺たちは完全に追い詰められたドブネズミだ。



「おなかすいたー……( ; ; )」



ミアは、もはやそれしか言わなくなっていた。


だが、俺だけは違った。


「いや、まだだ。まだ終わってはいない。結果を、確認しに行くぞ!」


俺は、ボロ布で顔を半ば隠しながら、立ち上がった。


その目には、昨夜の狂気とはまた違う、異様な光が宿っていた。




俺たちは、衛兵の巡回を避け、物陰から物陰へと飛び移るようにして、再び王都の中央広場へと向かった。


広場は、昨日以上の人だかりだった。


血走った目をした貴族、顔面蒼白の商人、そして野次馬たちが、一つの場所に殺到している。


巨大な掲示板だ。


俺は人混みをかき分け、その前にたどり着く。

そして、羊皮紙に走り書きされた、新しい価格を見た。





「『王國血油裏符(王國チューリップ)』、本日の基準価格————金貨1041枚」

「備考:何者かによる、市場の全在庫焼失につき、現在取引停止中」




俺は、自分の目を疑った。



金貨、1041枚。



銀貨に換算すれば、10410枚。



二日前、銀貨3枚にまで暴落したあの花の価値が、たった一夜にして、3470倍に跳ね上がっていた。




「…………」



俺は、ゆっくりと振り返った。

そして、天を仰ぎ、静かに、しかし腹の底からこみ上げる歓喜と共に、笑い出した。





「は……キ……キッッターーーーー!!!!!シャーーーー!!!オラーー!!!!!」



見たか!!!!これが物理学だ!これが経済学だ!!!人為的な供給ショックによる、価格の指数関数的爆発!デフレからの強制的なハイパーインフレーション!俺の理論は!俺の狂気は!!!!正しかったのだ!!!ピシャード見たか!!!俺の勝ちだ!!!!




「……嘘だ…ろ…?」




後ろで、リオが信じられないものを見る目で掲示板と俺を交互に見比べ、その場にへたり込んだ。


彼の常識と理性が、目の前の現実によって完全に破壊された瞬間だった。



「圭? どうしたの? 勝ったの? お肉は??」



唯一状況を理解できていないミアが、俺の服の袖を引っ張る。


俺は、狂喜の笑みを浮かべたまま、彼女の肩をがっしりと掴んだ。



「ミア……肉じゃない。国が買えるぞ」



その言葉に、ミアの目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。



「くに……が……( ・∇・)?」



こうして、俺たちは一夜にして、王都を揺るがす大犯罪者から、天文学的な資産を持つ、世界一幸運なテロリストへと変貌を遂げた。


そして、俺たちの運命を賭けたゲームは、まだ終わらない。


何故なら、俺たちはまず、この大金とチューリップを賭けた相手、ピエロのピシャードを探し出さなければならないのだから。





——俺たちは、顔をボロ布で隠しながら、あのピエロの男、ピシャードの行方を探して路地裏をさまよい始めた。


「……本当に現れるのか。街中が大騒ぎになっているのに」


リオが不安げに呟く。


「ああ、現れる。奴はギャンブラーだ。自分が仕掛けたゲームの結果を、特等席で見届けないはずがない」


俺は、妙な確信をもって答えた。


「ピシャード、どこー?お肉のお金ー!!!」


ミアが、まるでかくれんぼでもするかのように、無邪気な声を上げる。


その時だった。


路地の向こうから、陽気な歌声と、ジャラジャラと無数の硬貨がぶつかり合う、下品極まりない音が聞こえてきた。



「いたぞ!」



角を曲がると、信じられない光景が広がっていた。


三日前まで薄汚れたピエロの格好をしていたピシャードが、紫と金で彩られた、悪趣味の極みのようなシルクのスーツを身にまとい、路地裏の浮浪者たちに金貨をばらまきながら、狂ったようにタップダンスを踊っていたのだ。



「ヒャッハー!運命の女神が俺にキスをした!見てくれ、この輝き!これが勝利の味だぁ!!!」



ピシャードは、やがて俺たちに気づくと、その狂乱の踊りを止めずに、カニのような横歩きで猛スピードでこちらにやってきた。


その足取りは、幸運のあまり、もはや地面についていないようにすら見えた。



「おお!来たか、我が幸運の女神様御一行!」



彼は、俺とリオなど目に入っていないかのように、ミアの前にひざまずいた。



「アンタたちのおかげだ!俺がこっそり隠し持っていた残りの球根がな、今朝、屋敷が燃えて半狂乱になった伯爵に、城が買えるほどの値段で売れたんだ!あの美しい炎!あの最高の混乱!全てが俺に味方した!」

ピシャードは、俺たちが放火したことなど百も承知で、むしろ俺たちを「最高のビジネスパートナー」として称賛している。



彼は指を鳴らすと、屈強な男たちが、巨大な木箱を三つ、俺たちの前に「ドン!」と置いた。


「さあ、受け取ってくれ!約束の報酬だ!俺たちのゲームの、輝かしい勝利の分け前をな!」


ピシャードが木箱の蓋を蹴り飛ばす。


その中には———金貨、金貨、金貨。そして、山のような宝石までもが、無造作に詰め込まれていた。





「うおおおおおおぉぉぉぉ……!!!!!!!!!」




俺の口から、知性のかけらもない声が漏れた。



「やったー!お金!お肉!圭、お城も買っていい!?( ^∀^)イエェーーーイ!!!」



ミアは、歓声を上げて金貨の海に飛び込み、犬かきのように泳ぎ始めた。


「……俺たちは……とんでもないことをしてしまった……のか?」


リオだけが、目の前の富と、街の向こうで未だ燻る煙を交互に見比べ、その場に立ち尽くしていた。



「じゃあな、幸運の使者たちよ!俺はカジノでも買収してくる!アデュー!!!」



ピシャードは高笑いを残し、スキップを踏みながら去っていく。


こうして俺たちは、奴隷堕ちの危機から一転、使い道に困るほどの大金を手に入れた。


全ては、俺の狂気と、放火と、そして、この狂った血油裏符(チューリップ)市場のおかげだった。



◇◇



ピシャードから渡された三つの巨大な木箱。


それは、俺たちの金銭感覚と、ドブに沈んだ倫理観を完全に麻痺させるのに十分すぎる量だった。


「よぉぉぉし!!!!!まずは服だ!俺たちはもはやドブネズミじゃ、ない!!!王都の主役たるに相応しい、気品あふれる装いをするぞ!!!!!」


俺は今までにない笑顔で高らかに宣言し、二人を連れて王都で最も高級な貴族御用達のブティックへと殴り込んだ。


ベルベットの絨毯、


歪んだ苦笑いを浮かべる店員、


そして糸屑一つ落ちていない床。


そして、ボロボロの服を着た謎の三人。


場違すぎる俺たちに、貴族達の冷ややかな視線が突き刺さる。


俺は構わず、金貨をカウンターの店員の顔に投げつけた。


「一番いいやつを、上から下まで全部だ!!!!」

「イエ〜〜イ٩( ᐛ )و」




◇◇





ーー数時間後。


俺たちは、店の外で全員、死んだ魚のような目をしていた。



「……圭、これ、苦しい。棍棒が振れない(T ^ T)」



ミアは、レースとリボンで過剰に装飾されたドレスの窮屈さに、今にも暴れ出しそうだ。



「人間工学を一切無視した設計だ。首周りのフリルが肌に擦れて、集中力を著しく削がれる……ググッ」



俺も、糊の効きすぎたシャツと、体を締め付けるベストに辟易していた。



「.......」


リオに至っては、金刺繍の施されたピカピカの少年服を着せられ、ただただ無表情で遠くを見つめている。



「……もう、いい。帰るぞ...」



俺たちは、購入した(そして二度と着ることはないであろう)豪華な服の山を店の前に叩きつけるように放置すると、すぐ隣にあった、ごく普通の仕立て屋に駆け込んだ。


そして、丈夫な麻のシャツと、動きやすい革のズボン、頑丈なブーツを三着ずつ買った。


結局、俺たちには、これが一番だった。


服の次は、食欲だ。


俺たちは、王都で一番賑わっている大衆食堂の扉を蹴破るように開けると、有り金に物を言わせて、店を丸ごと貸し切りにした。


「肉だ!とにかく、焼いた肉をありったけ持ってこい!!!」


テーブルには、次々と料理が運ばれてくる。


丸焼きにされた猪、山のように積まれたソーセージ、人の頭ほどもある骨つき肉。


「お肉ーーーっ!!!」


ミアは、歓喜の雄叫びを上げて肉の山に飛びついた。その食べっぷりは、もはや食事ではなく、捕食だった。料理が追いつかず、一時王都中の食堂が動員されるまでの事態になった。


俺もリオも、最初はその勢いに圧倒されていたが、やがて理性のタガが外れ、三人で無心に肉塊を貪った。


胃袋がはち切れ、幸福な満腹感に満たされた俺たちが、次に目を付けたのは、不動産だった。



「よし、ミア、リオ。次の目標だ」



俺は、店の窓から見える、王城の尖塔を指差した。



「あの城を買うぞ」



王都の不動産を管理する役所。

そこで、俺は担当の役人に向かって、木箱から金貨を鷲掴みにして見せつけた。



「王城はいくらだ?」



役人は、俺たちの格好と金貨の山を交互に見比べた後、丁重に、しかし隠しきれない侮蔑の笑みを浮かべて言った。



「お客様。大変申し上げにくいのですが....そのご予算では、王城の『門の蝶番』を一つ、買えるかどうか、といったところでございます」



「…………は?」



「王城は売り物ではございませんし、仮に売るとなりますと、この国の国家予算の数十年分に相当いたしますので」



俺たちの野望は、開始一秒で粉々に砕け散った。



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