市場操作(物理)
「問題が分かった。そして、解決策も見つけた」
「「解決策……?」」
「ああ。市場が論理的に動かないのなら、物理的に動かせばいい。需要と供給のバランスが崩れているのなら、強制的に是正すればいいだけの話だ」
俺は、王都で最も多くのチューリップ球根が保管されているであろう、商人ギルドの巨大な倉庫の方角を指差した。
「俺たちに残された道は一つだ。生き残るための、唯一の作戦は……」
「チューリップ市場を燃やして、物理的にチューリップの価格を上げる」
「…………は?」
リオの口から、魂の抜けたような声が漏れた。
「...どゆこと?( ・∇・)」と、ミアはついに石像の状態から解放されて小首を傾げた。
「説明しよう。簡単なことだ」
俺は胸を張り、杖で地面に雑な図を描きながら、この狂った作戦の全貌を二人に開示した。
その内容は、およそ「作戦」と呼ぶにはあまりにも杜撰で、暴力的なものだった。
「まず、フェーズ1:ミア。君が先行して、目的の倉庫にいるであろう護衛を『静かに』してもらう」
「しずかに?( ・∇・)」
「ああ。つまり、二度と声を発せないように、物理的に沈黙させるということだ。君の得意分野だろう」
俺が言うと、ミアは一瞬きょとんとした後、ふふっ、と口元を歪めて笑った。
「フェーズ2は俺が担当する。倉庫内に侵入し、保管されている球根、及び周辺の可燃物全てに、俺の炎魔法をもって『熱力学的調整』を加える。要するに、全部燃やすってことだ」
「そして、フェーズ3:リオ。君は最も重要な役目だ。我々の脱出経路を確保する。追手が来れば氷の壁で妨害し、混乱に乗じて人混みに紛れるための目眩ましを用意する。いいな?」
それが、俺の考えた「作戦」の全てだった。
緻密な計算も、潜入計画も、状況変化への対応策もない。
ただ、それぞれの最も得意な暴力で一点を突破するという、あまりにも野蛮な計画。
静寂が、場を支配した。
先に沈黙を破ったのは、ミアだった。
「ふふ……あはは!わかった、圭!つまり、邪魔なやつらをぶっ飛ばして、圭がドカーンってやって、リオが逃げ道を作るんだね!面白そう!!!( ^∀^)」
彼女は嬉しそうに棍棒を肩に担ぎ、完全に了承した。
その瞳は、これから始まる「お祭り」を前にした子供のように、無邪気に輝いている。
問題は、リオだ。
彼は、血の気の引いた顔で、固まっていた。
その顔には「絶望」という二文字が、くっきりと刻まれている。やがて、震える声で呟いた。
「……正気か?それは作戦じゃない、ただの凶悪犯罪の計画書だ。商人ギルドを敵に回す?王都で?捕まれば奴隷どころか、火炙りにされるぞ……!」
「その通りだ。だからこそ、やるんだ!!!!」
俺は、リオの肩に手を置いた。
「俺らにはもう、失うものがない。だが、この賭けに勝てば、全てが手に入る。やるしかないだろ?」
俺の、狂気に染まった目で真っ直ぐに見つめられ、リオは言葉を失った。
彼は、楽しそうに準備運動を始めるミアと、理屈の通じない俺を交互に見た。
そして————。
「…………はぁ」
天を仰ぎ、魂の底から絞り出すような、深いため息をついた。
「……わかった。」
彼は、全てを諦めたように、全てを受け入れたように、力なく頷いた。
「どうせ俺たち、もうまともには生きらまい……やってやるよ、それしか道がないなら...!」
こうして、王都の商業の中枢を文字通り焼き尽くすという、前代未聞の放火計画は、二名の狂人と、一名の常識人の諦観によって、静かに承認されたのだった。
◇◇
作戦決行は、その日の深夜。
王都の大部分が眠りに落ち、月だけが石畳を青白く照らす頃だった。
俺たちは商人ギルドの倉庫が立ち並ぶ地区の、路地の闇に紛れていた。
「いいか、俺の合図があるまで、音を立てるな。壁に沿って、空気の粘性抵抗を最小限にするように動け。いいね、ミア?」
俺が物理学者らしい、完璧な指示を小声で出す。
「うん!『しのびあし』だね!( ・∇・)」
ミアはそう言うと、巨大な棍棒を背負ったまま、そろり、と一歩踏み出した。
パッッッバキッ!!!!!!
彼女が踏みしめた石畳に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
静寂な路地に、あまりにも場違いな破壊音が響き渡る。
「だれだッ!!」
すぐさま、倉庫の入り口を守っていた屈強な警備兵が二人、槍を構えて飛び出してきた。
「あ」
ミアが、しまった、という顔をする。リオは膝から崩れ落ちる。
「……作戦、開始だ」
俺が絶望と共に呟くより早く、ミアは動いていた。
「『しずかに』だよね!( ^∀^)」
彼女は獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべると、凄まじい速度で警備兵たちに突進した。
バッッゴッ、という鈍い音が二回。
悲鳴を上げる間もなく、分厚い鎧に身を包んだ男たちが、あらぬ方向に折れ曲がって路地の壁に叩きつけられた。
案の定。完全に作戦は破綻した。
カンカンカン!とけたたましい警鐘の音が鳴り響き、倉庫地区の至る所から、数十人規模の警備兵が怒号と共に殺到してくる。
「も、こうなったら正面突破だ!!!!突っ込むぞ!!!」
「だから無謀だと言ったんだ!」
リオの悲痛な叫びも、騒乱の中では虚しい。
ミアが先頭に立ち、迫りくる警備兵の集団に棍棒を振り回す。
もはやそれは戦闘ではなく、嵐だった。人体が紙切れのように舞い、盾も槍もビスケットのように砕け散る。だが、敵の数が多すぎた。
波のように押し寄せる兵士たちに、俺たちは倉庫の入り口にたどり着くことすらできない。
「くそっ!埒が明かない!」
俺の魔法も、乱戦の中では味方を巻き込みかねず、牽制程度にしか使えない。
計画は完全に頓挫した。焦りと、無力感と、この理不尽な状況に対する純粋な「怒り」が、俺の腹の底でマグマのように膨れ上がっていく。
(なんでだ!? なんで俺の完璧な計画がこうなる!? ただ、王都で一番価値のある倉庫を一つ燃やしたいだけなのに、なぜ全力で邪魔をする!? ふざけるな!!!!!)
俺は、もう倉庫の中に入ることすら諦めた。
「……いいだろう。中に入れないなら、外からやればいいだけの話だ」
俺はミアとリオから少し下がり、杖を構えた。
そして、今まで学んだ魔法の法則、魔素の流れ、杖による増幅の理論、その全てを脳内で組み立てる。
だが、そこに加えた最後のピースは、論理ではなかった。
純粋な、破壊衝動だった。
「...死ね!!!!倉庫!!!!」
俺が杖を倉庫に向けた瞬間、杖の先端に、ありえないほどの魔力が収束していくのが分かった。
それは、もはや炎ではなかった。世界から色と音を奪う、高密度のエネルギーの塊。白い、小さな太陽。
「《ファイアー炎》!!!!」
俺が意味不明な技名の絶叫と共に杖を振り下ろした。
次の瞬間、世界が白く染まった。
爆音は、なかった。
ただ、凄まじい光の津波が、俺が放った一点から爆発的に広がり、眼前の警備兵も、頑丈な石造りの倉庫も、その隣の民家も、そのまた隣の商店も、全てを等しく飲み込み、一瞬にして気化させた。
数秒後。
後に残されたのは、巨大な半円状のクレーターと、赤熱し、ガラスのように溶けて輝く地面だけだった。
あたりの景色は赤く染まり、地獄にやってきたのとそう変わりはない。
「…………」
静寂の中、俺はぜえぜえと肩で息をする。
ミアは、目の前の光景に「おおー!( ・∇・)」と目を輝かせている。
そして、俺の後ろにいたリオは。
自分たちが逃げて帰るはずだった路地が、今や灼熱地獄の一部と化しているのを見て、ただ、呆然と呟いた。
「…………帰り道が……溶けてる……」




