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秘密の特訓

俺たちは、夕暮れの荒野を、ただ黙々と王都に向かって歩いていた。


あたりには、先ほどの戦いの爪痕が生々しく残っている。巨大なクレーター、黒く焼け焦げた大地、そして放置された魔物の死骸。


そんな地獄のような風景の中を、三人の家族?(一人は元・物理学者)がとぼとぼと歩いている。

あまりにもシュールな光景だった。


「けーいー、足、痛いー。お腹もすいたー、おんぶーー」


4kmほど歩いた後、ミアが、案の定、泣き言を言い始めた。


隣を歩くリオは、終始無言だが、その表情は「なぜ俺は、こんな気狂いたちと行動を共にしているんだ」と、人生そのものを呪っているように見えた。


俺は、そんな二人の様子に気づかないふりをしながら、自らの無力さを噛み締めていた。


戦闘では役に立たず、妻を売ろうとさえした。

挙句の果てには、侮蔑されていたはずの上官に同情され、交通費すら払えずに、この地獄を歩いて帰る羽目になっている。


(……情けない。あまりにも情けない)


俺に力があれば。せめて、あの兵士たちが使っていた、空気弾の一つでも撃てたなら。


理論はわかっているんだ。魔力の構造維持ができないだけだ。


つまり、足りないのは、圧倒的な練習量なのでは?




その考えが頭に浮かんだ瞬間、俺はもう、じっとしていられなかった。




「よし」


俺は、突如として立ち止まった。


「圭? どうしたの?おんぶしてほしいの?」


ミアが不思議そうに俺の顔を見る。



「黙って見てろ。俺は、ここで最強になる」



俺は、意味不明な宣言をすると、道端に生えていた枯れ草の茂みに向かって、両手を突き出した。


杖を使えばいいと思うだろうが、それでは精密な制御の練習にならない。拳こそが正義だ。


兵士たちの動きを思い出す。魔力を集中させ、空気を圧縮し、推進剤として魔素を―――



ぷすん。



俺の手のひらから、気の抜けたような音と共に、小さな空気の渦が生まれた。


渦は、3メートルほど進んだ先で、儚く消える。枯れ草は、そよとも動かなかった。


「……もう一回だ!」


ぷしゅん。


「もう一回!」


ぷす。


「……お、俺は、やればできるんだ…!」


ぷすん、ぷしゅ、ぷす、ぷすん。




俺は、完全にどうかしていた。


周りのことなど何も見えず、ただひたすらに、情けない発射音を繰り返しながら、枯れ草に向かって謎の練習を打ち込み続けた。


何度も、


何度も、


何度も。



そんな俺の奇行を、ミアとリオが、地球外生命体でも見るかのような冷たい目で見つめていた。


日は沈みかけ、冷たい風が吹く。



その時だった。


ふと、俺たちの頭上に、巨大な影が差した。


「……なあ」


リオが、ぼそりと呟いた。


「.....圭?」


ミアが悲しそうに声をかける。


「なんだ! 今、集中してるんだから、邪魔するな!」


「いや……上」


リオが指をさす。


「上?」


俺が、訝しげに空を見上げた瞬間、思考が完全に凍り付いた。


そこには、片方の翼に包帯のようなものを巻きつけ、明らかに手負いの状態のドラゴンが、ホバリングするようにして滞空していた。


その背中にまたがった緑色の肌の魔物(ゴブリンの上位種だろうか)と、俺の目が、ばっちりと合ってしまった。


敵は、攻撃してこない。


ただ、困惑したような、信じられないものを見るような目で、枯れ草に向かって「ぷすぷす」と謎の攻撃を繰り返す俺のことを、じっと見つめているだけだった。


どうやら、戦場から一人だけはぐれて、すごすごと巣に帰る途中だったらしい撤退中のドラゴンに、俺のあまりにも馬鹿げた秘密の特訓が、普通に見つかってしまったようだった。




撤退中のドラゴンと、その背中に乗るゴブリンの上位種。


そして、地上で謎の練習をしていた俺と、凍りつく仲間たち。


両者の間に、奇妙で、張り詰めた沈黙が流れた。


ゴブリンの視線が、俺から、隣のミア、そしてリオへと移る。


その目には、敵意や殺意よりも、純粋な「困惑」の色が浮かんでいた。


(なんだ、こいつら? なぜ子供がこんな場所に????? なぜ、俺を見ても怯えない???)


彼の目が、そう語っているように見えた。


対するリオも、いつでも魔法を放てるように身構えながらも、攻撃してこない敵に戸惑っている。


ミアに至っては、ドラゴンを指差して「わんわんお!!」とか言い出しかねない、キラキラした目をしている。


風の音と、手負いのドラゴンの荒い息遣いだけが、やけに大きく聞こえる。


三十秒ほどの、永遠にも感じられる沈黙が流れた。


やがて、その長い沈黙を破ったのは、ゴブリンの方だった。


彼は、何かを諦めたように、深く、深いため息をついた。


そして、自分の鞍袋をごそごそと漁り始める。


俺は、武器を取り出すのかと身構えたが、彼が取り出したのは、干し肉の塊と、小さな革袋だった。


ゴブリンはそれを、ぽい、と無造作に俺たちの足元へと放り投げた。

革袋からは、ちゃりん、と数枚の金貨がこぼれ落ちる。


「……ku. ikr tmn.」(訳:……食え。生きるために)


彼はそれだけ言うと、忌々しげに舌打ちをし、王都の方向を顎でしゃくった。


「tch… tchu md, nst yr.」(訳:ちっ…途中まで、乗せてやる)


俺たちは、顔を見合わせた。

敵であるはずの魔物に、食料と金、そして移動手段まで提供される。

もはや、何が何だか分からなかった。


有無を言わさぬ雰囲気に、俺たちはその申し出を受けることにした。

ミアは「わーい、ドラゴンだー!」と大喜びで、リオは警戒しつつも、その背中へと続く縄梯子を登っていく。


俺も、それに続こうとした。その時だった。


「mt」 (訳:待て)


ゴブリンが、俺を手で制止した。


そして、心底気味が悪いものでも見るかのような目で、俺を上から下まで眺めると、ドラゴンの巨大な尻尾の付け根あたりを指差した。


そこには、荷物を運ぶためであろう、頑丈なカゴが括り付けられていた。


「ome w... sk d.」(訳:お前は…そこだ)


どうやら、手負いのドラゴンに三人乗りはきつい、という真っ当な理由と、枯れ草に向かって奇行を繰り返していた俺がシンプルに気味が悪い、という理由が合わさった結果らしい。


俺は、何も言い返せなかった。


こうして、ミアとリオはドラゴンの背中で優雅な(?)空の旅を楽しみ、俺だけが、巨大な尻尾の付け根で、生臭い風と、ドラゴンの放屁に耐えながら運搬されるという、屈辱的な護送が始まったのだった。



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