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社会的信用がゼロ

勇者パーティが去った後、戦場には呆然とした兵士たちと、静寂だけが残された。


もはや、戦うべき敵はいない。俺たちが受注した「救護任務」も、救護すべき負傷者を生み出すはずだった「戦い」そのものが消滅したことで、強制的に終了となった。


俺たち三人は、例の上官に促されるまま、王都へ帰還する兵士たちのための馬車へと案内された。


「君たちの任務は、不可抗力により終了となった。残念だが、ギルドからの報酬は出ないだろう」

上官は、申し訳なさそうな顔で俺に告げた。


「いえ、命があっただけでも…」


俺がそう答えると、彼はさらに言いにくそうに、目線を土に移し、言葉を続けた。


「それと、もう一つ。ギルドの契約書にある通り、任務が遂行されなかった場合の帰りの交通費は、依頼者の全額自己負担となる。この馬車に乗るなら、一人あたり銀貨五枚を支払ってもらわなければならない」


彼は、俺たちが持っていた依頼書の半券の、粒子のような大きさで書かれた注意書きを指差した。


そこには、確かにそう書かれていた。




(……詰んだ)




俺たちの全財産をかき集めても、銀貨一枚にすら届かない。


どうする? このままでは、王都に帰ることすらできない。


俺の脳裏に、最悪の選択肢が浮かんだ。



(……いや、手はある。ミアを、あの『救護任務』の本来の目的地だった『病院』に送り込めば…ミアは結構可愛いし....金は、手に入るはずだ。そうすれば、馬車代くらいは…)



俺が、人間として、夫として超えてはならない一線を越えるかどうか、本気で悩み、顔に内心の葛藤が滲み出ていたのだろう。


隣にいたリオが、心底軽蔑した、汚物でも見るかのような目で、俺をじっと見ていた。


「……お前、本気で考えてるのか。ミアを、売ることを」


その冷たい声に、俺はハッと我に返った。


そうだ、俺は何を考えていたんだ。どんなに追い詰められても、それだけは駄目だ。それだけは。

(それに....まだミアと...シテないし!?)



リオのドン引きした視線が、俺に残っていた最後の理性を呼び覚ましてくれた。


俺は、乾いた笑いを浮かべると、二人に向き直った。


「……はは、冗談だよ。よし、決めだ!!」


俺は、王都の方向を親指で指し、勇者達に対抗するように、高らかに宣言した。


「普通に、歩いて帰ることにする!!!!」


ミアは「えー、歩くのー?」と不満そうに頬を膨らませ、リオは「最初からそうしろ」とでも言いたげに、深く深いため息をついた。


俺は、そんな二人の反応から目を逸らし、帰還準備を進める兵士たちを眺めていた。


兵士たちは、手際良く負傷者を担架で馬車に乗せ、自らも次々と乗り込んでいく。

その誰もが、当たり前のように、懐から銀貨を取り出しては、馬車の御者へと渡していた。


(そりゃそうだよな…兵士として給金をもらっている彼らにとって、銀貨数枚など、端金にも満たないのだろう)


しかし、俺たちにとって、それは天文学的な数字だった。この世界において、銀貨一枚すら持っていないということは、社会的な信用度がゼロであることの証明に他ならない。


あまりにも惨めだった。


やがて、準備を終えた最後の一台の馬車が、出発の合図を待っていた。


兵士たちで満載の幌馬車。


その御者台の隣には、俺たちにパンをくれた、あの上官が座っていた。


彼は、まだ戦場に取り残されている俺たち三人に気づくと、最後にもう一度だけ、確認するように声をかけてきた。


「…本当に行くぞ。今ならまだ、乗せてやれんこともない...銅貨3枚にしてやろうか?」


その声には、わずかな同情の色が滲んでいた。しかし、俺にはもう、後には引けない見栄があった。


提示されたとんでもない値引き。銀貨一枚が銅貨10枚だから....実に94%オフである。


もちろん、銅貨3枚ですら、「気狂い奴隷」と「気狂い少女」と「元奴隷」の三人組は持っているわけがないのである。


「いえ、お構いなく。我々には、我々のやり方がありますので(涙目)」


俺は、自分でも白々しいとわかる、精一杯の虚勢を張って、そう答えた。


上官は、それ以上何も言わなかった。ただ、何かを諦めたように小さく頷くと、御者に「出せ」とだけ命じた。


ギシリ、と車輪が軋む音を立て、最後の馬車がゆっくりと動き出す。

王都へと向かう、唯一の希望が、俺たちの前から遠ざかっていく。


俺と、ミアと、リオ。


たった三人だけが、広大な戦場の跡地に、ぽつんと取り残された。


数万の魔物の軍勢を退けた「奇跡」の直後だというのに、その光景は、あまりにも滑稽で、あまりにも惨めだった。


馬車が、街道の向こうへ消えていく。


その最後尾、幌の中から、あの上官がこちらを振り返っているのが見えた。


彼の顔には、もう侮蔑や非難の色はなかった。


ただ、どうしようもなく哀れなものを見るような、深い、深い悲しみの色が浮かんでいた。


やがて、彼の口が、わずかに動いたのが見えた。


声は、ここまで届かない。しかし、俺には、彼が何を言ったのか、はっきりとわかった。



「……お前ら……大変なんだな……」



その、あまりにも純粋な同情に満ちた言葉が、どんな罵声よりも、俺の心を抉った。


俺は、俺たちは、夕暮れの荒野に立ち尽くしたまま、しばらく動くことができなかった。



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