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神の祝福

「主人公」を自称する赤髪の少年が「立派な演説」を終えると、戦場の空気が変わった。


いや、彼ら四人だけが、戦場の法則から切り離されたかのように、異質な魔力のオーラを放ち始めた。



「―――聖女よ、我に祝福を」



赤髪の少年が命じると、白いローブの聖女は「はい...リュカ様」と答え、懐から小さな木の盤と、羽ペンのような形状のスタイラスを取り出した。


そして、次の瞬間、常人には捉えられないほどの、とんでもないスピードで、その木の盤に何かを書き込み始めた。カタカタカタ、と乾いた音が、静かになった戦場に響く。



(あれは…呪文の詠唱の代わりか? 何かの儀式…?)



俺がその異様な光景を見ていると、聖女の木の盤から放たれた光が三人の魔力を吸い取り、赤髪の少年へと降り注いだ。


彼の赤い髪はさらに輝きを増し、その体からは、まるで恒星のような、圧倒的な魔力が溢れ出す。



「はぁぁぁっッ!!!!!!!!」



聖女の加護を受けた少年は、その身の丈ほどもある大剣を、水平に、ただ薙いだ。



「シュ....パッ」



たった、それだけの一振り。


しかし、その一振りから放たれたのは、もはや斬撃というより、空間そのものを断裂させるような、純白の光の奔流だった。


「シュッッッッ」


光は、地平線を埋め尽くす魔物の軍勢を音もなく飲み込み、一瞬にして、その全てを消滅させた。


爆音も、悲鳴も、何もなかった。


ただ、光が通り過ぎた後には、大地が根こそぎえぐり取られた、巨大な爪痕だけが残されていた。



(……魔法だ。理屈も、法則も、何もかもを超越した、本物の『魔法(非科学現象)』だ…)



あまりの超常現象に、俺は呆然と立ち尽くす。もはや完全にファンタジーの世界だ。


俺の知る物理法則など、この世界では何の意味もなさないのだ。


俺が、自らの無力さと、この世の真実に打ちひしがれていると、ふと、先ほどの聖女の動きが目に留まった。


彼女は、役目を終えた木の盤を、小綺麗なローブの袖で拭いている。


その時、俺の目に、盤に書き込まれていた文字が一瞬だけ見えた。


そこに書かれていたのは、難解な古代文字でも、神々しい神への祈りでもなかった。




『F=ma』




運動方程式。


それは、俺が前世で嫌というほど見てきた、計算式。


彼女は、膨大な物理演算と運動のシミュレーションを、あの盤の上でリアルタイムに実行し、その結果に仲間達の魔力を乗せて、「奇跡」として現出させていただけなのだ。



「……普通に、物理だったわ」



俺は、静かに声をこぼした。





「ヒュッーゴーーー.....」


勇者パーティによる「物理的な奇跡」が、数万の魔物軍を一瞬で消し去った後、戦場には再び、唸るような風の音だけが戻ってきた。


兵士たちは、目の前で起きたあまりの出来事に、全員が石のように固まり、誰一人として声を発することができない。


その静寂を破り、一人の男が塹壕から這い出してきた。以前、ミアとリオにパンをくれた、あの上官らしき男だ。


彼は、泥だらけの顔に深い感動と感謝を浮かべ、勇者パーティ、特にリーダーである赤髪の少年の前まで駆け寄ると、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 貴方様方のおかげで、我が隊は全滅を免れました! このご恩は、生涯…」


「ああ、そんなことはどうでもいい」


上官の言葉を、赤髪の少年は、虫でも払うかのように、あっさりと遮った。


「こっちは、王都までの道中、退屈だったから、ちょうどいい『暇つぶし』ができただけだ。礼を言われる筋合いはない」


そのあまりにも傲岸不遜な態度に、上官は言葉を失う。


少年は、そんな彼を値踏みするような目で見下ろすと、続けた。


「それよりも、だ。あんた、そこそこの地位にいるんだろ? 今の俺たちの『功績』、ちゃんと上に報告するんだろうな? 時期国王の『後継者争い』において、俺たちの派閥がどれだけ有利になるか…あんたの報告一つにかかってるんだからな。わかってるな?」


少年にとって、兵士たちの命も、この戦いの勝敗も、全ては自らの権力闘争のための駒でしかなかった。


俺がその腐りきった英雄像に吐き気を催していると、隣のミアは、そんな政治的な会話など全く耳に入っていない様子だった。


「うわぁーー、あの子可愛い!話してきていい??Σ('◉⌓◉’)」


彼女は、ただ一点、白いローブの聖女様を、キラキラと輝く目で見つめていた。その視線は、新しい、強くて可愛いお友達を見つけた時の、それと全く同じだった。



「あ....ああ....」


そして、いつもはクールなリオは、未だに口を半開きにしたまま、硬直していた。


彼にとって、先ほどの光景は、科学でも物理でもなく、理解不能な本物の「奇跡」にしか見えなかったのだろう。


その顔には、神を見たかのような、畏怖と呆然の色が浮かんでいた。


やがて、赤髪の少年は用は済んだとばかりに、感謝を伝える言葉も見つけられずに立ち尽くす上官を無視し、仲間たちを連れて再び王都の方向へと再び歩き出した。


彼らにとって、この戦場は、ただの暇つぶしと、政治的なアピールの場に過ぎなかったのだ。


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