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初めてのギルド

俺が、反論できない事実に打ちのめされていると、そんな空気をぶち壊すように、ミアが俺の服の袖を引っ張った。



「圭ー、お腹すいたー。さっきの人、壊れちゃったし。次はどこでご飯食べる?」



見れば、彼女は指をくわえながら、本気で次の食事の心配をしていた。


俺が、もう一人の「気狂い」の言動に、精神の崩壊を感じ始めた時、不意にリオが口を開いた。



「…腹が減ってるなら、金を稼げばいい」



その声には、先ほどまでの困惑の色は消えていた。


代わりに、どこか吹っ切れるような、この状況を楽しんでいるような、微かな笑みが浮かんでいるように見えた。



「稼ぐって、どうやって…?」


俺が尋ねると、リオは呆れたようにため息をついた。



「『ギルド』に行けばいい。魔物を討伐すれば、賞金がもらえる。お前たちなら、街の一つや二つ、簡単に壊せるだろ」



その言葉には、純粋な戦力評価と、ほんの少しの皮肉が込められていた。


こうして、俺たちは衛兵の目をかいくぐり、王都の裏路地を駆け抜け、「冒険者ギルド」と呼ばれる場所にたどり着いた。


ギルドといえば、ファンタジーの定番。


きっと、笑顔の素敵な可愛い受付嬢が迎えてくれるに違いない。






ーーそんな淡い期待は、ギルドの扉を開けた瞬間に打ち砕かれた。



「あぁん? 新入りか? 仕事を探しに来たなら、そこの依頼掲示板でも見てろ」



カウンターの奥から聞こえてきたのは、野太いダミ声だった。


そこにいたのは、エルフの美人お姉さんなどではなく、片目に傷のある、いかついおっさんだった。


俺はがっくりと肩を落としながら、壁に張り出された依頼書クエストボードに目を移した。


そこには、羊皮紙に書かれた様々な仕事が、無造作に貼り付けられている。



(よし、ゴブリン退治とか、薬草採取とか、初心者向けの仕事でもあるか…?)



俺は、依頼書の一枚を手に取り、その内容を読み上げた。


【依頼内容:ゴブリン集落の井戸への毒物混入】

【報酬:銀貨三十枚】

【備考:集落の戦力を削ぐため。毒物はギルドにて支給】



「…………」



俺は、別の依頼書に手を伸ばした。


【依頼内容:オーク族の子供の捕獲および奴隷化】

【報酬:子供一体につき金貨五枚】

【備考:鉱山労働用の奴隷として。生け捕りに限る】



さらに、もう一枚。



【依頼内容:ドワーフ族の工房への潜入および最新武具の設計図の窃盗】

【報酬:成功時金貨百枚】

【備考:依頼主は某商会。情報漏洩には死を】



掲示板に並んでいたのは、俺の知る「冒険」などではなかった。


そこにあったのは、井戸への毒殺、子供の奴隷化、産業スパイといった、あまりにも現実的で、そして倫理観の欠片もない、薄汚い「仕事」のリストだけだった。


魔物退治とは、正々堂々とした戦闘などではなく、非道な手段をも厭わない、ただの「戦争」の一部なのだ。


依頼掲示板の前で立ち尽くしていると、痺れを切らしたミアが俺の背中をばしんと叩いた。



「圭! まだ決まらないの? お腹すいた!」



「無茶言うな! ここにあるのは人殺しか人さらいかスパイ活動だけだぞ! 俺たちにできるわけ…」



「あ、これにする!( ・∇・)」



俺の言葉を遮り、ミアは掲示板に貼ってあった依頼書の一枚を、びりっと勢いよく剥がした。


彼女が選んだのは、血生臭い依頼が並ぶ中で、唯一、禍々しいオーラを放っていないように見える依頼だった。



【緊急依頼:前線兵士の救護任務(女性歓迎)】

【報酬:終了時銀貨二十枚】

【備考:負傷兵の救護任務(例外あり)】



羊皮紙の隅には、可愛らしい花のイラスト(かなり下手)まで描かれている。


ミアは文字が読めない。彼女は田舎出身で、文章というものに触れる機会はほとんどなかったらしい。


おそらく、この花のイラストと「救護」という単語の持つ優しい響きだけで、一番楽そうな仕事だと判断したのだろう。



「おい、待てミア! 詳細をよく確…」



俺が制止するより早く、ミアはカウンターへと走り寄り、いかついおっさんの顔に依頼書を叩きつけた。



「おじさん、これやる!」



リオは、その様子を腕を組んで見ていたが、特に反対するでもなく、静かに頷いている。


どうやら彼も、毒殺や誘拐よりはマシだと判断したらしい。



カウンターのおっさんは、顔から依頼書を剥がし、俺たち一行――幼い少女と少年、そしてその付人(俺)――と、手元の依頼書を交互に見比べた。


そして、「救護任務」という文字と、その横に添えられた「(女性歓迎)」の注意書きに目を留めると、片方の口角をニヤリと吊り上げた。


その目は、全てを察したような、それでいて愉しむような、いやらしい光を宿していた。



「……へっ。嬢ちゃんたちには、お似合いの仕事かもな」



おっさんはそれだけ言うと、依頼書に無造訪なスタンプを押し、受付完了の証として羊皮紙の半券をミアに渡した。



「場所は西の戦線だ。死ぬなよ、ガキども」



こうして、俺たちは詳細を一切確認しないまま、初めてのギルドの仕事を受注した。



「救護」任務。その言葉が、これほどまでに恐ろしく聞こえたことは、いまだかつてなかった。



(場所は、この先の大通りの先、西の馬役場らしい。この紙に場所が書いてある。...どっちが北だ?)



質素な羊皮紙を受け取り、目的地を確認する。


俺たちは地図上の目的地を探すまでに2分ほど立ち尽くした。


ミアがデタラメな方向を指し示し、方向が掴めない。


俺が建物の影から方向を計算しようかと考えていた時、


リオがため息をつきながら、地図にある方位の記号と目的地を教えてくれた。

この世界では「西」の方向がコンパスで赤く塗られているようだ。





ようやく見つけた目的地のを見つめる。


そこには「西方方面軍徴兵馬役場」という場所が赤丸で囲まれていた。


ギルドのいかついおっさんに見送られ、俺たちは「西方方面軍徴兵馬役場」という、いかにも物騒な名前の場所へと向かうことになった。


王都の華やかな大通りを抜け、西門に近づくにつれて、街の雰囲気は一変する。


石造りの美しい建物は姿を消し、代わりに、くすんだ木造の兵舎や武具工房が立ち並ぶようになった。


道行く人々の顔からも、活気は失われていた。


代わりに目につくのは、道の端でうずくまる、片腕や片足を失った元兵士たちの姿だった。


彼らは、ぼろ布を纏い、虚ろな目で通行人からの施しを待っている。


この国の戦争の現実が、そこにはあった。


さらに、俺の不安を煽るように、俺たちと同じ方向に歩いていく、妙な集団がいた。


派手な化粧をし、露出の多い、しかしどこか影のある服を纏った女性たちだ。


彼女たちは、互いに言葉を交わすでもなく、ただ黙々と、まるで決められた運命に従うかのように、西の役場へと歩いていく。


その姿は、戦場へ向かうには、あまりにも不釣り合いだった。


やがて、巨大な広場にたどり着いた。


そこには、幌付きの軍用馬車が、数百両はあろうかという数でずらりと並び、出発の時を待っている。


兵士たちの怒号、馬のいななき、荷を積み込む音。


まさしく、戦場の入り口だった。


俺たちが呆然とその光景を見ていると、一人の男がこちらに近づいてきた。


軽装の革鎧を身につけているが、その立ち姿や目つきから、彼がそこらの兵士ではなく、指揮官クラスの人物であることがうかがえた。


しかし、その表情は「偉そう」というより、深い疲労と憂いに満ちている。


上官らしき男は、俺たち三人の前で足を止めると、驚いたように目を見開き、特にミアとリオの二人を心配そうな目で見つめた。



「……君たちのような子供まで、西へ行くのか」



その声には、侮蔑や好奇心ではなく、純粋な同情と憐れみが込められていた。


どうやらこの人は、この狂った世界で「情」というものを失っていない、数少ない人物らしい。


男は、それ以上何も聞かず、腰の袋から、固焼きのパンを二つ取り出した。


そして、無言でミアとリオの手に、一つずつ握らせた。



「これを。少しでも、腹の足しにしてくれ」



それは、このあたりでは貴重な、真っ白な小麦のパンだった。



ミアは「わーい、パンだ!おじさんありがと!」と喜び、リオも、戸惑いながらも静かにそれを受け取った。



上官は、二人がパンを受け取ったのを見届けると、一度だけ、俺の顔を軽蔑と非難に満ちた目で見つめ、そして何も言わずに去って行った。



もちろん、俺の分のパンは、なかった。



(……だよな。そりゃそうだよな)



俺は、上官の行動の意味を即座に理解した。


彼の目には、俺たちの関係がこう映ったのだ。




——か弱く、美しい妻とその子供を、無慈悲な夫(俺)が、無理やり危険な戦場へと連れて行こうとしている、と。



俺は、この世界で最も子供たちの身を案じている唯一の常識人と自負しながら、同時に、最も冷酷な外道だと誤解されているらしい。






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