異世界ってキツくね?
意識を取り戻した瞬間、全身を刺すような冷気に襲われた。
目を開けると、そこには青く澄み切った空が広がり、遠くには山並みが連なっていた。俺の体は土と草の上に裸で横たわっており、風が肌を容赦なく撫でていく。
頭の中で何が起こっているのか、数秒、いや数十秒は理解できなかった。
「...マジで......来たのか、異世界......てか、なんで裸なんだよ!?」
そう呟いたが、返事をしてくれる人なんていない。ヒューと吹く風だけが、俺の言葉をかき消していった。
空は青い。赤色じゃないだけマシか。太陽も一つだけみたいだし、生物が存在できるってことは、地球とそこまで環境は変わらないのよな?
(...そりゃそうだよな。)
しばらく空を眺めた後、体を起こして自分の状況を確認する。
体つきを見るに、どうやら十代後半に若返ったらしい。
服は一切ない。装備ゼロ。パンツすらない。身を守る武器も道具も、スマホも、何もない。あるのは理不尽なほど綺麗な空と、文明の気配のない原野だけだった。
「とりあえず、歩くか。」
そこからが地獄の始まりだった。
格好の餌を見つけた虫が俺の周りに群がり、草木が無防備な肌を傷つける。最初は穏やかだった顔も、いつの間にかサバイバル番組の最終章みたいになっていた。
しばらく彷徨った後、天井川を見つけた。急いで駆け寄るが、水を飲もうとして一歩踏みとどまる。なぜだか嫌な予感がしたんだ。
(水を生で飲むのは危険って、どこかで聞いたような……?)
周りを見渡す。
(火を起こせそうなものは……木の枝とか……葉っぱとか?)
急いで木の枝と落ち葉をかき集め、あぐらをかいた。
ゴシ…ゴシゴシ…ゴシ…ゴシ…。
できる限りの力で木の枝同士を擦るが、手が熱くなるだけで火は起こせない。何か方法が違うのかと、木の枝の向きや大きさを変えてみるが、結果は全く同じだった。
自分のサバイバルスキルのなさに失望し、ふと、水面に映る自分の顔を見る。
そこに写っていたのはヨーロッパ風味の少年だった。鼻が長く、目が整っている。体感だと、前世よりも数倍はイケメンだ。転生様様である。
自分の顔に見惚れていると、あることに気づいた。側から見れば、この状況は裸のイケメンが火を起こそうと木の枝を擦っている、滑稽な姿なんだろうと。
やるせない気持ちと、喉の渇きが限界に達し、もう自分の免疫力を信じることにした。
「もういいわ!そのまま飲む!!」
俺は火を起こすのを完全に諦めた。川に木の枝を投げ捨て、水面に頭を突っ込む。
「バッシャ…ゴック…ゴク…プッハー!!!」
転生して最初の水。今までで一番美味い水だった。一気に喉の渇きが潤う。
だが、これは一時的な解決だ。
(とりあえず助けを探さないと……この辺に人間の集落はあるのか?)
とりあえず川を下っていけば、集落にたどり着けるはずだ。
足にへばり付いたヒルを払い除けながら数時間かけて川沿いを下りると、道らしきものに出た。幸いにも、人の気配がある。
木製の柵、小さな畑、小屋のような建物。どう見ても中世レベルの農村だ。服を着ていないことを意識しながら、草むらで拾った枝や葉で前を隠しつつ、慎重に村の方へ歩いていった。
道の向こうから荷車を引いた中年の男が現れた。目が合った瞬間、男の表情が硬直した。見てはいけないものを見た、という顔だ。
「dre?...dri ngt???」
その音の連なりは、俺にとって完全な異国語だった。英語でもドイツ語でも、まして日本語でもない。だが、彼の表情は明らかだった。警戒。あるいは敵意。そして困惑。
「ま、待って!…えと…違うんだ、俺はシューr」
「kit ybiz mungr!!」
男は叫び声をあげると、荷車を放り出して村へ走り去っていった。
(やばい、これは完全に“何かから逃げた存在”って思われてる!)
焦った。言葉が通じない以上、自分の無害さを伝えるにはどうすればいい?
友好的に接する?
いや、転生前の常識が通用するかどうかわからない。ただでさえ文化の違いは存在するのに、異世界だとなると、なおさらだ。
「...どの世界でも通用する....友好的な行動....か」
俺は地面を見つめ、何かを決心した。
◇◇
道の真ん中で、俺は素っ裸で踊る変人になっていた。涙をこらえながら空を見上げる。
パニックのまま、手を振り、顔に笑みを貼り付け、スキップを踏んだ。草の束を振り回し、転び、起き上がり、また笑う。砂利が巻き上がり、笑いか悲しみかわからない涙が溢れ出した。羞恥心なんて、とうに消え去っていた。
間もなく、数人の村人が鍬や棒を持ち、警戒しながらこちらに向かってくる。
(まずい!どうする…さすがに怪しいか…?)
逃げるか、演じきるか、正解は一つしかない。
──俺は後者を選んだ。
「ワハハ! ダンス!! ユカイ!! ノー・バッド!」
言葉が通じないと知りながら、日本語と片言の英語を混ぜ、ありったけの笑顔で変な踊りを続けた。
もはや芝居ではない。ただの命乞いだった。見苦しすぎる。
村人たちは互いに未知の存在に困惑の表情を向けている。続々と村人の数は増え、まるで俺は見せ物だった。
一部の村人たちは恐怖から後ずさり、一部は武器を構えて「未知の魔物」への攻撃を始めようとした、その瞬間。
奇妙なことに、その踊りは――なぜか、一人だけに通じた。
「...nnd ant hdk(T ^ T)???」
若い少女がぽつりと呟き、周囲の緊張が少し和らいだ。
カゴを持ったその人物が近づいてきて、俺の顔をじっと見つめた後、静かに目を伏せる。何かを察したように。
「……atm dizy b(/ _ ; )??」
それが何を意味するのかはわからなかったが、彼女は走り去り、手慣れた地獄の空気の後、薄手のチュニックと粗末なマント、そして一枚のパンツを持って戻ってきた。
その服を手渡され、「...kwi sn^ - ^」と言いながら、身振りで着る動作をしてくれる。
俺は震える手で受け取り、何度も頭を下げながら服を身にまとった。
「あ...あ...アリガトウ!!!!アリガト!!!!センキュ!!!!うわぁ....ああ(涙)」
感謝の言葉を必死に叫ぶが、言葉は一切通じない。それでも、俺の必死さと、奇怪なまでの“陽気さ”は伝わったらしい。
彼女は最後に小さく微笑んで言った。
「...tit kr٩( 'ω' )و ?」
その響きだけが、なぜかほんの少しだけ、優しく聞こえた。
俺は彼女に腕を掴まれ、パンツを履く間もなく、一歩を踏み出した。