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入学式まであと一ヶ月

数時間後、俺たち一行は、王都の中央に位置する「王立総合魔術大学」の正門前に立っていた。


そこは、王城と見紛うばかりの、壮麗な建築物だった。


天を突く白亜の塔、ステンドグラスがはめ込まれた巨大な窓、そして歴史の重みを感じさせる鉄製の巨大な門。


いかにも異世界らしく、美しい。


ここが、俺たちの(主に俺の)新たな生活の舞台となる場所だ。



「よし、まずは受付で入学手続きを…」



俺が意気揚々と門に近づこうとした時、その脇に立てかけられた、巨大な立て看板が目に入った。


美しい装飾が施された看板には、金色の文字で何かが書かれている。



(ふっふっふ…もう俺に読めない文字はない…!)



俺は、一週間の血のにじむような努力の成果を試すべく、自信満々に看板の文字を読み上げた。



『新入生の皆様へ:今年度の入学式は、厳粛なる選定期間と準備期間を経て、一ヶ月後に執り行われます。新入生の皆様は、それまで王都にて心身共にご準備を整えておかれますようお願いいたします。』








「…………」






俺は、看板に書かれた流麗な文章を、三度いや、六度見直した。



そして、ゆっくりと、天を仰いだ。




(……いっかげつ……ご……????)




そんなうまく行くはずもなかった。


よく考えれば当たり前だ。


合格発表から入学式まで、準備期間があるのは当然のこと。


俺たちは、食堂を一つ破壊した焦りから、そんな簡単なことにも気づかず、ここまで一直線に来てしまったのだ。


そんな小説みたいにバンバン話が進むわけがないのだ。



つまり、俺たちは、所持金もほとんどなく、泊まる宿もなく(昨日の宿にはもう戻れない)、この物価の高い王都で、一ヶ月間も自力で生活しなければならなくなった、ということだ。



俺が一人、世界の終わりのような顔で絶望に打ちひしがれていると、隣から能天気な声が聞こえた。



「圭! あの塔、てっぺんまで登れるのかな?( ・∇・)」



ミアが、まるでピクニックにでも来たかのように、大学の最も高い塔を指差している。


その後ろでは、リオが興味なさそうに、足元の石ころを蹴飛ばしていた。


この二人には、絶望的な状況を共有するという概念が存在しないらしい。


俺が、一ヶ月分の生活費をどう稼ぐかという、あまりにも現実的な問題に頭を悩ませていた、その時だった。


何者かが乱雑に入り込んできた。



「いたぞ! あいつらだ!」



背後から、怒りに満ちたダミ声が響き渡った。


振り返ると、そこには頭に包帯を巻き、腕を吊った、見覚えのある恰幅のいい男――昨夜、俺たちが破壊した食堂の店主が、数人の衛兵を引き連れて立っていた。



(あのオヤジ!?生きてたのか!?!?)



壁が崩れた時、瓦礫に押しつぶされそうになっているのを、俺たちは普通に見捨ててきたのだが。



その生命力には敬意を表したい。

だが、今はそれどころではない。店主は、わなわなと震える指で、俺たちを指差した。



「衛兵様! こいつらです! 私の店を破壊し、食事代も払わずに逃げた、凶悪な犯罪者です! 今すぐ捕まえてください!」



店主の通報を受け、鎧に身を固めた屈強な衛兵たちが、一斉に槍を構えて俺たちを包囲した。


その動きには一切の無駄がなく、明らかに歴戦の猛者であることがうかがえる。



ついに、国家権力との直接対決の時が来てしまった。



「神妙にしろ! 王都の治安を乱す者は、たとえ何者であろうと容赦はせん!」



衛兵の一人が、威圧的な声で告げる。



(終わった……)



俺は全てを諦めた。放火殺人、器物損壊、食い逃げ、そして今からは公務執行妨害。


もう、どう言い逃れもできない。


しかし、俺の隣にいる二人の反応は、全く違った。



「わあ、かっこいい槍ね!( ・∇・)」



ミアは、自分に向けられた鋭い穂先を見て、目を輝かせている。

その異様な姿に、あたりの空気がどよめく。


そして、俺の斜め後ろに立つリオは、静かに、しかし確かな敵意をその目に宿し、いつでも魔法を放てるように低い姿勢をとっていた。



衛兵の一人が、俺を捕縛しようと一歩踏み出した。その瞬間、ミアが動いた。



「それ、危ないよ!(T ^ T)」



彼女は、まるで邪魔な小枝でも払うかのように、しなやかな動きで槍の柄を軽くはたいた。


次の瞬間、屈強な衛兵の体は「W」の字に折れ曲がり、悲鳴を上げる間もなく、通りの向こう側まで凄まじい勢いで吹っ飛んでいった。


骨が折れる音が生々しい。



「なっ!?」



残りの衛兵たちが、信じられないものを見たという顔で硬直する。



「て、敵襲ー! 全員かかれ!」



隊長らしき男の号令で、衛兵たちが一斉に俺たちへと殺到した。



「圭、危ない!」



俺の前に回り込んだリオが、地面に手を触れる。


すると、突進してくる衛兵たちの足元の石畳が、一瞬にして水滴まみれに変わった。



「うわっ!」「な、なんだこれは!?」



非常に滑りやすくなった床で、衛兵たちは次々と足を滑らせ、派手な音を立てて転倒し、鎧同士がぶつかり合って将棋倒しになっていく。



それをミアが楽しそうに追撃する。


兵士たちは混乱と恐怖に震え、逃げ出し始める。



俺は、その光景をただ呆然と見ていた。


手が震えて動けない。



一人は遊びの延長で、一人は仲間(?)を守るため。

動機は違えど、二人の子供は、いともたやすく国家権力を無力化してしまった。



気づけば、静まり返った大通りには、うめき声を上げる無惨な衛兵たちと、腰を抜かして動けなくなった店主だけが残された。




俺は、この状況をどう打開すべきか、高速で思考を巡らせる。


まずい。

まずすぎる。

被害者が多すぎる。


今すぐこの場から離脱し、一ヶ月間、王都のどこかに潜伏しなければならない。


俺が逃走経路を必死で探していると、ふと、隣のミアから放たれる空気が変わったことに気づいた。



さっきまでの楽しそうな雰囲気は消え、その瞳には、冷たい怒りの光が宿っていた。


彼女の視線は、震える店主に真っ直ぐに注がれている。



「おじさん....先制攻撃( ͡° ͜ʖ ͡°)....ってわかる?」



低い、地を這うような声だった。


ミアはゆっくりと店主に向かって歩き出す。


その一歩一歩に、明確な殺意が込められていた。


店主もそれを感じ取ったのだろう。


「ひっ…!」


と短い悲鳴を上げ、後ずさろうとするが、恐怖で体が動かない。



(やばい! こいつ、本気で殺す気だ!)



放火殺人、器物損壊、食い逃げ、衛兵への傷害。


そこへさらに故意の殺人罪まで加わったら、もう言い訳のしようがない。


俺は慌ててミアの前に立ちはだかった。



「待て、ミア! 殺すのはまずい!」



「でも、邪魔した...(╹◡╹)...よ?」



「邪魔したのはそうだが、ここで殺したら、もっと面倒なことになる! 追いかけられて、後で戦う遊びの時間がなくなっちゃうだろ!」



俺は必死に、彼女にも理解できる論理で説得を試みる。ミアは不満そうに唇を尖らせた。



「じゃあ、どうするの.....( ̄  ̄)....圭?」



「そ、そうだな…」



俺は一瞬考え、最悪の中の最善(?)の策を口にした。


「……喋れないくらいにしとこう(?)」



俺の言葉を聞いて、隣で成り行きを見守っていたリオが、眉をひそめて明らかに困惑の表情を浮かべた。


彼の目には「こいつら、一体何を言ってるんだ…?」という色がはっきりと浮かんでいる。


だが、ミアは俺の提案に、ようやく納得したようだった。彼女は「うーん…(T ^ T)」としばらく考え込んだ後、「わかった。夫の言うこと、聞くよ」と頷いた。


(夫という言葉の説得力に感謝…!)


俺が胸を撫で下ろした次の瞬間、ミアは店主の目の前まで行くと、その大きな腹を人差し指一本で、軽くつん、と突いた。



ただ、それだけだった。



「あべしっ!?」



店主は、奇妙な断末魔を上げると、まるで巨大な投石機で打ち出された岩のように、凄まじい勢いで通りの向こうへと吹っ飛んでいった。


空中で数回屋根に激突しながら、やがて視界の彼方へと消えていく。


おそらく、全身骨折だろう。


まさに「喋れないくらい」にはなったはずだ。



俺は、静かになった現場を見回し、深く、深いため息をついた。


新たな罪状に「傷害罪」が加わったが、とりあえず最悪の事態は避けられた。


そう、自分に言い聞かせ続けた。


俺は、これからの地獄の逃亡生活に思いを馳せ、再び頭を抱える。


まずは、この場から一刻も早く離れなければ。


俺がミアとリオに声をかけようとした、その時だった。



「...おい!」



静かな、しかし芯の通った声で、リオが俺を呼び止めた。


振り返ると、彼は今まで見たことのない、真剣で、そして心の底から理解できないものを見るような目で、俺とミアを交互に見比べていた。



「お前たち、頭がおかしいのか?」



その質問は、あまりにもストレートで、一切の遠慮がなかった。


俺はぐっと言葉に詰まる。


リオは、俺の返事を待たずに、静かに続けた。


その声には、怒りでも恐怖でもなく、純粋な困惑が滲んでいた。



「俺は、色々な場所を転々としてきた。奴隷商にも、いろんな奴がいた。残忍な奴、欲深い奴、冷酷な奴…。でも、お前らみたいな『気狂い』は、一人もいなかったぞ」



元・奴隷に、奴隷商人以下の「気狂い」だと断言される。


その言葉は、どんな罵詈雑言よりも、俺の心に深く突き刺さった。


返す言葉も、なかった。


なぜなら、彼の言うことは、一点の曇りもなく、完全に正しかったからだ。



俺たちの行動には、一貫した目的も、思想もない。


ただ、その場のノリと、衝動と、根本的な倫理観の欠如だけで動いている。


客観的に見れば、それはただの「気狂い」の集団でしかない。


俺はただ、ツルツルになった床を見ることしかできなかった。



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