一人の天使
——天界、第三天使課、東アジア日本部門死者転送処理係。
担当人員:二名。
広大な雲の廊下を抜けた先、場違いなほど雑多なデスクがある。雑然と積まれた書類と魂管理用の端末。鳴り続ける転送ベルがやまない。
その一角で、ヴァン=ワタシ=カミノドレイ=七海は、いつものようにモニターに顔を貼り付け、放心したままキーボードを叩いていた。
彼女の脳内では、ここ一週間ずっと「シュールストレミングはなぜあそこまで不味いのか」という哲学にも似た問いがぐるぐると回り続けている。
デスクには1TB分の死者データファイルが物理的な紙束として山積みになり、その合間を縫って見習い天使が苦笑いを浮かべながら追加の書類を抱えてやってくる。
「……あ、エヘへ……ヴァン様……? 追加のお仕事、200TBです……よ?」
「……失せて」
ヴァンは顔を上げることなく、抑えきれない怒気を帯びた声で追い払った。
羽根がぴくりと震え、机の上のコーヒーカップが揺れる。
「はあ……今日の仕事はあと……マイナス12時間で終わる……エナドリ箱買いしなきゃ……」
——彼女が天使になったのは、およそ4000年前。まだ神々が世界を造り上げていた時代。
人間だった頃の彼女は「預言者」として好き勝手な嘘を広める、正直、かなりヤバい女だった。
そんな彼女を哀れんだ神様が「天界でのバカンスワーク(※詳細は契約後に通達)」という言葉を「神の声」として届けた。
当時の彼女は、その胡散臭さを一瞬だけ疑ったものの、神様がイケメンだったため秒で了承。
そこからは魂を煙に巻く巧妙なトークで圧倒的な成績を叩き出し、ついには神様の側近にまで昇りつめた。
……しかし時代は変わる。
各宇宙で人口が爆発的に増加し、天使たちは膨大なノルマに押し潰されるようになった。
ヴァンも例外ではなく、側近の座を追われ、今や低賃金の転送オペレーターへ逆戻り。
——そして、現在。
「おぉ〜〜〜い!! ヴァ〜〜↑ン???? 今日の仕事終わった〜〜〜???」
神様の声が部屋に響く。声だけは神聖だが、内容は完全に人間界のダメ上司。
「……はい、神様……ただいま終わりました……」
ヴァンは天使の輪を神様にくいっとつままれつつ、眠気を押し殺して答える。
「うわ〜〜↑! すごいね〜〜〜!! 普通の下級天使なら100年はかかるのに〜〜〜!!?」
神様はわざとらしいほどの「理想の上司」スマイルを見せながら、ぽんぽんと彼女の頭を叩く。
ヴァンは迷惑そうに眉をひそめるが、その顔は一瞬だけ赤くなり、次の瞬間には疲労で真っ青に戻った。
「じゃあ! 今暇でしょ〜〜〜! この『魔法世界における不穏分子誤送信に対する責任』の資料、読んでみてくれな〜〜〜い!!? ……ワタクシ↑〜への誠意も忘れずに〜〜〜↑!!!」
「……え?」
その日の朝までに、ヴァンの机には「神様への謝罪文」原稿と、「神様からの明らかにアウトなセクハラメール」が新たに積み上げられることになった。
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