シュールストレミング食って死んだ男の物語
彼が死んだのは、全く笑えない理由だった。発端は動画ネタだった。
彼の名前は篠原圭。1979年7月4日生まれ、好きな食べ物は気分で変化。幼い頃から物事への探究心が高かった。周りからは別の原因で煙たげられていたが、彼は裏庭の雑草のようにしぶとく生きていた。
彼は国立高等中東学校を卒業後、葉池縁大学を卒業。その後は天際莫迦大学の教授として学業に励んだ。
そんな彼が研究者として頭角を表しつつあった2019年。彼はその生涯を終える....最悪の結末で、
彼は趣味で動画配信サイト『Xtube(年齢層高め)』に動画を配信していた。
最近有名Xtuberで流行っていた、あの缶。
スカンジナビアの悪名高い缶詰──シュールストレミング。
「死ぬほど臭いって噂のあれ、試してみたww【生配信】」
彼は世間の流行りに乗り遅れまいと、こんな動画を考えた。そして、急いでシュールストレミングを買いに向かう。何店もの「鈍器ホーテ」で缶を探し、23店目でようやく見つけた。定価8000円の、腐りかけて膨張した缶。
ここで缶を定価で買っていれば——あの事件は起きなかった。
彼は何を思ったか配信者魂を胸に秘め、半額シールの死線を潜り抜け始めた。数時間の食品コーナーでのゲリラ戦の末、店員に哀れみの目でみられながらその缶を4000円で売ってもらったのだ。
彼はウキウキでそれを胸に抱え込みながらアパートに帰還した。
まず、場所が悪かった。彼のアパートは貧乏教師時代から全く進化しておらず、10年以上使い古されていた。地球温暖化が叫ばれるこの昨今で、彼の部屋のクーラーは故障していたし、しかも部屋の広さは六畳一間。しかも彼には換気という概念が存在しない。
そして、地獄は始まった。彼は締め切ったまま、中古レンジでシュールストレミングを温め始めたのだ。彼が言うには缶詰の中の雑菌を殺すためらしい。バカなのか?
パアッンッッ!!
瞬間、空気が凶器と化した。数秒としないうちに缶は破裂し、レンジごと爆破。部屋中に文字通りの死臭が漂い始める。脳が警報を鳴らす間もなく胃が逆流し始めた。
彼の胃はめちゃめちゃに暴れ回り、嗚咽が延々と収まらない。
命の危機を感じ、部屋から出ようとするが、鍵が閉まっている。彼の謎の警戒心が完全な裏目に出た。しかも鍵を何処に置いたのか全く覚えていない。続いて窓を開けようとするが、汗で滑って開かない。
彼は絶望の中、もがき苦しんだ、自分の運命を呪った。運命というより自分の愚かさを呪った。
だか、絶望の中でも彼は信じていた。インターネットを。
何を隠そう彼はこの様子を配信していたのだ!今頃はコメント欄が大暴れになり、すぐに誰かが救急車を呼んでくれるだろう。彼の登録者数は4万人、これだけの大惨事だ。おそらく数十万人が彼の動画に群がっているはず。
しかし、彼が喉を押さえながらパソコンの配信画面を見ると......コメントは一つもない。それどころか同接はゼロ人。
そして、彼は気を失った。録画ボタンを押していなかったことに気づいて。
誰にも見つからず、笑いも再生数も得られぬまま、嘔吐物による窒息によって、彼は静かに、最悪の死因で息絶えた。最悪。本当に最悪だ。こんなに酷い死因があっただろうか。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
もしやり直せるなら、今度は平凡で、仲間や家族に囲まれてみたい。
そんな願いが圭の頭をよぎった。
今までの人生、波乱万丈だった。高校を爆破し、大学で教授と殴り合いの喧嘩を繰り広げ、家族に嫌われ、ヤクザから追いかけられ、大学教授として生計を立て、学生に嫌われ......
そして、最後は......ひどすぎる...
思考が黒く塗り潰されていく。何も考えられない。
ああ、死ぬのか。
死ぬって、意外と苦しいのね。
死ぬ...
死ぬ......
死n……
si……
s…..
──気がつくと、彼は白く淡い光に満ちた空間にいた。
肌を撫でるような風もなければ、地面の感触もない。
立っているのか浮いているのかすらわからない。
不安を感じたのも束の間、目の前に眩しいほどの光のパネルが現れた。
「あなたの人生リザルト〜あなたの才能を添えて〜」
と題された画面が無機質に浮かび、圭は思わず声を漏らした。
「……え....?」
ピコン
画面は自動で切り替わり、こんなバーを表示した。
《人生スコア:16点/100点》
《死因:誤嚥による窒息(分類:軽度間抜け)》
《人類影響度:error 限りなくゼロに近い(分類:異常者)》
《悟り到達度:-45%/100%(評価:標準的な現代人)》
《社会性:24点/100点(評価:気狂い)》
《生涯最大潜在才能:ひよこ鑑定士(判別精度:SSS)》
「は?」
声をあげた圭は、自分の死後に発見された「最大才能」に目を奪われた。
「ひよこ...鑑定...士...?」
最大才能には続きがあった。
《肛門判定速度:0.6秒/鑑定成功率:99.999%/卵内成長段階視認力:変態級》
《生涯未使用・未発現・未評価》
《...合掌》
意味のわからない光景に思わず絶句していると、背後でガシャッという音がして振り返る。
視界に突然、青い塊が映り込んだ。数秒かけて、それがエナジードリンクだと認識する。
目を凝らすと、エナジードリンクの空き缶に半分埋もれた、白いローブを着た少女?がいた。
LEDのように輝く天使の輪、寝癖のついた髪に、クマの目立つ目元。どこかぽやっとした顔の割に、表情は非常に無気力だった。
彼女の周りだけ明らかに様子がおかしい、なぜか会社にあるようなデスクがポツンと置かれ、そこには山盛りの書類...いや、SSDが山盛りに重ねられている。表面にはテープが貼られており、テープには「2018年度天界予算決算案」や「平成30年度 セイル無断欠勤報告」などが書かれていた。
圭は困惑し、ゆっくりと少女の目に目線を合わせる。
彼女はこっちを死んだ目で見つめてくる。エナジードリンクを手に持ちながら。
圭はここでも天災的な勘違いを起こした。彼はこの天使がこの天国?の主人だと、そう勘違いしたのだ。
そして、彼の13年の社会人経験がこう警告した。
『ここはお世辞を喋った方が印象が良い思うぞ...』
彼はすぐさま実行に移る。大振りすぎるジェスチャーを披露し、こう言った。
「あ、天s…いや、神様ですか!?!?!?ここは天国!?やっぱり私は良い行いをしていたんですね!!それにしてもあなたの顔はまさにこの世界の創造主と言えるほど綺麗です!?お茶行きません!?」
彼ながらに完璧のお世辞を言ったと自負し、感謝の意をもらう勢いで彼女を見た。しかし、彼女の目に浮かんでいたのは、単純な困惑、恐怖、理解不能、であった。
「???」
「あ!お茶って言っても、天界にカフェあるんで...すか?.......」
急いで会話を持たせようと、意味のわからない言葉を発する。
どう見ても、ここには彼女と圭しかいないのである。カフェなんてあるはずがない。
明らかに空気が凍った。
圭にとってはこの空気は日常であるが、天使にとっては初めてのことであったのだろう。
天使は顔が引き攣り、何も言えないまま固まっている。
おそらく、地獄にでも送られるべきだった人間を目にした、というところだろう。
「...........」
数十秒間の天界史上最悪の静寂を体験し、天使がぎこちなく笑顔を作り無理やりに言葉を発する。
「……あー、起きた?死んだ人。ようこそ...?天界、第三天使課、東アジア日本部門死者転送処理係のヴァン=ワタシ=カミノドレイ=七海です、「立派な演説」お疲れさん、」
圭は困惑した。思ったよりも官僚的な役職、長すぎる名前、そして渾身のお世辞がバレバレだったことに。
「え?あ、えっと....ドレイ?」
と圭が戸惑いながら尋ねると、ヴァンは缶を一つ投げて天使の輪でキャッチしながら答えた。
「うん。まあ一応。私たち天使は全員神の奴隷ってこと、」
「あ、はぁ...」
「私は今週残業2400時間目でね....睡眠2時間、飯はエナジーバーとこれ(缶を振る)だけ。」
「それ天界でも売ってるんですね......」
「......ちなみに月給220ドル。天使保険はあるけど、あんたの国みたいに労基法は存在しません。」
「...天使って案外、夢ないでしょ?皮肉でしょ?......せっかく神様に服従してまで天使になったのに...」
ただ呆然とする圭に、ヴァンは無表情のままテキパキとリザルト画面を消し、新たにプレゼン資料を開く。
そして、スライドを一つめくった。
「君?なんで死んだか、覚えてる?」
「うっ......!!!」
その言葉を聞いた瞬間、圭は六畳一間に充満する、地獄の匂いを思い出した。苦しさ、憎しみ、怒り、その全てが顔に汗として浮かび、再び吐きそうになるが、胃には何もない。死ぬと胃の内容物も浄化されるようだ。
「...わかんない?」
彼女は首を傾げ、エンターキーを「ペタンッ」と押してスライドを進める。
「...君は「シュールストレミング密室で食ったら死んだ」ということになってるね.......どゆこと?」
ヴァンはスライドの内容に困惑して圭の方を見る。
「シュールストレミンクって何?食って死んだって、食中毒?」
「あ、いや、その......なんというか....」
圭は改めて自分の死因と、それが文に書き起こされているのを見て、なんとも恥ずかしく、申し訳ないような気持ちになった。
少し事実と違う気がするが、食中毒で死んだ方がマシだ。彼はそう判断する。
「あ、その...はい!食中毒です!!はい」
「ふ〜ん...(パソコンの画面を見る)...えっと...なんかリザルトの方には『誤嚥による窒息』って書いてるけど? どゆこと?」
彼女は真顔で圭を見つめる。なんで最初からそう言ってくれなかったのか。
「え? いや、その....やっぱそうで...えっと...なんというか...すいません!?」
圭は顔を真っ赤にして取り乱し、いきなり謝り始める。
「あっそ。」
ヴァンは呆れたように圭から目を離し、スライドをめくった。
「......で、君、特ポイント5ポイント持ってるね。「科学世界初級コース(才能あり・バフMAX)」でこの死因は.......割と伝説級だったから、保険金も結構もらえるよ」
「え...本当ですか!!!」
圭の顔色が一気に明るくなる。おそらく、異世界にでも転生できると勘付いたのだろう。
(よし、これで人生をやり直せるのかも。てか、俺保険なんか入ってたっけ?)
「....そうなると、さらに「じろう系小説コラボキャンペーン」で2ポイント割引。魔法世界中級コース(魔法あり・バフ無し)で転生可能だけど、どうする?それとも、私に浄化される?」
「え?じろう?....いや、浄化って何??異世界転生ですよね?」
圭は説明を理解できず、慌ててを質問する。
「.....」
しかしながら、ヴァンはわざとらしくそっぽを向き、圭の質問を無視する。そして、エナジードリンクを天使の輪に流し始める。
「ジャーーーッ...........ふう..美味い」
液体が天使の輪に触れると眩い光とともに消失し、甘い煙が辺りに広がる。
「え...何飲んでるんですか!?ってか無視しないで!?」
(え?天使ってそういう感じで飲み物飲むの??)
圭はヴァンの行動を理解できず、とりあえず質問を続けた。
「...あーと、その、異世界転生に...なるんですか??転生可能って?」
質問を聞いたヴァンは鬱陶しそうに質問に答える。
「はぁ......ま、君のから見ればそうなるね、飲む?...いや、セクハラになるか...」
圭が天界のセクハラの基準がまったく理解できないでいると、ヴァンは何かを思いついたかのようにニヤリと笑い、目の色を変える。まるで獲物を狩るような鋭い目。
「...君以外とカワイイね.....この輪触る?.......こんなサービスする天使ほとんどいないよ?」
「え?」
(ちょっと、触ってみたいかも...)
「ただし、今すぐ水素原子に転生してもらうけどね...(めっちゃ楽だし)どう?」
どういう意味かはよくわからないが、主人公が原子になったら、この小説がここで終わってしまう。
「あ、大丈夫です......?」
圭は困惑しながらも誘惑?を受け流した。
ヴァンは驚いたような、残念そうな顔をして自分の輪を見つめる。
「あれ、食いつきが悪い.....私老けた?.......あ、君天使じゃないから.....興味ないのね」
「え、ちょ...は???」
圭は意味のわからないシチュエーションに口が塞がらないまま、話題を変えようと、質問を再開する。
「あ!え〜と…その…異世界って、本当に魔法がある世界ですか?」
「あるよ。詠唱と信仰が重要視されてるけどね。宗教と魔法がべったりくっついてる感じ。ただ、軍部とかでは無詠唱も普通に採用されてるから、そっちのルート行けば生き延びやすいかも。あ、魔族とは戦争中だから巻き込まれる可能性あり」
(あ、異世界ってそんな感じなんだ...生き延びるって...異世界はもっと楽なもんかと思ってたわ...)
圭は心の底で少しガッカリしながらもあることを考えつき、咄嗟に天使に顔を向ける。
「僕……本職物理学者なんですけど、魔法を理論で解明できますかね……?」
「...しらん。勝手にがんばれ。でも魔素は本当に存在してるし、状態変化も観測できるし、あんたの世界でいう「自然法則」に解釈できないこともないかもね」
ヴァンはそう言って、退屈そうにチケットを取り出し、何かを書きながら話を続ける。
「ま、どっちにしろ私がここで処理しないと有給の審査対象にならないから。あと、言い忘れたけど、浄化するのも大変なのよ...みんな痛みに暴れて大騒ぎになるし、そうゆうことなんで、いい?異世界行くならさっさと飛んで?」
(こんなん脅しじゃないか...でも、物理が通用するだけマシ......なのか?)
圭はなんとか転生が好条件だと自分に言い聞かせる。
「……お願いします。異世界転生、希望します...」
圭は恐る恐るヴァンの提案を承諾した。体は震えていたが、それに対抗するように異世界への期待があった。
「了解、発券完了。ここにサインして、」
何やら分厚い書類と赤文字の契約書を投げつけられる。赤文字の契約書には、明らかに危険そうな文字が立ち並んでいた。
「....これ...なんか「命の保証なし」とか書いてるんですけど....?」
「早く、読まなくていいから。」
ヴァンは圭を鋭く睨んだ。天使の輪が一瞬震えた
「アッハイ」
急いで投げ渡されたペンで自分の名前を書く。少しペンが震えた気がする。
──篠原圭
俺の名前。名前の由来は、特にないらしい。
サインを書き終わると、契約書は圭から離れ、自らヴァンの元へ飛んでいった。
ヴァンはそれを鷲掴みにし、パソコンに何かを入力し始める。
「座標、北部平野王国外縁域。性別は...男でいっか、女は上級者向けだし、初期装備は...私の輪に興味持たないし...裸でいっか。生き延びろよ、バカ人間...(ポチ)」
「え?バk」
次の瞬間、光が圭の体を包んだ。重力のない空間を真下へ引きずられるように、意識が落ちていく。
ジェットコースターで落下する時の感覚が一番近い。
その最後に、ヴァンのぼそりとした一言が耳に届いた。
「あーあ、私も異世界行きたいな……輪廻のある世界に......」
そうして、シュールストレミングで死んだ男は、物理で魔法を斬る旅へと踏み出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
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多分続きが出るのがめっちゃ早くなると思います!!