或る同僚の独白(2/2)
「僕もそういう気分になることはあるんだよ」
「…………というと?」
「つまりさ、僕たちみたいに社会人になって何年かするとさ、まあある程度自分の人生が俯瞰できた気になってくるじゃない?」
「錯覚だ」
「まぁまぁ、聞いてよ。それでさ、何となく同年代の人が自分と比べられないくらい成功している姿も見聞きするじゃない。ね?」
「まあな」
「そうするとさ、自分はああなれないっていうのも分かっちゃうわけだよ。大体こういう人生を過ごして、その延長線上のどこかで死んで、終わり。みたいなさ」
「……………………?」
「いや、つまりさ、自分もああなれた可能性は確かにあったはずなのに、もうそれは無いって実感しちゃう瞬間っていうのかな。あるいはかつて夢見た自分とのギャップからそうなる人もいるかもしれない」
「……………………??」
「あー、要するに、そろそろ人生の中間成績表を受け取っちゃった気分になってしまう、みたいなものだよ」
「なんか……そういう話、なのか? それはそれで違う気がするけどな、俺は。いやまあお前はそうってのは分かった」
「本当に分かってくれた?」
「分かったって。お前はあれだ。夢や目標がないんだよ。精進しろ。以上」
「バッサリ過ぎてよく分かんないねそれ。いや気持ち良くはあるんだけどね」
「分かった、聞け。
かつて夢見た自分なんて、具体性も計画性もなかった夢だろ? 例えばガキの頃はサッカー選手になりたかったとするよな?」
「あるあるだね」
「で、今はそうじゃない。だから絶望って?」
「いや————」
「分かってる。そうじゃないよな? ガキの頃の夢なんて、『なんか満ち足りてそうで幸せそうな自分』でしか無ぇんだって。その職業なんて本当はどうだっていい。だからそうなる過程だの計画だのはなくて、ただ『満ち足りた幸せを持つ自分』っていう"結果"だけを思い浮かべてたんだきっとな」
「…………あ~……」
「それを思い浮かべられたのはガキだったからだろ。今大人になった俺たちは、結果にはそうなるための過程が必要なのを理解してる。だからかつて夢見たものになるための方法なんて浮かばない。何せ漠然としてるからな。今更サッカー選手になりたい訳でもないし、本当にそれになりたかったんでもない。なったところで夢見たものとは違ってるだろうしな。だから、かつて夢見たものになんてどうなっていいかも分からないんだよ」
「う~~ん」
「だから道筋なんて見えない。目指しようがない。それで夢を失った気になってんだ。そんなガキの夢なんてこの世のどこにも無いっての」
「なるほどね……じゃあ、どうすればいいんだろうね。この虚しさはさ」
「極端なんだお前は。何だってガキの夢なんかに回帰してんだよ。今は知恵も付いた。方法もいろいろ知ってるし、知らなくても調べられる。ガキと違って、明確に過程を思い浮かべて計画立てて行動する自由を持ってる」
「ああ、言わんとするところが分かった」
「だろ? だから今の、大人になってからの夢や目標を持てって話だよ。ガキの、昔の自分の夢なんてどうでもいいだろ。今のお前の夢を叶えろよ。それは叶えられる望みになるだろうし、助けが必要ならそれこそ俺に言えばいいじゃんか」
「……うん、確かにそうだね。何者にもなれないんじゃなくて、そもそも何者になりたいかを具体化しないとね。うん。そうでないと目指しようもない」
「そ。それも無いのに停滞する自分に焦ってんのはバカだ」
「うん! いや、励まされちゃったね」
「うるせーよ食え。13時から定例あるだろ。時間設定がバカすぎだよなあれ」
「いやぁ、やっぱ頭いいなぁ」
「何だ急に」
「いや、初対面の時は理屈っぽい人かと思ったんだけどさ。ちゃんと賢い人だから頼もしく思ったんだよ」
「なんか違うのかその二つ」
「明確に違うよ」
「へー、具体的には?」
「感情を"理屈"に組み込めるかどうかだよ。君は人の感情も"理屈"に組み込んでるだろ? だから頭がいい人なんだ」
「お~。やっぱお前も頭いいよ」
「ありがとう。さ、そろそろ準備をはじめないとね。その残った汁はどこに捨てるの?」
「分かんねーから全部飲んでる」
「うわぁ…………健康診断が楽しみだね」