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或る独白  作者: Gerbera


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或る伴侶の独白

 あなたは、後世に何を遺したいって思うの?

 ほら、いつかそんなことを言っていたでしょう。旅館で、貸切風呂を一緒に制覇するんだって張り切って、部屋に戻ってきた頃にはすっかり疲れてしまって。私もあなたも、二人でのぼせちゃったときのこと。あのとき、広縁の窓を開けたあなたが言ったじゃない。夕方の優しい風が涼しいって笑ってから、脈絡なく突然に。


 私、ちゃんと覚えているの。

 あなた言ってた。人は自身を少しでも永らえさせたいものだって。僕ももちろんとも言った。そうでしょう?


 ええ、私記憶力には自信があるし、あなたとのことならなんでも覚えているつもり。何年前かもね? ちなみに、この話は36年前。あなたの40歳を祝っての旅行だった。もう、私ばっかり覚えてるじゃない。病気は言い訳になりません。


 あなた言ってた。石に名前でも刻もうか。それともガラスが良いかなって。石よりずっと安定した物質だからって。それで、私が「ガラスじゃすぐ割れちゃうんじゃないか」って言ったら、「じゃあ硬いガラスを使えばいいじゃないか」なんて言って笑ってた。ふふ、正解。あのときの私、そんなあなたの返事は予想してた。まだ猫被っていたの。少し抜けたところがある方が、きっと可愛らしいと思ってた。


 けど、こうも思っていたの。

 どんなものに、どんな内容を刻んでも、そこに『あなた』はいないでしょ? あなたの一欠片だって宿らない、何も継承しないそんなもので良いのかしらって。随分不思議に思っていたんだけど、気づいてた?

 そ、鈍感なのはあの頃からずっとだものね。知ってましたよ、ええ、期待なんてしていなかったから。————もう、冗談じゃない。困らないでちょうだい、お願い。笑って?


 そうね。私は子供なんていらないって思っていたけど、なんだかあのときのあなたが何も遺せないのを恐れていたのが分かったから…………だから、私はやっぱり子供が欲しいって言ったのよ。そのときのあなたの喜びようったら、やっぱり気を遣わせてたんだって、私、とても申し訳なくなったものだわ。


 子孫を遺すって、一種の延命だと思うのよ。

 自分を使って生命を遺す。遠回りだけど、確かに延命。自分自身を、遺伝情報として後世に繋ぐことができるものね。何かあったときのために、4人も用意して備えたんだから。これって、大した愛情じゃない?

 ————もちろん。ちゃんとあの子たちみんなを、私は愛しています。そんなのもう知っているでしょ? 心配すらしていないクセに。


 ただ、私それでも心配だった。これであなたを遺せるのか心配で、だから少し考えてみたの。

 何をって、そんなの決まっているでしょう? あの子達のおかげでこうして孫にも恵まれたけど、その子達にどれだけ『あなた』が遺っているのかって、私分からなかったから。

 だって、そうじゃない? 親から受け取れる情報には限りがあるに決まっているもの。染色体の本数が急に増えたりしないなら、私たちの遺伝情報はご先祖様たちとの椅子取りゲームになる。何百年も先まで私たちの子孫が絶えなかったにしたって、その子たちの中にはもう『あなた』はいなくなっているはずなの。


 困ったのは、だからどうすることも難しいことよ。これに気づいたのは最近。あなたが宣告を受けてすぐのことだった。それはもう、取り乱したものだわ。あなたは自分のせいでって思ってたんでしょうし、だから安心させようとしてくれていたけど……実はこんな理由も重なってああなった訳。


 ダメ。あなたあんなにこだわってたでしょ? それにもう、私の望みでもあるんだから。私は私を遺すとか消えるとか、そんなことはどうでも良い。気にしたこともないくらい。

 けどあなたは——いいえ、あなたを遺したいって願ってる。ずっと前から。今もね?


 覚えている? 最後に行った旅館。きっとこれが最後だからって、あんなに素敵なお部屋を選んで。あなたも久しぶりにはしゃいじゃって、よせばいいのにサーロインなんて選んで。ふふ、ごめんなさい、イジワルを言いましたね。そうじゃなくて、あのときにあなたの食べ切れなかったものをお腹に入れているとき、気づいちゃって。


 食べるって、一種の蘇生なんじゃないかしら。分からない? もう死んだ身体を、私が食べるでしょ? そしたらその食べられた死んだ部分って、生きた私の一部に利用するはずなの。私、おかしくて笑っちゃった。そんなの、ずっと昔から教わっていたでしょう? 食べるのは命をいただくことだって。それって、つまりはこういうことじゃない。そうでしょう?

 それって生き返ったと言えないの? 言えるのよ。言うの。絶対に。

 

 私、食べるわ。

 そして私にもそのときが来たら、山に行く。ハチミツでも襟袖に塗っておきましょうか。どこまで続くかは分からない。けど、個人でできることは全てやっておきたいから。


 ————ふふ、その顔も久しぶり。私から声をかけたあのときみたいですね、まるで。


 私、これで寂しくないわ。これからもずっと一緒にいられるはずだから。だってあのとき誓いあったじゃない。ずっとあなたを愛しますって。私、本気だったんだから。

 

 ねえ、あなたは違うの? 私だけ?


 ——ええ、——ええ。

 ————知っていますよ。

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