第一章 第五話「堕ちた記憶―憧憬×憧憬―」
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「オルト!あれは何?」
ずっと、ずっと聞きたかった、見たかった。包まれるような優しい声と逆光で鮮明には移らないものの彼女を知っているものならば一目で分かる、太陽のように明るい笑顔。呪い屋の通りでアンナと一緒に歩いたんだっけ。
「ねぇ聞いてる、オルト?……もしかしてさっきの暗いところで頭打った?」
本当に心配しているとき、アンナは早口になって、指を合わせて、ごめんねとばかりに顔をうつむける。
だから、心配性なアンナにいつも僕は「大丈夫だって、俺は強いんだから。」と言って、「よかった。」と安心するアンナの笑顔は今でも忘れない。本当に強かったのはアンナのほうだったのに。
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景色は変わって、教会に僕はいた。いつもアンナと遊んだ場所だ。アンナも英雄が好きだったから、よく夜に話に行ってた。
「あっそうだ。僕、神父様に頼み事されてたんだ。ちょっと待ってて。」
「 」
(いやだ……行かないで、いやだ。)
声にもならない声をあげ、扉の向こうへと、目に見えないその先へと向かうアンナを止めようとしても、それは叶わない。
「 」
(やだよ、行かないで、置いてかないでよ…アンナ。)
伝わらないとわかっていても、非力で何の能力もない少年にはこれくらいしかできることはなかった。
「 」
(待ってよ、アンナ。どこに、どこに行っちゃったの?アンナ、アンナ!)
ただ何も暗闇になろうとも、虚空にただ一人で叫び続けた。
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「………行かないで!」
届かない幻想に手を伸ばし、オルトは目を覚ました。知らず知らずのうちに涙を流していたか、左頬が少し冷たかった。
(うーん、確か死体を見て気持ち悪くなった後に違うとこに行こうってなって、そのあと……)
「!、アルシ」
そこには
肩を撃ち抜かれ、返り血で蒼い髪が真っ赤に染まったアルシアが壁にもたれかかっていた。
肉体を切断されるほどの大怪我をしているわけではないにしろ、予断を許さない状況だ。
そんなアルシアから少し離れたところで大男は警戒を解かず、倒れたアルシアの動きを探るように視線を注いでいた。
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――少し前、アルシアとアグラダの二人の戦いが始まった。
戦ってすぐアルシアは理解した。
アグラダは先ほどの男たちよりも数倍強いと、
ゆえにアグラダとの戦闘に魔力を惜しむ余裕はなく、アルシアは魔獣術を常時展開し、短期決戦を仕掛ける。
だが、それはアグラダにもわかること。
ゆえに、アグラダを攻めではなく受けに回らせ、時間を稼ごうと、相手が少し逃げ腰になったところに防御を捨てて攻撃を当てる。
そんな捨て身の一撃がアルシアの作戦だった。
戦闘経験の乏しいアルシアが今までの相手との戦いをもとに導き出した作戦だった。それゆえ、今までの相手ならば通用していただろう。
だが、アルシアの作戦には大きな穴があった。
それはアグラダは生粋の戦闘狂だということ。
そして、彼の脳に退くという選択肢はなかったことだ。
結果として、それは失敗に終わった。
いくら聖火の影響で弱体化されたとはいえ、長時間の戦いは子供の肉体では不可能だった。
これがもう少しアルシアが成長したあとであれば、アグラダも厳しかった。
だが、魔力さえも使えなくなり、お得意の身体強化もできなくなった獣人の娘ではその凶刃に打ち勝つことはできなかった。
ここに2人の――アルシアとアグラダの勝敗は決まった。
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――そして、今に戻る。
「チッ、起きちまったのかよ、めんどくせぇなぁ。あいつらもいねぇし、俺がやらなきゃいけねぇじゃねぇか。」
男は頭を掻きながら、ため息を交えてそう言った。
だが、オルトにそんな言葉は届いていなかった。
今、彼の頭にあるのは無惨にも壁に打ち付けられ、空が夕日に染まってしまったかのように血に染まった髪に、何も映さず半開きとなった虚ろな目を持ったアルシアに目も、思考も、すべて釘付けにされていた。
今のアルシアにあれほど元気いっぱいで自分をひっぱてくれていた少女の見る影はなく。今にも壊れていなくってしまいそうだった。
「なんで、なんでぇ、なんでだよぉぉ。また、またぁ、僕のせぇで……。」
嗚咽を交え、今にも消え入りそうでいて、確かな思いが込められたその言葉はアルシアでもアグラダにも届かなかった。あくまでもそれは、自らを戒める言葉だから。
「何言ってるか分からねぇがぁよ、俺ぁお前みたいにボソボソ、ボソボソ、はっきりしねぇ奴はぁ大っ嫌いなんだ。喋んじゃぁねぇ!」
「アルシア、アルシアァ…。いなくならないで…」
アグラダが声を荒げても、オルトには届かず。彼の瞳はただ一人の少女のもとへ注がれていた。
それが、アグラダの逆鱗か古傷にでもに触れたのだろう。彼は静かな怒りといら立ちを覚えた。
「てめぇが何をどう嘆いたってこの状況は変わらねぇよ。てめぇみたいに弱えやつには、愚かさなんてものはあっちゃいけねぇ。そいつを持っていいのは一人握りの天才だけだ………。」
その瞳に男が映したのは、友を己の弱さが原因で亡くした一人の少年だった。それを誰に重ねて見ていたのかは彼以外は知る由もない。
「なら!無謀にもあなたたちに挑んだ私は天才ってこと?」
「ああ、俺に生きて勝てるならな。」
アグラダの声に反応し、アルシアは笑顔を浮かべ、剣を棒代わりに立ち上がる。その姿に、アグラダはかつての記憶に眠る、サレスの一族の少年を無意識的に彼女に重ねた。英雄とは程遠い、暴虐を限りを尽くしたあの悪夢を。対極に位置するあの少年とこの少女に、ただ一つだけ共通していた狂気を。
「アルシア!よかった!」
「オルト。」
「ごめん、僕の…」
「私はいなくならないから!」
アルシアの姿に、生存に無邪気にも少年は喜ぶ。
彼女が目指すものならば、少年を心配にさせない。
だから、彼女は無理にでも強くかっこよく振る舞い、あの笑顔を浮かべる。
――このままじゃあ、ぜったいに勝てない。
それがアルシアが一度、負けた末にたたき出した答えだった。
このまま戦えばさっきと同じようにまた負けてしまう。そのうえ、次の戦いでは魔力はもう使えない。さきほどの戦いで回復した分はもう使い切ってしまったのだ。
だが、負ければアルシアが捕まるだけじゃない。彼らの狙いからすれば、獣人じゃないオルトは殺されてしまうかもしれない。
だから、だからこそ、アルシアは負けられない。
彼女はあの日から、奪った命・守ってくれた命のうえに立っている。ならば攻めてこの命は誰かを守るためにを使いたいから。
「話はもう終わったか?」
「うん!もう大丈夫だよ。」
「そうか、ならいくぞ…獣の子!」
(すごい…、あんなに大きい大人にも力負けしてない!)
本来なら、魔力が尽きたアルシアがアグラダとまともに剣で打ち合うことなんてできなかった。だが、先ほどの防御を捨てた捨て身の攻撃がアグラダの魔力を急激に消費させていたのだ。
「ちっ、ちょこまかちょこまか、ウザってなぁ!」
とはいえ、一度に込める魔力を増やしてしまえば剣で打ち合うことなどできない。先ほどのはアグラダが測り間違えたゆえにできたことなのだ。ゆえに、アルシアは剣で打ち合うのではなく、アグラダの周囲を駆け、体勢を崩したところを突く、作戦に切り替えた。
そして、それはアグラダの怒りを引き出した。
力強く振った大剣は空振る。
その隙を見逃すはずがなかった。
「はぁぁぁぁ!これで!」
「『レ・イニシオ』」
突如として溢れた『土槍の魔法使い』ナターシャとの戦いの記憶。あと一歩で、自分の命を刈り取っていたその言葉に体は無意識的に引いてしまった。
だが、その判断は間違えていた。
魔術に疎いアルシアは知らなかったが、このとき『レ・イニシオ』の発動条件は満たされていなかった。
ゆえに、これはアグラダが仕掛けた一発限りのブラフだった。
「ちっ、できれば使いたくなかったんだがな。」
「クッソー!騙されたー!詠唱だってしてなかったのにー!」
「安心しろ、次はねぇ。」
「そっちこそ、次はないから!」
再び、2人は剣を交える。
されど、魔力を失い、その身一つで戦うアルシアの肉体は長時間の戦闘に既に悲鳴を上げ、その上でアルシアは動いていた。
だが、じわじわと蓄積する疲労はすでに限界に近づき、アルシア自身それを自覚していた。
だから―――
「オルト、逃げて。」
「……え?」
それがアルシアの決断だった。
アグラダという男の強さ、自らが課した約束に恥じない生き方、英雄たちへの憧れ。それら全てから導き出した答えだった。
「大丈夫!すぐに追いつくから。だから、先に逃げて。」
「い、嫌だよ。アルシアを置いて逃げるなんて、それに…」
アルシアは笑う。夕日に浮かぶ彼女みたいに。
オルトは拒む。あの日の後悔を胸に。
「私はあの人たちみたいな英雄になりたいの。」
「そんなの今言うことじゃ…」
アルシアは語る。蒼よりも青い澄んだ瞳で。
オルトは否定する。打ち砕かれた希望を胸に。
「だから、私は死なない!」
「そんなの…!」
アルシアは約束する。けして守りきれない約束を。
オルトは嘆く。約束を守れなかった己を悔いて。
「お願い、ね。」
「っ!!………」
アルシアは泣かなかった。それは心だけに留めた。
オルトは俯いた。アルシアにあの日の少女を重ねて。
――僕は弱い。
それがオルトがあの日から嫌でも導き出した答えだった。あの日まで何でも思いどおりになって、自分は英雄になるんだと信じて疑わなかった。あの日まであいつと旅するのだと信じて疑わなかった。
あの日まで……、あの街で……、あの蒼の下で。
「はぁぁぁ!」
「それは見飽きてんだよ!」
2人の剣戟の中、少年は一人思考の海に潜る。
――本当に逃げてしまえばいいんじゃないか。
心にそんなつぶやきが生まれた。押してつぶして、必死に隠そうとしても醜い心はなくならない。それがオルト・グラウィンというただの人間なのだから。
「かはっ、」
「もう終いか?」
重く、鋭い一撃は少女の体を軽々と吹き飛ばす。
アグラダという男の圧倒的な経験の差をひしひしとアルシアは実感していた。
――いいや、ダメだ。アルシアを置いて逃げるなんて。
少しばかりの憧憬と良心がそう呟いた。だが、ただ眺めることしかできないオルトに何できるだろうか。むしろ、自分が勝手に動けばアルシアの足をさらに引っ張るかもしれない。ただでさえ、自分という荷物がいることで足はすでに引っ張っているのに。
「まだ、私は立てる!」
「ハハハッ、イカれてんなぁ!てめぇ。」
血反吐を吐き、身体に流れる血より溢れた血のほうが多くなり、立つのすら辛くなっても。アルシアはアグラダの前に立ちはだかる。
――そうだ、そうなんだ。だから、アルシアの言葉に従うべきだ。
心の弱さが、臆病な自分がそう呟いた。だってそうじゃないか。今生きているのは、全部アルシアのおかげだ。アルシアが自分を引っ張ってくれなければ、アルシアが自分を守ってくれなければ、自分はすでに死んでいたんだ。
それにアルシアは強いんだ。自分がいなくなれば、勝てるかもしれない。
「はぁはぁはぁはぁ。」
「もう、走れもしねぇじゃねぇか。」
疲労困憊。幾重にも重なった戦闘は獣人の肉体でさえ耐えることができず、遂には膝から崩れ落ちてしまった。
「まだ…、私はぁ。」
「はぁはぁ。ガキにしちゃあ強かったな。戦士として、てめぇを殺してえのは山々だが、てめぇのせいでこっちの計画は丸潰れだ。せめて一人くれぇは持ってかねぇと顔が立たねぇ。悪く思うな。」
それでもなお諦めないアルシアは土を掴み、動かない体を悔やむ。心の問題ではない、およそ7歳から10歳ほどの少女がここまで動けていることが異常なのだ。そんなアルシアに朗報か、悲報か命だけは助かることが告げられる。アグラダも組織に与する者ではある以上、成果なしで帰ることなどできなかった。
――逃げよう。逃げればいいんだ。そうすれば、僕は………生き残れるんだ。
死にたく、ない。このままいれば確実に死ぬ。何もできないまま、何も成し遂げないまま。だが、逃げれば、逃げさえすれば、次がある。今じゃできなくとも、次ならば…、逃げずに誰かを助けられるんだ。だから…。
歪んだ醜い感情。それでいて誰もが持ち合わせて当然な感情。表向きは否定していても、この感情を持ち合わせていないものほんの一握りしかいないだろう。
一歩、一歩とアグラダはアルシアの元へと歩み、遂には眼前立った。
「だがこのまま連れ帰れば、お前は必ず暴れる。だからよぉ、そのすばしっこい足は切らせてもらう。」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
振り上げられた大剣は真っすぐ振り落とされる。そこにその時を待ってましたかと言わんばかりに最後の力を振り絞って、剣を右下から振り上げる。
―――逃げてしまうおう。
………顔を振り上げた。逃げようと決めていた。決めいていた。それなのに、そんなものは一瞬で消えうせた。――霧が晴れた。
アルシアの決死の一撃。
2人の最後の剣戟。
それを見て、何も思わないはずがなかった。
――また、僕は逃げるのか。逃げようとしているのか。
約束も守れず、何を足掻こうとしたわけでもなく諦めてしまったあの日から、何も、何も……変わってないじゃないか。
ここで逃げて、次?
違うだろ!そうじゃないだろ!
そんなのないって、あのとき分かったじゃないか!救いたいのも、守りたいのも、カッコつけたいのも全部ここにある!
次なんかじゃない、今ここに!
だから……!
「えっ?!…」
「これで終わりだ。」
アルシアの決死の一撃は届かなかった。振り上げた拳にもう力は残っておらず、剣は空中で手から放り捨てられた。剣は中を舞い、地面へ落ちた。
あとはただ、大剣が振り下ろされるだけ。
―――だから、立てよ!立ち上がれよ、オルト・グラウィン!
武器はない。でも、拳はある。足は震えて動かない。でも、足はある。なら、あとは勇気だけなんだ!
震える足で無理にでも大地を踏みしめる。
怖い。
いまだ、恐怖をぬぐえたわけじゃない。
でも、それ以上にアルシアが死んでしまうのも、ここで逃げるのも怖い。
だから、今は少しだけ勇気を借りる。
それが例えお飾りの勇気だとしても、今はそれが欲しいから。
駆け出したオルトは振り下ろされた大剣よりも早く、地面に落ちたアルシアの剣を拾い、アルシアの元へと駆け抜け――
「僕は、ここにいるぞ!」
アルシアの後ろを駆け、右上に飛び出したオルトがアグラダの気を引くために叫び、アグラダがオルトの剣を防ぐところから、大剣を持ちし騎士国ガナルバンクの戦闘狂とその瞳に赤き炎を宿した少年の戦いが始まった。
この話の文字のミスや分かりにくいところがあればぜひコメントしてくださると助かります。
次で一旦終わるぜ!
そこまでかけたら書くから待っててくだせぇ。




