第一章 第二話 「堕ちた記憶―獣たちの逃走劇―」
その一言ともに鬼ごっこの火ぶたが切られた。
だが、すでに戦いは始まっていた。巨体の男が言葉とともにはなった殺気、威圧のようなものはアルシアのような戦闘経験があり、ある程度耐性のある者にとっては、なんてことのないものであった。しかし、一度も人と戦ったことがなく、ましてや、大人に本気で睨まれたこともないおるとにとっては十分すぎる脅しであった。
「ひっ、」
恐怖で腰が抜け、歩けなくなっていたオルトに何人かの盗賊が群がるのはそう遅くなかった。
いや、そのはずだった、
戦いを知らない子供に殺気をかけ、動けなくなったところを捕まえる。その作戦はおそらく成功していた相手がアルシアでなければ。始め、放った殺気が足りなかったのかと思っていた。だが、それはすぐに否定された。そのとき、ようやく男は理解する。この娘は異常なのだと。そして同時に、もう遅いということも。
「オルトから離れろ!」
すでに森へ走ろうと体の向きを変えていたとしていたアルシアは、一瞬でオルトの置かれた状況を把握し、体を急旋回し、足を踏み込み、腰にある木製の剣に手をかけ、回転のエネルギーを使い、剣を高速で抜くことで、アルシアの二倍ほど大きさの男たちを一斉に薙ぎ払う。これには巨体の男も驚いたようで、狐につままれたような顔をしていた。
『だけど、僕の足はまだ震えてる。これじゃ、走れない!それに、このままじゃまた囲まれて……』
「ちゃんとつかまってて、オルト。」
そんな状況を察したのかアルシアはオルトに手を差し伸べる。ことはなく、そのまま伸びてきた手は背中に、足に差し伸べられ、抱えあげられる。つまりお姫様抱っこの状態だ。
『たしかにこれなら走れるかもだけど、普通逆じゃん!まさか、先に女の子にされるなんて思わないよ!』
いまだ恐怖により体がうまく動かせず、口がおぼつかないオルトは心の中で叫び、恥ずかしがっていたが、
「このほうが早いし、それに一度やってみたかったんだ!」
にっ、と無邪気に笑うアルシアの笑顔を見て、その気持ちも晴れていった。
二人は再びうっそうと草木の生えた道をかけていく。もう一度感じたピリッとした感覚が、同じ景色が 来た道を引き返していることを告げる。だが、一度通ったはずの道なのに向きを変えただけこうも森は違う表情を見せてくる。行くときに通ったさいに踏み倒したはずの草木は今はもう踏まれたことなんか忘れているかのようにピンっと立っている。まるで、もう一度通る僕たちの道を阻むかのように、だがアルシアはそんなものなかったかのように森を駆け抜ける。それはとてもなめらかでまるで初めからそこに道があったかのようにだ。
そんな、本気を出して走るアルシアは僕なんかよりもずっと速く、それに、大人から見てもアルシアは速いようで追ってくる盗賊とのぐんぐん差を伸ばしていき、ついには見えなくなっていた。
『これなら逃げれはするだろう。 けど、俺はあの時と何も変われないじゃないか……。』
直後アルシアたちを見失ったはずの盗賊団の一味である魔法使いの女がどこからともなくアルシアたちの後ろに姿を現し、その技術を持って魔力を土に流し、命令を与え、形作ることで即席のナイフを作り上げた。その時間わずか十秒足らずの早業である。どこかの国ではこれをもっと極めたものを『錬金術』なるものと言うらしい。そして即席のナイフは魔法使いの女の手元から放たれ、投げられた土のナイフがオルトたちの背後のすぐそばまでナイフが迫っていた。
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ちょうどオルトが盗賊たちのたまり場からお姫様抱っこをされて逃げた後、
盗賊団の頭目である巨体の大男ことアグラダ・マランは食っていた魔物の肉を手にもって、森の中を魔法使いの女とゆっくりと歩きながらオルトたちを追っていた。
「これは、私は追いかけなくてもいいのかしら?」
「なぜ、そうなる。こういう不意なことが起きたときのためにてめぇを大金はたいて雇ったんだろうが。」
女の問いに対し、アグラダは不愛想に応え、事前に両者の間に結ばれた契約によって魔法使いは動き出す。
「仕事はしろ話はそこからだ。土竜の魔法使い。」
「一応、ナターシャっていうかわいらしい名前がついているのだけど……まぁ、いいわ。受けた仕事は言われなくともこなすわ。ただ、命の危険を感じれば降りる、そういう契約なのを忘れないでちょうだい。」
「はっ、忘れるかよ、死にそうになったら逃げるなんて雇い主の前で言う奴を。………てめえが万が一にも負けるとは思っていねぇが、『聖火』があるからな。」
「ええ、知っているわ。この仕事をしていればいやというほど聞くもの。さっきピッりとしたのがそうかしら。」
「ああ、あれが奴らの縄張りに入った合図だ。ここからは『聖火』の効果範囲内になる。」
「そう、優しいのね、あなた。またあの町で会えることを楽しみにしてるわ。」
その言葉後にローブで隠れた足で大地を踏みしめ、ナターシャは森の中へ入っていった。
「ちっ、ああいうのは調子が狂うから、嫌なんだがな。」
アグラダはその背中に愚痴をこぼし、ただ、森を見つめていた。
そのままナターシャは森にいる先に走っていた盗賊たちをごぼう抜きにして、その先頭に立つ。だが、すでに彼らはアルシアたちを見失っていた。そのため、いくら頭目が連れてきた自分たちとは違う、魔法を戦いの道具として使う者であろうと、一度彼らの庭のようなこの森で見失えば子供であろうと再び見つけ出して追いつくのはもう無理だろうとその場にいた誰もが信じて疑はなかったが、ただ一人、魔法使いの女のみがアルシアの残した、魔力の痕跡を頼りにアルシアたちを追うことによって、発見していた。
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『もう大丈夫』
そう思った矢先、後方からドスッという低い音が聞こえ、続けて、後ろからいや、先ほどまで目の前にあった木にヒュッと風を切る音とともにさびているのか茶色に染まったナイフが刺さり、ドスッという低い音を鳴らして、突き刺さる。
直接刺されば運が悪けりゃ即死するような速さだ。それに、今の高さ的にどうみても僕の頭を狙っていた、魔法使いの女性はもしかしたら僕が獣人じゃないことに気づいているのかもしれない。だとすれば僕を狙ってくるのは当然だろう。彼らの狙ってるアルシアを傷つけずに……いや、ならなんで殺そうとするんだ?捕縛を目的にするなら僕をとらえるほうが楽だというのに、もしかしてなにか策が、考えがあるんだろうか?僕を殺して、一人になったアルシアを捕らえる良い方法が。いや、考えすぎだな。
目当ての獣人でもないわけだし、ただ殺してもいいと思っているのかもしれない。
「きゃっ!」
「そう、今のを避けるのね。」
それを紙一重で避けるアルシアに魔法使いの女は驚いているが、むしろこのことに興奮したのか、女はちろっと出した小さな舌で唇を舐め、ローブの中から二本三本と茶色のナイフを取り出す。そして依然、アルシアと同じ速さ、またはそれ以上の速さで止まることなく、その細い足を前へさしだし、力強く大地を踏みしめ、森の中を駆け抜けていく。
アルシアも幾度となく通ったこの森で自分と同じくらいのの身体能力を持つものしか通れない道を使ったうえで最短のルートを走ることで距離を離やそうとするも同じ身体能力を持つ魔法使いの女には効果がなく。次にアルシアは魔法使いの女がどんどん早くなっていくのに、負けずと速度を上げようとするが体格さや魔力操作の違いは血や森での経験ではそう簡単には覆さないそれに僕を抱えてるせいで腕を使って走れないのも大きいはずだ。
『くそっ、なんで肝心な時に限って僕の足は動かないんだよ!』
始めは二十メートルほどあった距離もいまや半分以下の八メートルほどの距離まで縮められており、いまだ直接触れられることはないものの、そこはもう彼女の、土竜の魔法使いナターシャ・エラルドの魔法の効果範囲内であった。
魔法、それは大昔、龍より授けられた奇跡をもたらす力である。それは流れる力、つまりは『流』転じて『龍』の力。
それはこの世界のありとありうるところに流れる魔力を、自らの心臓から作り出される魔力を魔法という名の魂に刻まれた回路のようなものに流し、自らがどうしたいかを己の魔法に思い描くことで発動し、己と世界を自らの魔法をもとに書き換える力のことであり、時にそれは圧倒的なまでの差をたった一手で覆してしまう、そんな奇跡を起こす力、それが、それこそが、魔法である。
そして魔法には大きく二種類あり、それが無詠唱と詠唱アリの2つだ。普通魔法には詠唱は必要ないが必要とする場面が、3つある。使用者の実力が魔法に対して不足しているとき、または威力を底上げするときは詠唱をする必要がある。最後に魔力の消費を抑えるときに詠唱することで少ない魔力で普段と同等の威力を放てるが常識的に詠唱はしないほうが強いのであまり使われない。だが、今回のようなどれだけ魔力を使うか分からないとき、また、相手が自分にとって取るに足りない相手だと思っている場合にはよく使われている。そしてアルシアたちの場合は後者の理由が大きいのだろう。
『大地に潜む漆黒の手よ、土塊をもって、純情を穿て。「デトラス・ランス」』
それはまさに『流』の、『龍』の力である。詠唱の開始とともに周囲に流れる魔力はナターシャの元へと集まってゆき、言葉の終わりが、魔法の発動を告げる。それはまさしく世界を書き換える力。本来の世界の『法則』ではありえない奇跡の力。発動とともに魔力はナターシャの元から離れてゆき、代わりにナターシャと、アルシアとの間をつなぐようにまるで川のような流れをつくりそれに、起因してまるで地中から槍を突き刺したかのように鋭い土槍が大地を隆起して作られた。
「これが魔法!すごくない?、オルト。大地を操ってるんだよ!」
「そうだね。」
そう初めて見た魔法に驚きと、興味が抑えきれないアルシアにオルトが尋ねられたのは少し気まずいものだった。正直、初めて見る人ならば今のアルシアと同じ感想になっているのだろうか。それは分からないが僕は一度だけこれよりもすごいとかそういう次元じゃないいまだされてる魔法とは圧倒的に格が違う魔法を詠唱なしで放った人間を見たことがあった。今は思えば、『あの人』のほうが普通じゃないのかもしれない。が、どっちにしろ魔法の使うことのできない僕にはその答えを知ることはできないだろう。まぁだから、子供である僕にとっては詠唱ありでこんくらいなのかと少し拍子抜けしたくらいだ。いや、充分すごくはあるのだろうけど。これも全部、初めに僕に『魔法とは何たるか』なんて子供の僕に頭の痛くなるよううなことだけを教えて肝心な魔法についてはほとんど教えてくれなかった、『あの人』のせいにできやしないだろうか。
なんて考えているうちに、アルシアはすべての土槍を交わして発動時に一度止まったナターシャとの距離をここで、、、離すことはできなかった。
「あとはここをみっ、きゃあ。」
突然、足元がなくった。いや、普段あるはずのところに、地面がなかった。
まるで落ちるような感覚にアルシアは悲鳴を上げる。
「うそ、こんなところに。」
土槍を回避する途中で足を泥沼に突っ込んでしまったのだ。
当然、そのすきを見逃さなかったナターシャの最後の土槍を回避することができず、とっさに腰にある剣を抜き、オルトに「しっかりつかまってて」と言って、体にしがみつくよう指示し、ぶつかるタイミングに剣を当てるも両手剣のちょうど側面、フラーと呼ばれる真ん中の溝のところで受けてしまったため、体への土槍の直撃を防ぐことはできたものの。元々耐久があるわけでも無いのにもろに食らってしまった木の剣は空中で砕け、殺しきれなかった勢いによりアルシアとオルトはそのまま森を抜け、広い空間―――とらえようによっては周りが崖に囲まれた天然の檻とも呼べる場所に放り出されてしまう。
「ここは……。」
「蒼は私の見方をしてくれたようね。」
森の奥から熟れた果実を見るような目で、獲物を追い詰めたかのような目でこちらをみつめながらゆくっりと焦らずに夕食をいただくように、魔法使いは歩いていた。森の奥からその広い空間の入り口をふさぐようにナターシャが立つで完全な天然の檻が完成し、ついにアルシアたちから逃げるという選択肢がここで潰されたのだった。
「さぁ、鬼ごっこはおしまいよ。」
二人の女の視線が今初めて合致したとき、狼と土竜の戦いの幕が開いた。




