短編
短編なのに間違えて連載で投稿してしまいましたorz
「お久しぶりです、桐田さん」
「よお、笠取。すまんが世話になるぞ」
今日は学生時代の先輩の桐田さんが遊びに来た。
桐田さんは、この春に卒業以来5年勤めた東京の会社を突然退職し、日本中を旅しながらこうして全国の知己を訪ねてまわっているそうだ。
今日は僕の地元の展望台や美術館を観てまわりたいとのことだった。
促されるままに桐田さんの車の助手席に乗り、ふとカーナビのモニターを見ると画面には大きなコンパスが映っているだけでマップが映っていなかった。
「あの、桐田さん、このカーナビって」
「ああ、それな。更新してないからそれしか映らないんだ」
「ええ~……僕も道とかよく覚えてないんですけど……」
砂漠でも横断するならともかく街中で方角だけ分かってもどうしようもない。
「じゃあ僕のスマホのマップで」
「いや、せっかくだからそれ無しでいこう。方角が分かるだけでも案外どうにかなるぞ。ちょっとくらい道を間違えても人に道を聞きながら行ったほうが面白いもんだ」
「はあ、そういうことでしたら」
「よーし。そんじゃまずは展望台目指して行くかー」
◇◆◇
「本当にどうにかなりましたね」
「そうだろ」
時間は掛かったが目的地をまわることはできた。
いまは僕の部屋に戻って二人で酒盛をしているところだ。
「まあ今どき道聞く人も珍しいから怪しまれまくりでしたけどね……」
「わはは、それは仕方ない」
「それにしても桐田さんはすごいですね。僕にはカーナビ使わないなんて選択できませんよ」
「すごい、か」
そこで桐田さんは少し真顔になった。
「いや、昼間は偉そうなこと行ったけどな。俺が今マップ使わなくなった理由は別にあるんだ」
「え?」
「俺、勤めてた会社で窃盗があってな。俺が疑われたんだよ」
「ええっ!?」
スマホのGPS記録から疑いを掛けられてしまったそうだ。
それはもちろん冤罪で結局疑いは晴れたが、桐田さんは嫌気がさして、退職することになったそうだ。
「で、それからGPSとかナビとかマップとか、自分が監視されてるみたいで嫌になってな。今はなるべく使わないようにしてるんだ」
「そういうことだったんですか」
「ま、俺も現代社会でずっとそういったもんを使わないでいられるとは思ってない。このバカンス中くらいは不便を楽しもうってことだ。あの方角しか分からんコンパスカーナビでも結構役に立つことがわかったしな」
その後も僕らは飲み、語り続けた。
◇◆◇
「世話になったな笠取」
「いえいえ」
翌日昼近くに次の目的地に向かって桐田さんは出発することになった。
相変わらずカーナビはコンパスを映している。
「次は網走ですか。近道しようとして人気のない山の中通ったりしないでくださいよ」
道を聞こうにも、そもそも人がいなければ聞きようがない。
「なに、ここからならコンパス見て東北東に向かっていけばいつかは着くさ。じゃあまた近いうちにな」
「ええ、お待ちしていますよ」
再会を約束して僕らは別れた。
どうやら本当に山中の道を行くらしい桐田さんを、あのカーナビのコンパスが無事に目的地に導いてくれることを祈ろう。