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第二話 桜の咲く頃と雨の降る頃

「ちゃっちゃとやれよ。しのぶ子」

「うるさい。子松」

「うるさいとはなんだ。しのぶ子!」

 明らかに「子」を強調して子松は言う。しのぶ子は相手にするのをやめて依童に専念することにした。

 しのぶ子と子松がであって一年半、始終こんな感じである。出会いは入学式当日であった。はらはらと桜の花びらが落ちる中、しのぶ子は緊張して教室にいた。退屈な入学式を終え教室に皆集まっていた。

 ガラッとドアを開けて入ってきたのは担任となる教師だった。きりっと彫が深い顔、健康そうに焼けた肌、しゃべる声もチョークでカッカッカッと・・・書く感じもすべてしのぶ子の理想だった。


見つけたわ。私の王子様。


うっとりとしのぶ子は担任子松一彦を見ていた。子松は名簿を見ながら名前を読んでいく。男子の分が終わり、女子のところに入る。

「相沢愛」

「はい」

「伊藤欄」

「はい」

「遠藤敏子」

「はい」

「折口しのぶ・・・子」


 明らかに間があった。子松は民俗学マニアであった。折口しのぶという名前をみて一瞬にやりとした。しかしその後ろには「子」という字がついていた。


いったいどんなネーミングセンスをしているんだ?


子松は笑いたいのを我慢してしのぶ子の名前を読んでいた。しかしその肩は震えていた。

直感的にしのぶ子はばれた、と思った。親のネーミングミスをわかる人間はそうはいないが子松はそうらしい。しのぶ子は理想が音を立てて崩れていくのを感じていた。

 目を合わせた瞬間、子松は確かに小ばかにしたような視線でしのぶ子を見たのだった。その笑いにしのぶ子は気づいた。二人の間で火花が散った。次の子の名前を呼ぶまでの数秒を二人は争った。どちらも引かず、勝負は次に持ち越された。

 次に持ちされた舞台は部活だった。

 民俗学などマニアなことを学ぶところは普通の高校にはない。文芸部でおとなしくそれらの本を読んでいるのが一番いい。親のネーミングミスに民俗学から遠のくと思われたが、逆にしのぶ子の興味を引いた。幼いころから山の人生をバイブルとしている。しのぶ子はそう思って文芸部の部室を探していた。だが場所がわからない。うろうろとくらげのように学内をさまよっているとまた子松とであった。

「どうしたんだい? しのぶ子君」

 またもや「子」だ。しのぶ子はきっと子松をにらみつけた。だが、子松は動じもしない。

「苗字で呼んでください。その名前は嫌いです」

 きっぱりはっきりしのぶ子は言った。だが、子松は眉をちょっとあげて口を開いた。

「そうかい? いい名前だと思うがね」

 今にもけらけら笑いそうな感じで子松は言う。

 

 こんな奴無視してやる。


 一瞬ほかにも物騒な思いがこみあげたがそれは隠してまた歩き出した。その後をかるがものように子松が歩いてくる。

「ついてこないでください!」

 しのぶ子がたまりにたまった気持ちを言葉にして声を荒げる。

「いや。ついて行くもなにも。進行方向が同じなんだよ」

 白い歯を見せて子松は笑う。他の女子生徒ならころっと参っていたがあいにくしのぶ子は名前の恨みですべて幻想は消え去っていた。

 しのぶ子はどんどん学内の薄暗い廊下を進んだ。さらにずんずんとすすむと扉に行き着いた。上には文芸部とネームプレートがあった。

「見つけた!」

 思わず手をたたいて喜びそうになったしのぶ子を見ておや?と子松は方眉を上げた。

「文芸部に入りたいのかい?」

「入って何か悪い理由でもあるんですか?」

 けんか腰でしのぶ子はくってかかる。

 いや、と子松は言い流す。

「僕が顧問でも入るのか、と思ってね」

 その言葉にしのぶ子は言葉を失った。よりによって嫌味な奴がいる部とは・・・。

「とりあえず入りたまえ」


 えらそーに言ってるんじゃないわよ。


 しのぶ子はそう言いたいのをがまんして入った。そこには少年が一人すでにすでに座っていた。

 ぼけーと本棚を見ている。今日は二年生、三年生もいないらしい。人の気配に気づいて少年は立ち上がった。子松にぺこりと頭を下げる。

「柳田丈です。入部したいのですが・・・」

「ああ。まず座ってくれ。どうやらしのぶ子君も入りに来たようだから」

「だからそのしのぶ「子」はやめてくださいっっ」

 柳田の前で言われて恥ずかしくなったししのぶ子は声を上げた。そこらへんの分厚い本で後頭部を殴りたい・・・。またも、物騒な気持ちをまた隠してしのぶ子は本棚に近づいた。

「折口・・・折口・・・」

 あ行、さ行、た行と探しているのだが本の量が膨大すぎてわからない。

「しのぶ子君はこれを探しているんだろう?」

 子松はたいぶ離れた距離から本を掲げて見せた。しかたなく近づくと「折口しのぶ」とある。柳田国男と並ぶ民俗学者の本だ。

「そして柳にはこれだ」

 ずっしりと重い本を丈へ子松は手渡した。

「これを読むんですか・・?」

 シェークスピアの本を渡された丈はぼうっと受け答えをした。


 顔はいいのにな。ちっ。ちょっとぼうっとしすぎてるわね。


 好みの顔立ちだがしのぶ子は丈を友達以上にすることをあきらめた。

 

 子松は教師以下・・・よね。

 

 ひとりぼんやりと考えながらしのぶ子はページをめくった。そうすると奇妙な感覚がしのぶ子を襲った。ふわりと浮く感覚。地に足が着いてない感覚・・・。

「おお。しのぶ子君。君は筋がいいよゆだ。早速依童か?」

「よりわら・・・?」

 しのぶ子は奇妙な感覚にゆれながら子松に問う。

「神様を下ろすんだよ。勉強不足だね」


 ふふん、と子松は胸を沿ってえらそうに言う。


 あんたにいわれたかないわよっ。


 すでに子松はあんた呼ばわりである。両親のネーミングセンスの悪さを察して嫌味なぐらい「子」を強調して人を遊ぶ。人間扱いなどするものか。しのぶ子は断固決意していた。

「よし。これで君たちは文芸部員だ。明日から毎日通うように」

 子松が丈としのぶ子の方に両手を置いて熱心に言う。

 これがしのぶ子最悪の子松との出会いであった。


 そして一年半後。奇跡を起こしに、ゆいるが転校して来たのであった。


 ゆいるは部室に入ろうとしてドアを開けた。相変わらずぎぃと不気味な音がする。

「何とかならないの?」

 いらだってぶつぶつ言って歩くとあ、という小さな声が聞こえた。

「え?」

 ゆいるは視線を斜め下にもっていった。声の聞こえたほうに。そこでは柳田丈が魔方陣を描いているところだった。

「あ。ご、ごめんなさい」

 ゆいるはあわててしゃがみこむとどうにかならないかと指でなぞった。しかし描かれた円陣はよりいっそうゆがんでしまった。

「もうしかたないよ。あとでやり直すから」

 のほほんとした声で丈は言う。それでもゆいるは申し訳ない。泣きそうな顔のゆいるに丈は間延びした声をかけた。

「いいよ。ほんとに気にしないで。購買でジュース買ってくる。外の階段で待っていて」

 丈はそういうと出て行った。ゆいるは部室を出るとすぐ近くにある階段に座った。ひんやりとした冷たさが足に伝わる。


 確かにここじゃ誰も気づかないわよね。


 ゆいるはそう思う。まさにここは魔界の入り口のようだ。実際それに近いことをしているのだから。

入った翌日からしのぶ子とゆいるは部室へ通っていた。表向きは時々本を読んでは読書感想文をまとめるようなもの。しかし裏では拠童活動が活発に行われていた。しかしゆいるには何をすればいいのかはまだわからなかった。ほかの部員たちは魔術や呪術を練習しているがゆいるは御先使いのタマを使って遊ぶだけだった。ネコじゃらしで毎日遊ぶ部活・・・。これでいいのだろうかと不安にも思う。どうやら自分はあけてはならぬ扉を開いたらしいようだから。だが、あまり危機感はなかった。日々、子松としのぶ子の対決を面白おかしく見ている毎日だった。

「オレンジジュースと牛乳どっちがいい?」

 ぼうっとしている割には気がつくのかもしれない。見せかけは魔物だと思う今日この頃である。いい例が子松である。表の顔はりりしい二枚目教師。部活では熱血教師。そしてしのぶ子たちの前ではすぱすぱとたばこを吸ってしりをたたく不良教師。すくなくとも三つの顔を子松は持っていた。

「オレンジジュース、がいいな」

 なんだかおもはゆい気持ちが浮かんできて上ずった声で話してしまう。丈はまったく気にしてないようだ。

「柳・・・田君」

「やなぎ、でいいよ」

「じゃ、やなぎはどうして文芸部に入ったの?」

「先祖代々のしきたりだから」

「しきたり?」

「あれ? 言わなかった? うちのじぃちゃんここの校長なんだけど・・・」

 ほけっとした顔で丈はゆいるの顔を見つめる。

「ええ~!」

 ゆいるは声を上げる。廊下に声が響いてゆいるはどきり、とする。この二人だけの時間が壊されてしまうようで。ゆいるは口を手で押さえた。

「うちの家は先祖代々依童をするだ。じぃさんは狸。顔にあっているだろ?」

 面白そうに丈は笑う。その笑顔がかっこよくてゆいるは急速に丈に心惹かれていくのを感じた。

「で、父さんもしていたんだけどどこでどうまちがえたのか手品師になってしまって・・・。僕の御先使いは父さんの手品のハト」

「変わってるんだ。丈君の家って・・・」

 ぼそっとつぶやいた言葉をあわててゆいるは訂正しようとする。

「あれ。あの。差別とかじゃなくて。ほらうちって普通のサラリーマン家庭だから」

「大丈夫。なれたよ。それに」

「それに?」

「白鳥さんなんらなんでも話せそうな気がした」

 照れくさそうに言って丈は視線をはずした。なんともいえない空気が二人を包む。

「やなぎー。ゆいるー。何しているの。働きなさい~」

 階下でしのぶ子が手を振って叫んでいる。

「働くって・・・」

 ゆいるが言っていると丈が手を差し出した。

「行こう」

 ゆいるは一瞬躊躇したがすぐにその手をとった。自然ななりゆきだった。これが恋というのなら恋なのだろうが若い二人にはまだ何もわからなかった。四人の行方はどこにあるのだろう? それは時間の神だけが知っている。


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